第30話

 ダイーズの隣の集落を歩いているとき、布袋を担いで歩くビーンを見つけた。この集落の子供らしい。

「……ヘイ、ビーン!」

 閃いて彼を呼ぶ。

「ケロ?」

 彼が足を止めた。

 近づくと「災いの種ケロ」と彼が言った。

 なんて生意気な!……面白くない思いはあったが、これから頼むことを考えて悪口をのみ込んだ。

 ダイーズの影が背後にあった。

「マメ・ミドリさんが行方不明なの。知ってる?」

「どうしてワシが知っていると思うケロ?」

 逆に質問され、返答に困った。

「……でね。探してほしいの。マメさんを」

「どうしてワシがケロロ?」

「神秘の森に入っている可能性があるの。昨夜からよ」

「フーン、ケロロ」

 彼は歩き出した。

「ねえ、お願いよ」

「ワシからも頼むゲロ」

 ダイーズが彼の行く手を遮り、頭を下げた。

「献上品を倉庫に入れてくるケロ」

「それ、ツリーの根なのね?」

「ケロ」

「助かるゲロ。何としても見つけてほしいゲロロ」

「それはツリーに言うことケロ」

 彼は少しだけ歩を速め、風車小屋に並ぶ倉庫へ向かった。


 ジルとダイーズはほどなく彼の家に着いた。ちょうどクライヴとトルガルが食事をしているところだった。

「村長は捜してくれるケロロ?」

 アズキが訊いた。エダは不安げな目を向けている。

「ゲロロ……」

 ダイーズが左右に頭を振った。

「ひどいのよ。マメさんを捜すより、献上品をそろえるのが優先だって。でも、ひとついいことがあったわ」

「ん?」

 クライヴが野菜炒めを食べるフォークを止めた。

「ビーンに会ったの」

「ビーン?」

「この村で唯一魔力を持った少年よ。あの日、マメさんが森で捜していた男の子」

「ああ、俺たちを災いとかいう奴だな」

「そうよ。その子が、森の中を捜してくれるって」

「そうか、良かったな」

 クライヴは再び食事を始めた。

「ジルさんも食べてケロ」

 エダに勧められて食器を手にしたが、睡眠不足のためか、食べられたのはアズキと同じほどのわずかな量だった。彼女らのエネルギーは、半分は食事で、半分は光合成で賄われている。そんなアズキは心痛もあって驚くほど少食だった。

 ――ゲップ――

 ジルらの食事が進まない中にあってトルガルだけは普段通りに食べていた。その様子にジルは呆れた。晴夏の肝が太いのか、ブタの肉体が食物を欲するのか?……呆れたと同時に、頼もしさも覚えた。

 食事をご馳走になったジルたちはゲストハウスに戻った。クライヴはベッドに潜りこんで眠った。ジルはリビングダイニングで、トルガルを枕にしてウトウトした。

 二時間ほどでジルは目覚めた。クライヴはまだ熟睡している。寝室で大きな鼾が鳴っていた。

 外では真面目な青人たちが畑仕事をしていた。ムギを刈り取り、イモを掘っている。その量たるや、彼らが普段、食する量から考えれば一年分はあるように見えた。目の前の畑でさえそうなのだから、数多い集落で採取できる穀物や野菜、果物の量はいかばかりか、驚くところだ。

「アッ!」

 目に留まったのは働くダイーズとエダの姿だった。

「献上品のためね」

 献上品のためでもなければ、彼らはマメを捜しているに違いない。アズキもどこかで働いているのだろう。

 独り言だったけれどトルガルには聞こえたらしい。

「ブヒ」

 頭の上で声がした。

「この村にはマメを捜してくれる警察もないのね」

「ヴェヴィブ(平和だから)」

「そういえば軍隊もないね」

「ブヒ」

「それでアメリア帝国に守ってもらっている。そのために献上品なんかを贈って関係を大切にしているのね」

「ヴヒヴ―ヒブッヴヴゥ(怖いんだと思う)」

「トロロ村長はそんな風には見えなかったけど」

「ブヒ。ヴヒッ?(だね。どうしてかな)」

「マメさんのことを心配しないのも謎だわ。美女限定の管理責任者も献上品のはず。そのマメが行方不明なのに捜さないなんて変よ」

「ブヒ」

「彼らも変よね……」汗を流す村人に目をやる。「……マメが戻らなかったら、次の美女が人身御供になる。それは自分や自分の家族かもしれないのに……」

「ブヒ」

「無事かなぁ、マメさん。ビーンが見つけてくれるといいけど……」

「ブヒ」

「もう、トルガル。さっきからブヒしか言わないのね」

「ブヴヴブゥ(腹減った)」

「さっき食べたばかりでしょ」

 ジルは、頭の上から仔ブタを抱き下ろした。昨日より大きくなった気がする。

「トルガル、少し太ったんじゃない? 食べ過ぎだよ」

「ブヒヒ、ヴォブブブ(違う、成長したのさ)」

「大きくなったら、頭に乗るのは止めなさいね」

「ブォブォブヒヒ?(重くはないだろう)」

「浮かんでいるから軽いけど、頭に大人のブタが乗っていたら、見た目はバランスが悪くてひかれるわ」

「ブヒ……」

 なんて聞き分けが良いのだろう。中身が、あの晴夏とは思えなかった。

 背後で人の気配がする。クライヴだ。

「目が覚めた?」

「あぁ、まだだるいけど……」

 彼は首や肩を回してみせた。

「マメさんを探しに行ける。今度はボクも行くから」

「足手まといになるなよ。……その前に、うんこしてくる」

 彼はトイレに行った。

「ッタク……。トルガル、どうよ?」

「ブヒ、ヴブムゥ(うん、ボクも)」

 トルガルはまともに応えずトイレに飛んだ。

「さて……」

 ジルはキッチンで包丁を取った。イロカボチャも簡単に真二つにできそうな大きな包丁だ。

「これでいいか……」

 包丁をタオルに包んで持って行くことにした。足手まといなどと言われたくない。

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