第32話

 村長の家に向かう間、ジルは、ダイーズと一緒に訪ねた時の村長一家の傲慢な態度を語って聞かせた。

「……本当に失礼なんだから」

「選挙はあるって言ったな?」

「ええ、あるらしいわ」

「それでトロロを選んできたとしたら、村民たちが悪い。傲慢だと分かりながら選んでいるのだからな。違うかい?」

「きっと、選挙の時だけ、へいこら頭を下げるのよ。政治家は、どこの国でも似たようなものだわ」

「なるほど」

 いくつもの集落を通り過ぎた。ある集落では穀物を、別の集落では果実を収穫し、木箱に手際よく詰めていた。その様子はまるで工場だ。作物の詰まった箱が道沿いに高く積まれている。

「自分たちは光合成で多くのエネルギーを得ているとはいえ、労働の成果の多くを帝国に送るのか……」

 ジルは呆れていた。

「考えてもみろよ。日本のサラリーマンだって同じだぜ。労働の成果の大半は企業のものだ。賃金なんて、売上げの数パーセントだ」

 クライヴが嘲笑するように言った。

「そうなの?」

「ブヒ」

「そうさ。オヤジが言っていた」

 ジルの頭に一つの疑問が浮かぶ。

「平和だから警察や軍隊がないのは分かるけど、どうして学校もないのかな?」

「ブヒ」

「トルガルはなんて?」

「なんにも。ただの相槌よ」

「ジルの通訳がないと意思が伝わらないのはやっかいだな。森でマメを捜した夜も、ブヒブヒ言うだけだから役に立たなかった」

「ブタ語を勉強すれば?」

「そんなの、何処で教わるんだよ。ジルが教えてくれるのか?」

「ボクは聞き取れても話せないから、教えようにないよ」

「適当だな」

 彼が呆れた。

 ポン、と閃くものがあった。

「そうか、それよ!」

「なんだ? ブタ語の学校でも開くか?」

「違う、違う。この村に学校がない理由よ。村人に教養がなければ帝国と交渉できない。それができるのは、先祖代々帝国との人脈を作り、引き継いでいる村長一家」

「なるほど。教養の独占というわけか……」

 彼は道端に並んだ木箱に目をやった。

「その箱に教養が?」

「……箱の中のどれかに、マメが隠れているなんてことはないかな?」

「青人のエネルギー源は光合成なのよ。木箱の中に隠れることはないと思うわ」

「二、三日なら大丈夫だろう?」

「そうね……」応じながらも、それはないと思った。道端に木箱が並び始めたのは、マメが失踪したその日からだから、村民の誰かが気づいただろう。

「それにしても、この大量の荷物。どうやってアメリア帝国に運ぶんだ? 森には獣道しかないんだぜ」

「瞬間移動とか?」ゲームならありがちなことだ。

「魔法かぁ。……待てよ。魔法で荷物が運べるなら、マメも魔法でどこかへ行ったんじゃないか?」

「そうか。そうかもしれないわね」

 眼の前の霧が晴れたような気持がした。

「その魔法で、元の世界に戻れるということはないのかな? UFOとかユーマとか、こっちの世界から向こうに移動したものが目撃されているということはないのかな?」

 クライヴの気持ちはマメを離れて二十一世紀の地球に飛んでいるようだった。

「さあ……」そんな都合の良い話はないと思う。

 すでに、村長トロロの家が目の前だった。

 ――トントントン――

 ノックをすると「だれケロ?」と子供の声がした。トロロの孫だろう。

 ジルはクライヴの腕をひいてドアの前に立たせた。自分より彼の方が、子供たちは安心してくれるだろう。

「クライヴだ」

「エッ! 伝説の勇者クライヴケロ?」

「そうだ」

「ウァー!」「ケロケロ!」

 歓声と同時にドアが開いた。瞳を輝かせた二人の少年と少女が一人、クライヴの正面に立とうと押し合った。その中の一番背丈の高い子供が、ジルとダイーズに出て行けと言った子供だった。

「ウワー、ブタさんケロ」「かわいいケロ」

 彼らはクライヴの頭に乗ったトルガルに気づいてはしゃいだ。

「元気だな」

 クライヴは苦笑し、子供たちの頭をなでた。子供たちは満足げに微笑み、クライヴたちをリビングダイニングに誘った。

 壁際に白いケープとドレスが飾ってあった。アメリア帝国に貢ぐマメに着せるものだろうと直感した。彼女の危機は迫っている。

「村長さんはいる?」

 ジルは単刀直入に訊いた。子供たちと遊ぶ時間も心のゆとりもない。

「いないけろ」「お出かけしているケロ」

「どこに行ったの?」

「知らないケロ」

「お父さんか、お母さんはいる?」

「いないケロ」「おじいちゃんを捜しに行ったケロ」

「なんだ。村長もいなくなったのか……」

 クライヴが唖然とした。

「子供の言うことよ」

 ジルは慎重だった。あの村長のことだ。アメリア帝国への貢物の準備状況を視に行っただけに違いないと思った。

「おじいちゃん、お仕事に行ったのでしょ?」

「ううんケロ。おじいちゃん、お仕事はしないケロ」

「おとうさんも働かないケロ」

「お母さんもケロ」

「ワシたちは特別ケロ」

 子供たちの告発、いや、自慢が止まらない。

「どうするよ?」

 クライヴに問われて考えた。電話があれば呼び出してもらえるのだけれど、村には電話どころか拡声器もない。

 ふと閃く。

「トルガル、鼻が良いのよね?」

「ブヒ」

「トロロの匂い、たどれない?」

「ヴォブヒッブ(やってみる)」

 クライヴの頭から降りた仔ブタは部屋の中をクンクンかぎまわる。白いドレスの前で動きが止ったが、一瞬のことだった。仔ブタはクンクン歩き出してドアの前に移動した。

「クライヴ、行くわよ」

「お、おう」

 ドアを開けるとトルガルが階段を下りていく。ジルとクライヴは仔ブタを追った。

「えー、行っちゃうのかケロロ」

「遊ぼうケロ」

「遊ぶなら、友達と遊びなさい。でも、みんな働いているわよ。一緒に畑に出てみたらどう?」

「働くなんてケロ……」「ダメケロ」「おかしいケロ」「ワシらは特別ケロ」

「ハイハイ、分かったわ」

 面倒臭い! 子供は純粋なだけにストレートでたちが悪い。……ジルは子供らの抗議を受け流した。

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