第22話

 無理やり薬湯を口にするとカッと身体が熱くなった。のども胃袋も大腸までも……。

「ゥゲ……」

 インゲンが作った薬湯はクソの味がした。……クソの味なんて知っているのか、って? 知っているのだ。前の世界、前の身体で暮らしていたのはクソだらけのブタ小屋だったからだ。否応なしにクソも口に入る。

 しかし、ブタの身体をしているならともかく、晴夏の肉体はクソの味に拒絶反応を示した。当然だ。

「ブヒ、ブヒ、ブヒ……」

 トルガルがニヤニヤしているのが腹立たしい。

 ヤバイ!……危険を感じてトイレに駆け込んだ。肛門まで熱を帯びていた。薬湯は、ケロケロ人やブタには悪影響がなくても、人間には危険なものに違いない。

「毒だ! 毒を飲まされたんだ……」

 体内のあらゆるものを垂れ流しながら叫んでいた。自分の意思を無視して流れ出す汚物。悪臭に包まれた自分。ブタだったころを否応なしに思い出した。

 しかし、ジルは死ななかった。体内から汚物が排泄された後は、身体が熱く肛門がヒリヒリするだけで、他に悪いところはない。むしろ頭は冴え、身体は軽くなった気がした。

「ウォー」

 ドアの向こう側からクライヴの雄叫びがした。

「あの薬は何ですか? ボクたちが飲んでクライヴに効果があるなんて変です」

 トイレを出てからインゲンに訊いた。

「あれは精霊ツリーの根を煎じたものゲロ。仲間の絆を強める効果があるゲロ」

 ツリーは、神秘の森で見た歩く樹木、ビーンという子供が乗っていたものだ。

「仲間……」その言葉に釈然としないものを覚えた。クライヴ、いや、桃千佐祐とは全くの他人だ。晴夏の記憶の中でも同様。一介の同級生にすぎない。

「伝説の勇者一行となれば、強い絆で結ばれているはずゲロ。おそらくそれが弱って消えようとしているゲロゲロ。それを元に戻せるのは精霊ツリーの霊薬しかないゲロ」

 そう言うとインゲンはツリーの根を再び煎じ始めた。

「ジイジ、クサイケロ!」

 ドアが開き、家に入って来た子供ホップが叫んだ。インゲンの孫だ。その後ろには彼の両親、エンドウとリンゴ夫婦がいた。日が陰り、洪水の後始末を中断して帰ってきたのだ。

「ジイサン、またつまらないもの作りおってゲロロ」

 エンドウの視線はジルに向いていた。

「アッ、お邪魔しています。実は……」

「ああ、知っているゲロ。勇者さまの愛人ゲロ。おい、ホップ、汚れた足をふいていケロロ」

 愛人!……ジルの眼が点になる。

「あいケロ……」

 子供は応じながらも、ペタペタと足音を鳴らして奥へ向かった。

「エッ、アッ、いいえ。ただの同級生で……」

 訂正しながら、子供がクライヴにいたずらでもしそうで、その背中を目で追った。

「ドウキュウセイ? ホップ、カアチャンのところにおいでケロ!」

 リンゴが長靴を脱いで洗面所に向かう。

 村に学校はないんだ。……マメに聞いたことを思い出し、「同じ年齢の友達のことです」と説明した。

「トウチャンのベッドに勇者が寝てるケロ」

 寝室から声がする。

「いたずらをしてはならんゲロロ……」インゲンは言った後、エンドウに目をやる。「……お前たち、しばらくゲストハウスで暮らすゲロ」

「勇者一行をゲストハウスにお泊めすべきゲロ」

「ゲストハウスに臭いがついてしまうゲロ」

「我が家に臭いがつくのはいいゲロロ?」

 エンドウは不満そうだった。

「ホップ、はよ、こっちこんかいケロロ!」

 リンゴの声が轟くと、ホップが洗面所に駆けていく。

「すみません、私たちのために……」

 インゲンの家族に迷惑をかけて申し訳なく思った。

「いやいや、勇者殿は村のために働いてくれたゲロ。このぐらいは当然ゲロ……」

 村のためというなら、ゲストハウスに泊めてくれてもよさそうなのに。そう思った。

 彼は洗面所に向き、「……リンゴ、ゲストハウスで夕食を作ってゲロロ」と大声で命じた。

「あいゲロ!」

 彼女の楽天的な声が返ってくる。


 インゲンの家族は、インゲンだけを残してゲストハウスへ行った。その後、リンゴがバケットと野菜スープ、果物をバスケットに入れて運んできた。ジルとトルガルはそれを食べた。

 直後、「これを」とあの薬湯を出された。そうなることは彼がツリーの根を煎じているときに察するべきだった。いや、分かっていたのだけれど、きっとそれはクライヴの分だと逃げていたのだ。

「えー!」

「ブヒヒ!」

 ジルとトルガルは拒否の姿勢を示したが、インゲンは許してくれなかった。

「飲まなければ、勇者殿は目覚めないゲロ」

「本当?」

「疑うのなら、勇者殿の命は保証できないゲロ」

 そう断じられると、ジルにほかの選択肢はなかった。万が一、クライヴに何かがあっては寝覚めが悪い。何よりも、彼の死は、自分の安全をも揺るがしかねない。

「グヒッ……」

 ジルは鼻をつまみ、涙を流しながら薬湯を胃袋に流し込んだ。

 やっぱりクソの味だ。……横目にトルガルを見る。彼の口にもインゲンの手によって薬湯が流し込まれていた。その目にも大粒の涙があふれていた。

「ウォー」

 クライヴが雄叫びを上げた。

 薬湯を飲むのは二回で済んだ。トイレで肛門をヒリヒリさせた後、シャワーを借りて全身を洗った。トルガルの身体も洗ってやった。その肛門も赤みをもって腫れていた。自分もそうなっているのかと思うと情けない。

「クライヴが目覚めたら、借りを返してもらうわよ」

「ブヒ!」

 ジルとトルガルとの間に不思議な絆が生まれていた。


 その日の夜はクライヴの隣のベッドで寝るのだろうと思っていたが、そこにはインゲンが入った。ジルは子供部屋、ホップのベッドで休んだ。トルガルも一緒だ。

 深夜、胸元がざわざわするので目覚めた。寝ぼけたトルガルが母親の乳首を探しているようだった。

 おい、自分。子供だな。……寝ぼけた仔ブタの姿は滑稽だ。恥ずかしくも、愛おしくもある。

 今頃、母や兄弟はどうしているだろう? 肉やハムにされていないだろうか?……自分を笑った兄弟だけれど、彼らを思うと胸が痛む。

「特別だよ」

 ブラウスのボタンをはずして胸を預ける。

「ァン……」トルガルが吸い付いてきて、キュンと淡く切ない電気が走った。

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