第29話
朝は早かったけれど、村人の大半は働き者で畑に出ていた。
「おはようケロ。ダイーズ、マメは帰ったケロロ?」
多くの者たちが似たようなことを訊いた。
「いいや、まだゲロ」
「心配することないゲロ。しばらくしたらケロッとした顔で戻るゲロ。子供など遊びに夢中になったら、親のことなどまったく頭にないゲロ。そのうち、けろっとした顔で戻るケロ」
「いいや、マメに限っては違うゲロ。貢物の管理者を託されて遊びまわるような娘ではないゲロロ」
そんなやり取りを繰り返しながら、ジルとダイーズは村長の集落にやってきた。
住まいを訪ねると、トロロとクロロは子供や孫と共に食事をしているところだった。
「朝から何の用事ゲロ?」
トロロは朝食が中断されたことに不満を覚えているように見えた。
「昨日からマメが帰ってこないゲロ」
「それは夕べ、聞いたゲロロ」
彼の口調はとても冷淡に聞こえた。だからか、反射的にジルは口を開いていた。
「捜してもらえませんか? 村の人たちに命じて」
「若者が一晩帰らないことなどいくらでもあるゲロ。そのために村人の仕事の手を止めるなど、あってはならないゲロ」
「マメは、遊んで外泊するような娘ではないゲロ」
「ビーンが森に遊びに行っただけで、村長さんはマメさんたちに探しに行かせたじゃないですか。昼間でも危険なのに、もし昨夜、森に入ったのだとしたら、マメさんはとても危険な状況に置かれているはずです」
「マメは、夜中に森に入るようなバカではないゲロ。違うかゲロロ?」
トロロがダイーズに目を向けた。
「普通なら、マメが夜の森に足を踏み入れることなどないゲロ。しかし、昨日は普通ではなかったゲロ」
「アメリア帝国への献上品の管理責任者という名誉を得たことゲロロ?」
「マメは、死ぬまで村で過ごしたいと考えていたはずゲロ」
「それは親の思い込みゲロ。若者は帝国の都会に憧れるものゲロ。マメとて同じゲロ。さあ、家に帰って仕事をするゲロ。献上日まであと五日、それまで献上品を調えねばならぬゲロ」
彼は犬でも追い払うように手を振った。
「村民より、献上品が大切だというの?」
「そんなぁ、マメはゲロ……」
身体の大きなダイーズが膝を折り、小さなトロロに懇願した。
「放っておくゲロ。いずれ帰るゲロ」
ダイーズの願いは無視された。村長は背中を向けて食事の席へ向かう。代わりに彼の息子と孫が立って、「出ていケロロ」とドアを指した。
「ッタクー! あんな奴が村長だなんて、どうかしてるわ。村長なら、村人を守る責任があるはずよ。……息子も息子よ。親の権威をたてに、出ていけケロロですって。……ウーッ、殴ってやりたい!」
ジルは腹を立てながら帰路についていた。
「やめてゲロ……」
「あら、村長一家には逆らえない?」
「仕方ないゲロ。村長は偉い人ゲロ」
「偉い?……どうして?」
「村長だからゲロ」
「偉いから村長に選ばれているのでしょ? 村長だから偉いんじゃなくて?」
論理が循環していると思った。
「村長は、生まれながら村長ゲロ」
「ああ、血筋で決まるのね。すると、次の村長はあの息子がなる」
横柄な息子の顔を思い出した。
「おそらく、そうゲロ」
「おそらくって、どういうこと? 選挙とか、あるの?」
「もちろんあるゲロ」
「あんな傲慢な奴、選挙で落ちるんじゃない?」
「それは分からないゲロロ」
「あぁ、対抗馬がいるのね。それはそうよね」
選挙戦、議論を戦わせるトロロと別の誰かを妄想した。それでも村長の血をひく者が村長になるのだろう。この村も日本と同じかもしれない、と思った。
「選挙のことなんてどうでもいいゲロ。ワシはマメさえ無事に戻れば……」
ダイーズが声を荒げた。
「マメさんが戻っても、五日後にはアメリア帝国に行って、……いいえ、送られてしまうのでしょ? それでもいいの?」
「それは……」
ちょうど集落と集落の間、高い樹木の下でのことだった。ダイーズはよろけて樹木の一本に手をついた。
「マメさんがアメリア帝国に行きたいというのなら、ボクは止めない。けれど行きたくないのなら、彼女の意志は尊重されるべきだと思う」
それはジルの心の声そのものだった。彼女の姿が、農園から逃走したセフィロスの姿と重なるのだ。
「しかし、帝国に美女を贈るのは、この村の伝統であり、文化ゲロ」
「それ、本気で言ってる? マメさんの前でも言えるの?」
ジルは彼の正面に回り込み、その瞳を見つめた。それは大樹の根元を見ていた。
「どうなのですか?」
グッと彼ののどが鳴る。
「答えて!」
「ワシは、マメを手放したくないゲロ。マメには幸せになってほしいゲロロ」
「それなら……」
「とにかく……」彼はジルを直視した。「……マメを見つけることが先決ゲロ」
落ち着いた表情に戻った彼が自宅に向かって歩き出した。
ダイーズの言う通りだ。彼女を見つけなければ何も始まらない。……ジルは彼を見直した。その背中が、それまでより少しだけ大きく見えた。
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