第18話

 ゲストハウスの寝室……

 ――ドドドドド――

 それは屋根瓦を打つ激しい音だった。

 ジルはベッドの中で目覚めた。

「何だ?」

 隣のベッドに寝ていたクライヴが上体を起こした。

「雨のようだよ」

「ブヒ」

 パタパタと飛んだトルガルが窓辺に移動する。

 屋根を打った雨水が軒先から滝のように流れ落ちていた。

「嵐か……」

「風はないよ」

「ブヒ」

「ただの大雨か……」

「ヒドイ大雨だよ。風車小屋の明かりも見えない」

「ブヒ」

「風車が止っているからだな」

「ここの部屋の電灯は灯っているよ」

 ジルはベッドの枕元にある小さな電灯を指した。

「おかしいな」

「蓄電装置があるのかもしれないし、風力以外の発電施設があるのかもしれない」

「まさかぁ」

 クライヴが鼻で笑う。

「人間の、いや、この世界のことは分からないことが多い。油断しない方がいい」

 そう告げて、ジルはベッドに戻った。

 激しい雨音はしばらく続いたが、ほどなく止んだ。雨が止んだのか、音に慣れたジルが眠りに落ちたのか、次に目覚めた時には分からなかった。

「ブゥーヒィ(お腹すいた)」

 トルガルのブヒブヒ鳴く音で、ジルとクライヴは目覚めた。雨音はなかったけれど、人のざわめきがした。

「騒がしいな」

「何かあった?」

 クライヴとジルは外を覗いた。

 昨夜の雨の影響だろう。小川があふれ、道が川のようになっていた。もはや小川と道、畑の境界も分からない。森の奥から来るのだろう。枯れ木や倒木が流れている。そうした流木が建物や立ち木に引っかかると、そこに流木がさらにつまってダムのようになり、水かさが増して畑の作物をのみこんでしまう。すでに畑の半分ほどが水に浸っていた。

 畑の水没を防ぐために青人は流木を拾い集め、建物の階段部へ積み上げていた。その中にマメとアズキの姿もあった。作物を守ろうと右へ左を走り泥まみれになっていた。子供たちも働いていて、腰まで水に浸かっている者もいる。

「大変だな」

「ボクたちも手伝おう」

「エーッ……」

 嫌がるクライヴを無視し、ジルは寝室を飛び出した。

「仕方がないなぁ」

 クライヴが続く。彼の頭にトルガルが乗っていた。

 ゲストハウスの外に出てみると、高床式の建物は流れの上に浮かんだような形になっている。大雨が降ると村が水にのまれるのは珍しくはないのだろう。だから建物は高床式なのに違いない。

「マメさん、私たちも手伝う」

 流れに飛び込み流木を拾い集めるマメのもとに向かった。水は膝ほどの深さがあり、スニーカーの中に水が流れ込んでグジュグジュいった。

「勇者さま、ジルさんも、ありがとうケロ」

 マメの声に他の青人の視線がジルたちに向いた。

 二人は彼女らが拾った流木を受け取って高台へ運んだ。とても地道な作業だ。

「勇者なら魔法が使えるんだろうケロ?」「この水を何とかしてくれケロロ」「畑を守ってくれケロ」

 懇願する者がいるかと思えば、「自然災害だ。勇者などに何ができるゲロ」と否定的な声もあった。

「勝手なことを言いやがる」

 クライヴが流木を放り投げると額に人差し指をあてた。

「ジル、こんな時は水の魔法だよな?」

「そりゃ、まあ……。何をするつもり?」

「水を蒸発させる」

「それはいい……」できればだが……。

「水の蒸発、水の蒸発……」

 彼はぶつぶつ言った後「蒸発しろ!」と叫んだ。

 ――ジュン!――

 鈍くも大きな音がした。

 クライヴの目の前を流れる大量の水が一瞬で蒸発、黒い大地が現れる。テニスコートほどの広さだ。

「やった!」

 彼自身が声を上げる。

「すごい!」

 ジルは驚愕した。

 水が消えた現場を目撃した青人の瞳に希望の光が宿った。刹那、周囲から一気に泥水が流れ込み、大地は再び水の底に沈んだ。

「アァァァー」

 悲鳴が喉をついた。マメやアズキも「ケロケロ」と嘆いた。

「残念ケロ」「無理なんだゲロ」「もう一度ゲロロ」

「クソッ。邪魔だ」

 クラウドが仔ブタの尻尾を握って放り投げた。

「ブヒヒッ!」

 驚いたトルガルが声を上げる。それはクルクル回ってジルの上で静止した。

 クライヴが額に指をあて、大きく息を吸う。その額から頬に向かって汗が流れた。

「蒸発!」

 ――ジュン!――

 最初より少し広い範囲の水が消える。が、それもつかの間、新たに流れ込んだ泥水が空白を埋めた。

 青人の瞳から希望が消えていく。

「ダメか……」

 クライヴが肩を落とした。

「ブブヒヒヴヒヴヒブー(村の外へ流れを変えるんだ)」

「水はどんどん流れてくるから上流を何とかしないと。……村への流入口を遮れれば、すべての集落が助かるはず」

 ジルは隣の集落へ続く道を見やった。

「それができたら苦労はしないよ」

「流れを変えるのよ。想像してごらん。水の流れが変わるさまを」

 ジョンレノンの名曲、イマジン風に言ってみた。

「無茶を言うな。水がどこから流れ込んでいるかも分からないんだぞ」

「クライヴ、英雄だろ。そのくらい何とかしろよ」

「しろよ、だと?」

 彼の目に疑惑の色が浮いた。

「いやいや、しなさいよ」

「ん……」

 彼が悔しそうな顔をした。

「そうだ!」

 何かを思いついたらしい。彼はパッと表情を明るくした。

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