アメリア帝国への献上品

第26話

「……では、伝説の勇者クライヴ殿からお言葉をいただくゲロ」

 クライヴへの感謝パーティー、ステージ上でトロロが語る。

 ジルのもとを離れたトルガルがクライヴの頭に着地した。

 ――オォ……――

 村人たちの感嘆のため息の後、会場がシンと静まった。

「俺は英雄クライヴ、伝説の勇者かどうか分からないけれど、この村のために、できるだけのことをしたいと思っている。天使トルガルも一緒だ」

 ――ウォー――

 静寂は一転、青人たちの歓喜の声と拍手喝采で空気も震えた。

 クライヴは両手を掲げて満足げだ。トルガルの表情は分かりにくいけれど、耳と尻尾の動きから喜んでいると、ジルには分かる。

 元の世界に帰ると言っていたのに、見事な妥協だ。クライヴは大人になったのだな。……彼の言葉に感心してしまう。

「感謝するゲロ」とトロロ。

「ありがとうケロ」とマメ。彼女は横からハグし、彼の胸に額をつけた。

 ムッ!……ジルはマメの行動に腹が立った。これがジェラシーというものか?

ジルは席を立った。

「さてこの場を借りて次のアメリア帝国献上品の管理責任者を決めるゲロ……」

 トロロの声を背中で聞いた。それの意味するところを、ジルは知らなかった。


「ジル、何を怒っているんだよ?」

 パーティーの後、ジルの周囲をクライヴが歩き回った。まるで吸血しようとする蚊やアブだ。

「怒ってなんていないわ」

「パーティーを中座したじゃないか。君をステージに上げようとしたらいないから、驚いたんだぞ」

「ボクがどこで何をしようと、自由だろう。ねぇ、トルガル?」

「ブヒ」

 仔ブタはジルの頭の上に乗っていた。

「それはそうだが……」

「疲れたのよ。ボクは一人でいるのが好きなんだよ」

 パーティーを抜け出したジルは、ゲストハウスに戻って冷たいシャワーを浴びていた。頭を冷やそうと思ったのだ。そうしてみると胸が大きくなったのを改めて自覚した。まだ高校生だから胸が大きくなっても不思議ではなかったけれど、どうしてもツリーの根との関係が気になっていた。あの薬によってクライヴとトルガルはレベルアップした。ならば、自分が巨乳化したのもレベルアップと言えるのではないか?

「なあ、ジル……」

 クライヴが正面に座って目を細めた。

「なあに?……いやらしい目をして」

「アッ、うん……」

 彼の視線が胸元から窓に移った。夜、板戸を下した窓に夜景はない。

「……洗濯、失敗したのかと思って……」

 彼は珍しくもじもじ言った。

「センタク?」

「制服が縮んでいるじゃないか。ボタンが飛びそうだ」

「ヤダ、ヘンタイ、スケベ……」

 巨乳化したのではなく、ブラウスが縮んだ?……巨乳化の自覚があっただけに、彼の指摘が不快だった。彼に背を向け、改めて胸元に視線を落とす。白い丸みがブラからあふれている。

「洗濯は失敗していないわ。ボクが成長したんだ」

 確信をもって答えた。

「……やっぱり、でかくなったのか……」

「分かっていたんじゃない!」

 彼は確信犯だった。

「ストレートに言ったら、嫌われるだろう」

「バカ!」

 振り向いたとき、ボタンがはじけ飛んだ。

「テェ……」

 ボタンが彼の鼻を打っていた。それは床を転がり、玄関ドアの方へ向かった。

「アッ、ボタン……」

 この村でプラスチック製のボタンは手に入らない。ジルは慌てて追った。四つん這いだ。

 ――ブチッ――

 背中で嫌な音がした。突然、胸が重力に引かれてズンと下がって揺れた。巨乳に耐えきれず、ブラのホックが壊れたのだ。

 ブラの替えはない。どうする?……頭が混乱した。転がるボタンをつかまえたものの、四つん這いのまま身体が動かない。

 ――ハァ、ハァ――

 自分の呼吸が他人のもののようだ。

「ジル、どうした?」

 尋ねるクライヴの鼻の頭が赤くなっている。ボタン型の赤みの中に二つの白い丸。ボタンの穴だ。

 ――ハァ、ハァ――

「べ、別に……」

 その時、閃いた。マメにブラを借りよう。彼女のブラならこの巨乳もおさまるだろう。……胸が揺れないように、ゆっくりと上体を起こした。

 そうして見たものに思わず吹いた。クライヴの鼻にボタンの跡がくっきり残っている。まるで小さなブタの鼻だ。

「ブハッ!」

「なんだよ」

 彼が口を尖らす。

「鼻、鼻……」

 彼の鼻を指して笑った。

「鼻?」

 彼は鏡を見るために、その場を離れた。

「ブヒッ、ブブッチ?(ブラ、どうした)」

 ジルの胸の谷間に、トルガルが頭を突っ込んだ。

「ブラが壊れた」

「ブォブン?(壊れた)」

「薬のせいだと思う。胸が急激に大きくなったのよ。それでホックが……。マメさんにブラを借りるわ」

 クライヴが戻る前に借りて来よう。……ジルはゲストハウスを出て、マメの家に向かった。


 外はすっかり暗くなっていた。風車小屋の明かりのついた羽がゆっくりと回転している。月明りもあって道を歩くのに支障はなかった。周囲に人の気配がないことを確認してから壊れたブラを外して丁寧に折りたたみ、ブラウスの内側、スカートに挟んだ。ありがたいことに、ウエストのサイズは変わっていない。

 マメの家は五分ほど歩いたところにあった。ゲストハウスと似たような変哲もない高床式の小屋だ。

 トントントンと階段を上ると胸が揺れる。経験したことのない非日常的な感触だった。ちょっと感動!

 ――トントントン――

「マメ・ミドリさん、いますか?」

 声をかけるとアズキが顔を出した。

「ジルさん、いらっしゃいケロロ。何かケロ?」

 彼女が首をかしげた。

「実は、マメさんに借りたいものがあって……」

「借りたいものケロ?」

「はい。……あのう……」

 ブラとは言えなかった。

「……分かったケロ。どうぞ、中に。……今、呼んでくるケロ」

 誘われてリビングダイニングに入った。彼女たちの両親、ダイーズとエダがいた。泣いたのだろう。エダの眼が腫れていた。

 まさか、夫婦げんか中?……身が縮む思いだ。

「あ、英雄クライヴの愛……」

 ダイーズが暗い目を向けてきた。

「愛人ではありません。ジルといいます。友達、いえ、仲間です」

 頭を下げると胸がブルンと揺れ、ボタンが取れたブラウスの隙間からこぼれそうになる。慌てて押さえ、彼の様子を窺った。青人とは肌の色が異なるだけだ。彼が性的な関心を向けてきてもおかしくはない。

「ゲロロ……」

 彼の視線は、幻でも見るように宙を向いていた。

「大変ケロ……」アズキが飛び込んでくる。「……マメがいないケロ」

「まさかぁゲロロ……」

 驚きの表情、青い顔をした両親がマメの部屋に向かった。

「外出したのね?」

 アズキに尋ねた。

「まさか、そんなケロ……」

 彼女の緑色の顔も両親同様真っ青だった。

 一体、何があったというのだ。……ジルはマメの両親が出ていったドアに目をやった。

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