第7話

 ――ガツガツ、ガツガツ――

 佐祐が穴を掘る。その背中にセフィロスは声をかけた。

「どうするの?」

「穴を使って蒸し焼きにする。野原は枯れ木や枯草を集めてくれ」

「そんなことまで知っているんだ」

「一応忍者の末裔だからな。サバイバルには長けているつもりだ」

 彼はガツガツと地面を抉った。

「分かった」

 周囲に樹木はない。セフィロスは葦の原をかき分け、枯れた葦や枯葉を集めた。

 佐祐は掘った穴の底を粘土で固めて水が沁みにくいようにした。それから枯草を敷いて砕いた緑のイロカボチャを置くと川で汲んだ水をたっぷりと入れた。その上に再び枯草を積み上げると魔法で火をつけた。ボンと小さな音がして炎が上がった。赤いイロカボチャは明日、食べることにする。次に食料が手に入るのがいつか、分からないからだ。

「キャンプファイアーみたいだな」

 佐祐が燃える火を見つめていた。

 セフィロスは記憶をまさぐり昨年のイベントを見つけた。漆黒の闇に蛍のように舞い上がる炎‥‥‥。キャンプファイアーはとてもロマンチックなものだった。

「うん」

 しっとりした声が自然に漏れた。それからブタには無縁なものだと思った。

「火弾以外の魔法は使えないのかい?」

「俺は、ロープレはやらないんだ。魔法は詳しくない」

 魔法が使えるようになりたいと神に願ったのに知らないのか!……セフィロスは呆れた。

「魔法を何だと思っていたんだ?」

「カボチャを馬車に変えたり……」

「シンデレラか‥‥‥」

「人間をカエルにしたり……」

「親指姫だな。童話の話ばかりだ」

「何なら、カエルにしてやろうか?」

 彼が口角をあげる。

「や、止めてくれ……」ブタ以下じゃないか。……ブルブルと首を振った。

「ブゥブブヴー、……ブヒブヒヒブゥブゥ。ブヒヒヴヴグブーブーヴヒヴヒ(イメージできないのか、……それでは魔法は使えない。魔法はイメージを具現化したもの)」

 黄色のカボチャを食べ終えた仔ブタが火に向かい、嘆くように言った。

「カエルにできるかどうかはともかく、攻撃魔法を知らないんじゃ、しょうがないな。イメージできない魔法は使えないんだ……」

 セフィロスは晴夏の記憶をまさぐり、様々なゲームの様々な魔法を話してやった。

「氷の魔法はともかく、水の魔法なんて効果があるのかな? 水遁の術は川を渡ったり、水中に隠れたりするような術だが……」

「水で覆えば、動物は溺れ死ぬ。水流で鉄板を切ることもできるはずだ」

「なるほど。モノは使いようだな。イロカボチャ相手には、どんな魔法が効くと思う?」

 二人はイロカボチャを蒸しながら、魔法の話をして時を過ごした。枯れた葦や枯葉はすぐに燃えてしまうから、どんどん継ぎ足さなければならなかった。手元に在庫がなくなると、彼が集めに走った。セフィロスは火の番をした。

「もう、この周りに枯れた葦はないよ」

 彼がわずかばかりの枯草を集めてきたころ、火の中からイロカボチャの香ばしい香りがした。蒸しあがったのだ。

「食えそうだな」

 佐祐が木刀で燃えかすを避けてイロカボチャを取り出した。

 セフィロスは火が通ったカボチャを食べるのは初めてだった。それはほくほくと甘く美味かった。

「これからどうする?」

 佐祐が訊いた。

「食べて寝て、明日はまた食べて寝る」

 思ったままを話した。

「野原、バカだなぁ」

 素直に答えてバカだと笑われたのは面白くなかった。

「魔法を知らないのに、魔法スキルを望んだ桃千君に言われたくないな」

「確かに、俺もバカだ」

 彼が苦笑する。その顔を夕日が照らしていた。

「それで、桃千君はどうするつもりだい?」

「とりあえず旅をする。人間を探すんだ」

「それから?」

「元の世界に戻る。野原は戻りたくないのか?」

「エッと……」

 仔ブタに目をやった。仔ブタの晴夏は生のイロカボチャを食べたうえに、蒸したイロカボチャも食べていた。

「……ボクは、この世界に残る」

 元の世界に戻ったら、またブタの姿に戻ると思うと怖かった。ブタに戻ったら、食用肉にされるのだから……。

「家族が心配じゃないのか?」

「いいや‥‥‥」

 漫然と日々を過ごす母ブタと兄弟の姿が脳裏をよぎる。それから晴夏の父親の顔が浮かんだ。農園の経営者だ。悪人ではなかったけれど、彼はセフィロスを食肉業者に売ると言った。好意を覚えられるはずがなかった。

「ブー」

 仔ブタが意味のない声を上げた。背中の小さな羽が萎れたように背中に張り付いている。

 晴夏は帰りたいと思っているのだろうか?……彼女の記憶では、元の世界を嫌う理由がなかった。あるとすれば、彼女が農園の仕事が嫌いだということぐらいだ。

 イロカボチャを蒸した穴から灰色の煙が紫色の空に立ち上っていた。

「これが最後だ」

 佐祐が残っていた枯草を穴に乗せ、フーっと静かに息を吹き込んだ。燃えかすから赤い熾火が生じ、枯草に移った。パチパチと音をあげて炎が周囲を赤く照らした。それは一瞬のことだった。

「獣を避けるために火を欠かしたくはないが、今日はあきらめよう。明日は川をさかのぼって林に入ってみよう」

 彼は勢いが衰える炎に向かって話した。そこにセフィロスの意見を受け入れる余地はなさそうだった。もちろん、仔ブタの意見も。

「これから一緒に旅をするなら、呼び方を決めないか?」

「呼び方?……名前じゃダメなのかい?」

「異世界に来たんだ。勇者パーティーみたいにしたいじゃないか」

 セフィロスと晴夏の中身が入れ替わっていると言えないので、そんな理屈をこじつけた。

「本当にゲーム好きなんだな」

 彼は苦笑し、「好きなように決めてくれ」と応じた。

「それじゃぁ……」セフィロスは晴夏の記憶をまさぐり、英雄クライヴ、令嬢ジル、天使トルガルと提案した。

「俺が英雄クライヴかぁ。悪くない」

 彼は木刀を振り、その場でバク転を決めた。

「ブヒ(いいね)」

 天使トルガルはパタパタ飛んで、宙返りを決める。

 こうして二人と一匹の新たな呼称が決まった。

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