第12話
森の中は騒然としていた。獣や鳥たちは逃げ惑い草木までもが、あわよくば安全な場所へ隠れようとしているような気配を発していた。もちろん草木が逃げ隠れできるはずがない。ところが一部の植物は地面から根を引き抜いてのそりのそりと移動していた。
「災いを持ち込んだのはお前たちだな、ケロ?」
声は根で歩いている樹木からした。高さ五メートルほどの広葉樹だ。
木がしゃべった?……イロカボチャがしゃべったのだから、木がしゃべったからといって驚くことはなかった。
「人間だよな、ケロ?」
返事をしないと訊いてきた。
「だれ?」
「秘密ケロ」
声がするあたりをよく見れば、高い枝に小柄な人間が座って見降ろしていた。長い髪は濃い緑色をしていて、肌も淡い緑色だ。
カエル人間?……脳裏をアマガエルがよぎる。〝ケロケロ人〟ジルは緑色の人間をそう呼ぶことに決めた。
「食わないでケロって、叫んでいたのはあなたね?」
「違うケロ」
歩く樹木は遠ざかっていく。その枝の上で、子供は振り返っていた。
「風切」
森の奥で声がした。
ざわざわと森が鳴り、足元を虫やトカゲが走り、鳥たちが飛びまわる。
いかなくちゃ!……気にはなったけれど、ケロケロ人のことは忘れて声の方に向かった。茂みに飛び込むと、道なき道、クライヴを求めて走る。
「火弾」
その声は間近でした。
イロカボチャの蔓に巻き取られていたクライヴが、その花めがけて火の弾を打ち込んだところだった。花は焼け、蔓は干からびてクライヴを開放。彼は一回転して着地した。十個以上、大量のイロカボチャの実が、右へ左へ転がり、茂みの中に消えていった。
「クライヴ、大丈夫?」
「ジル! どうやってここへ?」
「トルガルに乗せてもらった。で、その蔓を使おうと思ったの?」
しなびたイロカボチャの蔓を指した。
「まさか、……行きがかりでね」
彼が振り返る。その視線の先、大木の陰に気配があった。
「勇者さま、助けていただき、ありがとうケロォ」
飛び出してきた緑色の人物が、クライヴの前にひれ伏した。
「……ケロ……」
ジルは、その長い深緑色の髪に視線を落とした。……もしかしたらこれが、リス人間が話していた青人間かな?
「この人がイロカボチャの群れに襲われていたんだ」
クライヴが説明した。
「そうなのね……」
「本当になんとお礼を言ったら、……ワシ、マメ・ミドリという者ケロ。勇者さま、是非、ワシらの村に来てケロ」
身体を起こした緑色の人には豊満な胸があった。身に着けているのは胸を支えるブラと下半身を隠すパンツだけだ。それも緑色だから、ともすれば全裸に見える。
「それは……」
クライヴがジルに目をやる。ジルはうなずいて応じた。村に行けば食事や寝床にありつけるかもしれない。
「……では、お言葉に甘えます」
クライヴの返答は、いかにも大人のものだった。
「不思議な衣装ケロ?」
マメがジルの制服に目を細めた。
説明するのも面倒くさい。……ジルは無視した。
パタパタと羽の音がし、トルガルが飛んできてジルの頭の上に降りた。
「おや、ブタが飛ぶなんて、初めて見たケロ」
「ええ、天使トルガルです」
「ブヒー」
「天使……」緑色の女性は目をぱちくりさせた。「……天使と魔法使い。そして可笑しな洋服の女。……あなた方は、伝説の勇者パーティーケロ!」
「伝説?」
「村に伝わる伝説ケロ。勇者を連れた天使が現れ、聖なる青人の一族を、悪しき獣人帝国から解放してくれる。そう、伝わっているケロ」
青人というのか。……ジルは、その言葉を記憶に刻んだ。
「ヴンブーブ、ヴブ?……(天使、ボクが)」
「トルガルが、自分のことが伝説になっているなんて、と驚いています」
ジルは都合のいいように答えた。
「まさか、天使がブタの形をしているとは考えてもいなかったケロロ……」
彼女は、うっとりとトルガルを見つめた。
「獣人帝国というのは、リスの顔をした人間の帝国ということかい?」
クライヴの顔を影がよぎる。
「さあ、……村に来るのは熊やキツネの顔をした者たちケロ。私たちは、毎年ひとり、美女と農作物を献上しているケロ」
「俺たちが、その帝国と戦うと?」
クライヴの態度が変わった。獣人帝国との戦いを押し付けられるのを避けようとしているようだ。
「お願いケロ。せめて村長に会って、話してケロ」
彼女はひれ伏し、再びクライヴを拝んだ。
「悪い、無理だ。他をあたってくれ」
「ちょっと待って、クライヴ」
ジルは慌てて止めた。ここで彼女と袂を分かったら、期待していた食事や寝床が水泡に帰す。森の中は既に薄暗い。夜が迫っている。
「ん?」
彼が首をかしげた。
「話ぐらいは聞いてみた方がいいんじゃないかな」
ジルは彼に向かってウインクを投げた。その意思は伝わったらしい。
「あ、ああ、そうだな。夜中に獣を追い払うのも面倒だ」
彼は不思議なことを言った。
「追い払う?」
「昨夜、何もなかったと思っているのか?……ああ、そうか。間抜けな顔をして寝ていたからなぁ、他人の苦労など、気づかないか」
彼が笑った。冷笑ではない。優しい笑みだった。
「あのう……」
二人の話が見えないマメが首を傾げていた。言葉になってはいないけれど、その顔にはケロケロといった言葉が張り付いている。
「俺たちに何ができるか分からないが、まずは話しだけでも聞くとしよう。よろしいな。天使トルガル殿」
クライヴの言葉は、酷く芝居じみていた。
込み上げる笑いを、ジルは必死でこらえた。
「ブヒ(うん)」
「良かった。トルガルが同意してくれたよ」
ジルはマメに伝えた。
「ありがとうケロロ、天使さま、勇者さまぁ」
彼女がトルガルとクライヴを拝むようにして喜ぶので、ジルは少しばかり嫉妬を覚えた。
「では、さっそく……」
マメは立ち上がると背伸びをし、ジルの頭の上からトルガルを抱き下ろした。
「ワシがお連れするケロ」
ギュッと抱きしめる姿に、もう逃がさない。そんな意志が見て取れた。
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