第13話

「ここは神秘の森、精霊が住んでいるケロ」

 トルガルを胸に抱きしめたマメが森の奥に向かって獣道を進む。

 言われてみれば清涼なはずの森の空気はどこか厳かで息苦しさを覚える。神経を研ぎ澄ませば、精霊たちに見つめられているような感覚もあった。

 ジルが周囲の気配に気を配っていると、マメとクライヴは、いつの間にか先に行っていて姿が見えなくなっていた。ただ、木の枝を分け、落ち葉を踏む音だけがした。

「待って!」

 思わず大声をだし、クライヴの背中を探して足を速めた。

 マメは慎重に道を選び、イロカボチャやヒトカブトといった危険な植物を避けて進んでいた。時折、毒虫に襲われたけれど、すべてクライヴが撃退した。虫たちはトルガルを狙っているように見える。

「ケロケロ!」

 虫が現れるたびに、マメはその身を挺して仔ブタを守った。

「刀火弾!」

 クライヴの魔法は洗練され、一撃の威力を増していった。

 森の中での殺戮は精霊が怒るのでは?……平然と虫を殺すクライヴの姿に不安を覚えたが、マメが何も言わないのでジルも黙って見守った。

「村まではどのくらい?」

 毒羽虫を焼き払った後、クライヴが尋ねた。彼の息は上がっていた。続く戦闘で、疲労がたまっているのに違いなかった。

 昨夜、自分を守るために十分な睡眠時間が取れなかったのだ。……後ろめたいものを覚えていて、なおさら精霊の話などできなかった。

「すぐケロ」

 マメはそう言ったが、それからも長く歩き続けなければならなかった。そもそも距離の感覚が違うようだ。

 歩きっぱなしで足は痛み、疲労はジルの全身を鉛のようにした。

「マメさん、森の中で何をしていたの?」

 疲労から意識をそらすために尋ねた。

「ケロ!」

 彼女の足が止まる。

「忘れていたケロ」

 彼女は振り返り、元来た方角を見つめた。意外とうっかり者らしい。

「何か、目的があったんだろう?」

 クライヴが訊いた。

「ケロ、人を探しに行っていたケロ」

「人?」

「村の子供が行方不明ケロ。それで探していたケロ」

「それって木に乗っていた子供かな」

 ジルは樹木の上で、災いを持ち込んだのはお前たちだな、と言った髪の長い子供を思い出していた。

「ブヒ」

 トルガルがそうだと鳴いた。

「そうケロ、樹木を魔法で操っているケロ」

「君たちも魔法が使えるのかい?」

「ノンケロ。まれに、魔力を持った子供が生まれるだけ、ケロ」

「彼女なら、大丈夫じゃないかな」

 ジルは言った。ここまで歩き続けてきて足が痛んでいる。今更、戻ると言ってほしくない。

「ノンケロ。あの子はビーン、男子ケロ」

「ミスター・ビーンというわけか」

 クライヴが笑みをこぼした。その理由がジルには分からない。

「探しに戻る?」

 心にもないことを言った。マメはもちろんクライヴにも、冷たい人間……正確にはブタだけれど、……冷たいそれだと思われたくなかった。

「……ノンケロ。あの子は特別、普通じゃないケロ。戻りたくなったら、勝手に戻ってくるケロ」

「それが分かっていて、探しにきたのか? あんたはイロカボチャに食われそうになったんだぞ」

 クライヴが指摘する。ジルも首を縦に振った。

「ビーンは特別、それで村長が案じているケロロン」

 マメは自分に言い聞かせるように話すと、草木を分けて歩き始めた。

 森が終わる気配はなかった。村はまだ遠いのだろう。

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