第31話

 ジルが神秘の森に足を踏み入れたのは二度目、最初の時とはずいぶん違った印象だった。最初の時はクライヴがイロカボチャや虫たちを殺していたのでザワザワしていたが、今は正に神秘的な静寂の中にあった。いや、何か張りつめたような緊張感さえ感じられた。昨夜、マメを探しに入ったクライヴがイロカボチャやヒトカブトなどを殺しまくったからだろう。動物や虫たちだけでなく樹木たちまでもが、クライヴの存在に恐怖し、息をひそめているような気がした。

 ――ズン・ズン・ズン――

 森に入っていくらも経たない時だった。鈍い音と共に木々の枝同士がぶつかり合う音がした。それが徐々に近づいてくる。

「何だ?」

 クライヴが身構える。

 ジルは用意していた包丁を取り出した。地響きに対して小さな金属は頼りない。それでもないよりはマシだ。

「こんなに早く取り出すことになるなんて……」

 ジルの手元に目をやったクライヴが目を丸くした。

「ブヒヒヴェヴィヴィ(敵意はないようだ)」

「トルガル、何だって?」

「敵意は感じられないって言っているわ」

 通訳するとクライヴの表情が少しだけ和らいだ。

 ――ズズン――

 やって来たのは高さ二十メートルもあると思われるツリーだった。大木が二本、高い位置で結合している。それが目の前の大樹を複数の枝でかき分けて停止した。見上げたそれは、まるで人型ロボットのようだ。

「エヴァ?……」唇から言葉がこぼれた。エヴァは晴夏の記憶にある巨大ロボットのひとつだ。

「命を食らい、死を好む者……、ケ、ケロロ」

 巨大なツリーから声がした。クライヴを批判しているようだ。

「ビーンだな?」

 クライヴが応じた。

「エッ?」

 ジルは巨木の中にビーンの姿を目で探した。緑色の彼は茂る葉にまぎれて見つからない。それもそのはず、彼は幹の背後にいた。

「森にマメはいないケロ」

 彼は断言した。幹の背後から姿を見せた。

「どうして分かる? まだ半日も捜索していないだろう?」

「森のツリー同士はテレパシーで交信できるケロ。森に入ってから二時間、二百体のツリーが探した結果ケロ。森にマメはいないケロロ」

「そ、そうなのか……」

 ビーンの整然とした説明にクライヴはたじたじ、ジルも納得した。

「昨夜も、マメは森に入らなかったケロ。すべてのツリーはマメの気配を感じなかったと言っているケロ」

「マメさんは村を出ていないということね」

 どこに隠れているというのだろう?……コテージ、風車小屋、倉庫、畑、小川……、ジルの脳裏を森の景色が過った。

「引き上げだ」

 クライヴの決断は早かった。

「ブヒ」

「ビーン、捜してくれてありがとう」

 ジルはツリーの上のビーンに手を振った。彼が片手をあげて振り返した。

 森を出るとすぐ、クライヴが足を止めて振り返った。

「あのビーンという子供、信じていいのか?」

「どういうこと?」

「ビーンとマメは親しいのだろう?」

「マメが村長に頼まれて森に捜しに入ったくらいだから、……おそらく」

「もしビーンとマメが親しくて、マメに頼まれたら、ビーンはマメを隠してやるんじゃないかな?」

「それで、マメさんは森にはいない、と噓をついていると思うの?」

「ブヒ」

「マメは帝国に行きたくない。それでビーンにかくまってもらっている、……可能性は十分あると思うが……」

「そんな……」

 ジルは森に目をやった。まだビーンは出てこない。

「でも、それならそれで……」良いことだと思った。彼女が帝国への貢物にならなくてすむ。

「捜索は中止。それでいいか?」

「そういうことなら……」

 釈然としないものもあったけれど、マメが無事だという希望にすがりついた。それで面倒な捜索や不安から解放される。


「やっぱりおかしい。マメさんはビーンにかくまわれているんじゃない」

 ジルがそんな思いにとりつかれたのは翌日のことだった。

「ブヒヒ?(どうして)」

「ビーンは、マメさんが行方不明だと知らなかったのよ」

「それは芝居じゃないのか?」

「あんな子供が、芝居をできる?」

「ビーンは十分に大人さ」

 クライヴに説得されそうだった。

「それなら、村長はどう?」

「村長トロロがどうしたって?」

「マメさんが行方不明なのに、心配しないのっておかしいと思わない? マメさんは大切な貢物の管理者なのよ。彼女がいないと困るはずなの。それを隠しているというなら、よほど芝居が上手いと思う」

「ブヒ」

「確かにおかしいけど……」

「森にいないのなら村の中なのよ」

 念を押す。

「村にいるなら、誰かが見つけるだろう? 何もない小さな村だ。それほど隠れられる場所はないはずだ」

「誰かがかくまっている、としたら?」

「なら、その誰かが村長だな。マメは安全だと分かるから、芝居に真実味がでる」

「ブヒッ?(分かるのかい)」

「どうして分かるって、トルガルが」

「そうでなかったら、別の管理者の人選に入るはずだ」

「やっぱり、そうだよね。でも……」

 トロロがマメをかくまう理由がどこにあるだろう? トロロの場所が安全なら、マメはどうして家族に知らせないのだろう?

「行ってみよう。村長のところに」

 クライヴが腰を上げる。

「ブヒ」

 二人と一匹はゲストハウスを飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る