第17話

 大ミミズが精霊の一つだとマメに教えられたトルガルはそれを信じたのか、祟りを恐れてのたうち回っていた。ジルも以前なら精霊など信じなかったけれど、神によって異界に転移させられた今、精霊の祟りもあるのかもしれないと不安だった。

 しかしクライヴは平気のようで、バケットと野菜炒めを食いつくし、バナナをほおばりながらマメたちに尋ねた。

「野菜ばかりで味気ないな。肉はないのかい?」

「青人は究極のヴィーガンケロ。わずかな野菜と水、それと太陽があれば生きていけるケロ」

 応じたのはアズキだった。

「太陽?」

「ワシらは光合成するケロ。自然に優しい新人類ケロ」

「それで髪がワカメみたいなんだ」

 ジルは思わず声にし、アズキににらまれた。

「光合成する青人が草食するのは、共食いじゃないのか?」

 クライヴが真顔で問う。

「ライオンが牛を食べても共食いではないケロ」

「あぁ、なるほど……」彼は破顔し、話題を変える。「……で、旧人とかいう民平王が治める国はどこにあるんだ?」

「行くつもりケロ?」

「あぁ、俺は元の世界に戻りたい。俺たちにそっくりな旧人なら何らかの手掛かりを持っているかもしれない」

「やめてケロ。あなた方はワシたちを帝国の支配から解放してくれる伝説の勇者一行。行かないでケロ」

 涙ながらにマメがすがりついた。アズキは姉ほどではないが、期待の宿った瞳をクライヴに向けていた。

「困ったなぁ……」

 この世界では美女に入るらしいマメに抱き着かれ、クライヴはまんざらでもなさそうだ。困り顔を作りながらも目は笑っている。

「村を救ってくれたら、ワシは何でもするケロ」

「そう言われてもなぁ。俺の力なんて、たかが知れているぞ」

「天使さまがついているケロ」

「あぁ、こいつか。……こいつは飛べるけど、ただのブタだ」

「ヴブヒヒ……(バカにしないで)」

「ジルも何とか言ってケロ。ワシらを助けてケロ」

 頼られてジルは戸惑う。村長のトロロが異なることを言っていたからだ。

「村長さんは、マメさんたちが勘違いをしていると言っていたけど。帝国は敵じゃないって」

「トロロもクロロもアメリア帝国に騙されているケロ」

「マメさんは騙されていない、自分が正しいと証明できる?」

「それは……、ケロ」

「姉の言うことは間違ってはいないケロ」

 アズキが援護すると、「それじゃ」とクライヴが、ジルと同じ問いを彼女に向けた。

「それは……、みんながそう言うケロロ」

 姉妹の意見は村の若者たちの共通認識らしい。が、その根拠はなかった。彼らの心証らしい。

 今の状況は単純なRPGのように魔王討伐に行ける状況ではない。……ジルは思った。そこで記憶の中に〝魔王〟の文字が浮き立った。

 最初に遭遇したイロカボチャの実が魔王に助けて求めていたではないか! 獣人のいる異世界なら、魔王がいるのはデフォルトではないのか?

「ねえ、この世界に魔王はいるの?」

 姉妹に尋ねると、彼女たちは顔を見合わせ、それから首を左右にふった。

「聞いたこともないケロ」

「ジル、何を考えているんだ?」

 クライヴが尋ねた。

「動物のように行動できるイロカボチャを誰が創造したのかと思って」

「ああ、あれな」

「ブヒ」

 マメたちに目を向ける。彼女たちはジルの疑問を理解できないでいるようだった。

「ねえ、この世界の進化ってどうなっているの?」

「進化ケロロ?」

「そう、進化。村長もマメさんたちも旧人と新人類という言い方をする。そこには進化の過程があるということでしょ?」

「進化、……ケロ?」

「知らないケロロ」

 彼女らの知識は実に乏しい。まだ村長の方が多くの情報を持っているだろう。彼ら老人から話を聞きだす必要がある。……ジルは結論付けた。クライヴもそう判断したのだろう。目が合うと、彼は小さく首を振った。

「学校はないのかい?」

「ガッコウ?」

「文字を学んだり、数学や歴史を学んだりする場所だよ」

「読み書き算盤そろばんは母から学ぶケロ」

「歴史は?」

「村の歴史は長老たちが教えてくれるケロ。青人は神の末裔まつえい。天使の降臨を待っているケロ」

「その天使が……」

 クライヴはトルガルに視線を向けて微笑した。

「天使は時に罰し、時に助けるケロ」

「罰?」

「約千年前、数百の天使が舞い降りて世界は滅んだケロ。その時に生き残ったのが青人、獣人、旧人といったわずかな民族ケロ」

「どうして神は罰したの?」

「さあ……、知らんケロ」

「それは伝わっていないのね」

「天使が人々を殺したのか?」

 クライヴは仔ブタを両手でつかむと顔の前に掲げて見た。

「ブヒヒ……?(何か)」

「焼き殺したと伝わっているケロ」

「俺みたいに?」

「天使の炎は一撃で百万の民を焼いたと言われているケロ」

「百万!」

「お前、そんな力を持っているのか?」

「ヴヒヒ(あるわけない)」

「何だって?」

 彼がジルに目を向けた。

「楽勝だって」

「ブヒッ(違う)」

「勝負してみるか、って言ってる」

「ブヒッ!」

「俺に勝てるってかぁ?」

 彼はトルガルの尻尾を握り、ブンブンと振り回した。

「ヴヒヒッー(ヤメテー)」

「やめるケロー、村が破壊されてしまうケロ!」

 アズキがクライヴに飛びついて腕を取り、マメがトルガルを奪い取った。

「天使トルガルさま、すまないケロ。村を焼かないでケロォ」

「ヴッカヴール!(バカ、ジル)」

 マメの胸の中でトルガルが怒鳴った。

「何といったケロロ?」

「村は焼かないって」

 ジルは笑いをこらえて通訳した。

「良かったケロロォ」

 マメとアズキが胸をなでおろした。

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