第15話

 奥の扉が開き、小柄な老人が現れる。その髪は深緑と茶色のメッシュで、黄緑色の顔には深いしわが刻まれていた。

「村長トロロ、天使が……」

 マメの言葉をトロロが手で制した。

「旧人は民平王みんぺいおうの手足として働いているはずゲロ。なぜ、ここへ来たゲロ? 目的は何ゲロ?」

「民平王って、誰だ? 俺は知らないぞ」

 クライヴが唇を尖らして応じた。

「ボ、……私は偶然です。異世界から来たのです。私はジル、彼は英雄クライヴ、この子は天使トルガル」

 ジルはそう応じ、仔ブタをギュッと抱きしめた。

「異世界?……確かに旧人の世界は異世界ゲロ。民平王が支配する野蛮な世界ゲロ」

 彼の言葉には不信感を超えた敵意が感じられた。

 クライヴが前に出る。

「俺たちは旧人とかいう者たちを知らない。地球の二一世紀から来た」

「チキュウノニジュウイチセイキ……」

 トロロがクライヴの言葉をなぞり、首を傾げた。

「ヴーヴン、ブイブティヴィブ(頼むんだ。村に滞在したいと)」

「村長トロロさま、天使トルガルが、しばらく村に滞在したいと言っています」

 ジルが通訳すると、クライヴは表情を曇らせた。彼は旧人と呼ばれた人間が住む場所に、すぐにも行きたいのに違いなかった。

「それは構わないが、……本当に天使ゲロロ?」

 旧人に対する敵意は消えて不信の色だけが残った。

「飛んで見せるといい」

 トルガルだけに聞こえるようにささやいた。

「ブヒ」

 背中の翼がパタパタ上下し、トルガルは浮かんだ。

「ホォー」

「どうケロロ。天使が率いる勇者パーティーがいれば、あの傲慢な帝国を排除できるケロ」

 マメの話に勢いがついた。

「……排除?」

 トロロが顔のしわを更に深くし、「それは違うゲロ」と重々しく応じた。

「何が違うケロ? 毎年、莫大な穀物と資源を治めるだけでなく、処女を人身御供に取られ……」

 マメの瞳はうるんでいた。息は上がり、声も途切れる。

「……親は泣き、村人は苦役にあえいでいるケロ。……三か月後には、収穫の秋が来るケロ。また、帝国から収奪者が来るケロ……」

「そうか、次の人身御供はマメの可能性が高かったゲロロ」

 石臼をひくクロロの手が止まった。

「はい、この美貌ゆえケロロ」

 ほう! これがこの世界の美か。人間の、もちろんブタのそれとも違うなぁ。……ジルは、思わずマメの肢体をしげしげと見つめ、価値観の相違というものを実感した。

「フム、マメは誤解しているゲロ。我々青人は帝国に収奪されているのではなく、帝国に守られているゲロ」

 トロロが諭すように言った。

「帝国が、村を旧人から守っているというケロ?」

 マメは非難するように応じた。

「うんゲロ……」

「獣人が来なくなったら旧人が来ると、何故、いえるケロ?」

「昔からそうだったゲロ。旧人は高圧的で欲が深いゲロ」

「自分だけが正しいと思っているゲロロ」

 トロロの後、クロロが付け加えた。

「老人たちはそういうけれど、違うと思うケロ。獣人だって、青人を支配しようとしているケロ」

「お前、獣人の前で、そのような口をきいてはいけないゲロロ」

「そうゲロ。獣人に見放されたら、我々は生きていけないゲロ」

 ジルは、トロロの村と獣人や旧人の国々との間に複雑な国際関係があり、村の中の大人と若者の間にも微妙な意見の相違があるようだと知った。

「……なにはともあれ、客人の前でこのような話は見苦しいゲロ。天使さまたちを、マメの集落のゲストハウスへ案内するゲロ」

 トロロが命じた。

「……は、はい」

 マメは応じたが釈然としていないようだった。

「ア、ビーンは見つかったかゲロ?」

「ビーンは神秘の森であのツリーと遊んでいるケロ」

「また、ツリーゲロか……」

 彼は窓の外に目をやり、ほっと溜息を洩らす。それから再びマメに向いた。

「これからのことは長老会で検討するゲロ。それまで、マメが天使と勇者一行の世話をするゲロ。良いな?」

「仰せのままケロ」

 彼女は無愛想に応じると、クライヴに向かってゲストハウスに案内すると告げた。

 ゲストハウスがあるのはありがたい。穏やかな夜を過ごせそうだ。……素直な喜びと同時に、村がゲストハウスを有する程度の文化水準にあり、他の共同体との交流があることに小さな驚きを覚えていた。

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