第27話

「マメさん、用事があって外出しただけじゃないの?」

 ジルは、状況を理解したくてアズキに尋ねた。

「夜、出歩くようなマメ姉さんではないケロ」

「恋人がいるとか?」

「マメは勇者クライヴが好きケロ。他の誰かに心を寄せることはないケロ」

「あぁ、そうなんだ」

 胸の底がゾワゾワした。

「そうだからこそ、おかしいケロ」

「どういうこと?」

「マメはアメリア帝国への献上品の管理責任者になったケロ。アメリア帝国へ行くということはクライヴさんと別れる、もう会えないといことケロ」

「献上品の管理責任者?」

「パーティーの席で発表されたケロ」

「ああ、ごめん。早く帰ったから知らなかった。でも、もう会えないなって大げさだよ。……献上品を無事に届けたら、戻ってくればいいじゃない」

「無理ゲロ」

 それはマメの部屋から戻ってきたダイーズの声だった。

「無理? どうして?」

「献上品の管理責任者は、死ぬまでアメリア帝国で献上品を管理し続けるゲロ。かつて管理責任者となって、戻って来たものは一人もいないゲロ」

「そうゲロロ。管理責任者には村一番の美女が選ばれるゲロ。それがどういうことか、分かるゲロロ?」

 エダが涙ながらに話した。

「管理責任者は、皇帝の愛人として贈られるケロ。名誉なことだと喜ぶ人もいるケロロ、マメは違うケロ。……向こうでどんな扱いされているのかもわからない。聞くこともできないケロ。……それは暗黙の了解ケロ。みんなが知っていることケロ。分かっていながら知らぬふり。それが村のためだと……ゲロゲロ」

 アズキまで泣き始めた。

 人身御供……ジルの脳裏をヤマタノオロチに差し出されるクシナダ姫の物語が過った。

 ヤマタノオロチはスサノオに退治されるまで、差し出された美女を食べてしまったのだったっけ?……正しい物語を思い出せない。晴夏の記憶は曖昧なことが多い。頭が悪いのだ。

 いやいや、今はマメさんのことだ。クシナダ姫は横に置いておこう。

「アズキさん、最後にマメさんを見たのはいつ?」

「パーティーのあとケロ。一緒に帰って来たケロロ。てっきり部屋にいるのだと思ってケロ……」

 彼女は力なくその場に座り込んだ。

「ダイーズさんとエダさんは?」

「同じゲロ。家には一緒に帰ったゲロ」

「マメさんは、その貢物の管理者とかいうのが嫌だったのよね……」

 トロロのもとへ行ったのではないか。管理責任者を止めさせてもらうために。

「もしかしたら、勘だけど、その管理責任者とかいうのをやめるために村長のところに行ったんじゃないかしら」

「ナッ!……トロロ村長のところに行ってみるゲロ」

 ダイーズが飛び出していく。

「ボクも……」

 彼を追おうとして勢いよく立つと、ブラウスの前がはだけてポロリと片方の乳が飛び出した。

「アッ!」

 声を発したのはアズキだった。

「それでマメを訪ねてきたケロ。ジルさん、ちょっと待ってケロ」

 彼女は察しが良かった。奥へ姿を隠し、やがてマメのブラと針と糸を持ってきた。

「ありがとう。借ります」

 アズキにつけ方を教わってブラを身につける。もともとトップスとしてデザインされているそれは胸全体を覆ってくれて安心感があった。

「マメのサイズがぴったりケロロ」とアズキ。

 うん。ぴったりだわ!……マメが失踪しているのに喜んでいる場合ではなかった。グッと気持ちを引き締める。

「勇者さまの愛人も大変ゲロロ……。どうしてマメは……」

 エダが娘を思いながら針を器用に操り、ブラウスのボタンをつけてくれた。

 どうして勇者の愛人は大変なのだろう?……疑問を覚えたけれど、それを問い質すことも、愛人というのを否定するのも止めた。娘の失踪に胸を痛めるエダの心をそっとしておきたい。

「……ありがとう」

 受け取ったブラウスを羽織り、下からボタンを留める。また、ボタンが飛ばないように、上から三番目までは開けたままにする。ちょっとセクシーな着こなしだ。

 ジルはアズキとエダに礼を告げてマメの家を後にした。

 闇の中に道がぼんやりと浮いて見える。ボタンつけや着替えで先に出て行ったダイーズには追いつくはずもなかった。それで、クライヴを誘ってマメを探そうと思った。仲良く踊っていたのだから、それくらいする義理はあるだろう。……足をゲストハウスに向けた。

「マメ、何処に行っていたゲロ」

 闇夜からした声は𠮟責にも近い口調だった。

「エッ?」

 彼女がいるのかと思ってジルは足を止めた。

「マメ……」

 暗闇から現れたのはダイーズだった。走って帰って来たのだろう。肩で息をしていた。

「アッ、すまないゲロ。よく似ていたものでゲロロ」

「村長さんを尋ねたのですよね。トロロさんは、なんて?」

「トロロ村長は何も知ら似ということゲロ。マメは、彼のところには行っていないゲロロ」

 彼が肩を落とした。

「それじゃ、何処に行ったのかしら?」

「勇者クライヴ殿のところは、どうゲロ?」

「今、行くところだったのよ。一緒にきて」

 ゲストハウスはもう目の前だ。ドアの隙間から明かりが漏れている。

 木製の立派なドアを開けると床に座っていたクライヴとトルガルの視線が飛んできた。

「どこへ…‥‥」

 彼の質問を手で制した。

「マメさん、来ていない?」

「ここには来ていないぞ」

 クライヴの視線がジルの背後のダイーズに向いた。それは、誰? と訊いている。

「マメさんのお父さんよ。パーティーの後からマメさんの姿がないの。それで探しているの」

「何だって!」

 クライヴが、ピョンと跳ね起きた。マメに対する気持ちが透けて見える。トルガルは横になったまま動かない。

「彼女、帝国の献上品管理者になりたくなかったそうなのよ。それで、どこかへ行ってしまったのかもしれない。探すの、手伝って」

「そりゃあ大変だ。森に入ったら危ないぞ」

 彼は動き出した。トルガルの尻尾を握って引き寄せると、無理やり自分の頭の上に乗せた。

「ブヒヒッ(やめてくれ)」

 言葉では拒んだものの、仔ブタはクライヴの頭の上にしっかり乗った。

「俺たちは森の中を探す。ジルとあのう……」

「ダイーズゲロ」

「二人は村の中を探してくれ」

 三人と一匹はゲストハウスを後にする。

「森は広いゲロ。どこを探すつもりゲロ?」

「あの滝の方角へ行ってみるつもりだ」

 告げるや否や、森へ向かって走りだす。そのスピードは嵐のような勢いだった。

 やはりレベルアップしているな。……クライヴの背中が闇に消えていた。

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