第6話
「ボクは不味いよ」
言ったところで蔓は開放してくれなかった。セフィロスの身体を口元に運ぶ。
「桃千、火を使え!」
蔓に締め上げられる痛みの中で叫んでいた。
「オウ!」
彼は木刀を投げ捨て、赤色の実に向かって火弾を撃った。
――ボン――
火弾がイロカボチャを包んだ。
「アチチチチ‥‥‥」
赤い実は声を上げたものの、佐祐に向ける攻撃の手は緩まなかった。三本の蔓が彼の身体を拘束しようと襲いかかっている。
「おもしれぇ」
「焼きイロカボチャだぁ」
緑と黄色の実は笑っている。
「ボクは不味いよ。食わないで」
宙に浮いたセフィロスは、今にも黒白の牙に嚙み切られそうだ。蔓にしがみつき、大きな口にのみ込まれないよう、牙を足で蹴って飛び跳ねるように抵抗した。
どうやらカボチャは気持ちを変えたらしい。セフィロスを高く持ち上げ、代わりに仔ブタを口の中に放り込んだ。
「ブヒヒー!……」
「アッ!」……ボクが食われた。
一瞬で仔ブタは花の奥、暗黒の中に消えた。
気づいた佐祐の表情が変わった。
「俺の食事が……。火弾!」
佐祐は緑と黄色の実にも火弾を放った。
――ボン――
「俺は平気さぁ」
――ボン――
「アチチチチ‥‥‥。嘘だよーん」
どうやら、イロカボチャに火弾は効果がないようだった。
「別な魔法はないの?……イヤー」
花にのみ込まれそうになって慌てた。懸命に鋭い歯を蹴って身体を支えた。
「思い浮かばない。……クソッ、どうしたら……」
佐祐は蔓の攻撃を上下左右にかわしながら、尚も赤、緑、黄色のイロカボチャに火弾を放った。
――ボン、ボン、ボン――
火弾の火花が飛び散ってむなしく消えた。
ふと閃いた。
「桃千、ボクの下の花を狙え!」
ダンスでも踊るように花の牙を避けながら叫んだ。
「オ、オウ‥‥‥」
彼が右手に気を集中させ、攻撃してきた蔓を蹴ってジャンプした。そうして空中で反転すると、火弾を花の口に向かって放った。
それは間近を飛び、セフィロスの、正確には晴夏の肉体の髪の毛をチリチリと焦がして花の口の中に吸い込まれた。
――ボン――
火弾が深紅の花の中で爆発した。
「ゴホゴホ‥‥‥」
それは人間のような咳を発した。みる間に深紅の花弁が水気を失って茶色に変わった。セフィロスを締め上げていた蔓は力を失い、セフィロスは地面に転がり落ちた。
「痛いよぉ」
「何すんだよぉ」
「俺たちを食うのかぁ?」
「魔王様、ヘルプ、ミー!」
三つのイロカボチャは蔓を離れ、転がって藪に向かう。
「逃がすか」
佐祐は木刀を拾い、赤、黄、緑の順番でイロカボチャをたたき割った。
「グェ!」「ギャ!」「ヒャァ!」
叫びを最後にイロカボチャたちは動かなくなった。
「ハルカ……」
セフィロスは色を失った巨大な花の前で膝をつき、悲しみにうちふるえていた。自分の本来の肉体とかつての晴夏の魂を失ってしまったのだ。
「あきらめろ」
佐祐に言われても心は晴れなかった。逆に、彼に理解されないことが悲しくて涙がこぼれた。
「コホコホ……」
枯れたはずの花から咳が聞こえ、その場に緊張が走る。
「離れろ」
身構えた佐祐に従い、セフィロスは慌てて後退した。
枯れたはずの花がもぞもぞと動いて黒い口を開いた。
「こいつ、……火……」
「ブヒー‥‥‥」
口から現れたのは丸い鼻とつぶらな瞳。黒い仔ブタだった。
「オッ、黒豚」
魔法を中断した佐祐はそんな風に言ったが、セフィロスには自分が、つまり晴夏が生還したのだと理解した。
「良かった‥‥‥」仔ブタに駆け寄り抱きしめる。煤の匂いがした。
「焼き豚だな」
背後で声がした。
「ブヒー、ブヒー、ブヒー‥‥‥」
よほど怖かったのだろう。晴夏は意味不明な声をあげて鳴き(泣き)続けた。
そんな思いも佐祐には届かないようだ。
「さすがセフィロスだな。強いじゃないか」
彼は笑った。
「ボクは……」
彼がセフィロスというので困惑した。セフィロスは仔ブタの名前だけれど、その魂は晴夏の肉体の中にある。
魂が入れ替わったことを佐祐にも伝えるべきだろうか?……彼に目を向けると、彼は白い歯を見せて笑った。
「腹が減ったんだろう? 俺もだ」
彼は叩き割ったイロカボチャのもとに足を運んだ。すると、それに気づいた仔ブタが泣き止んで、鼻をヒクヒクさせた。
恐る恐るといった様子で仔ブタが亀裂をのぞき込む。
「ブブヒデヴー(なんだか気持ち悪いな)」
セフィロスものぞいた。ぱっくり開いた亀裂からはオレンジ色の果肉と白い種が見えた。
「しゃべっていたのに、中身は普通のカボチャだ」
「だな、……カボチャだ」
佐祐は半分にした実を手に取り、匂いをかいだ。
「ブヒブブヴヒヴヒヒブー(種を植えれば実を増やせるよ)」
「危険だけれど、食料は何とかなりそうだね。育つのに、どれだけかかるか分からないけど」
「だな、……食われる前に食え、ってことだ」
仔ブタの腹がグーっと鳴った。
「ヴヒ、ヴゥー(すぐ食おう)」
「セフィロスは腹が減っているんだな?」
佐祐が笑った。
彼が口にした名に、セフィロスは苦いものを覚える。
「……戦った桃千君の方が空腹だろう。カボチャを煮て食べよう」
「だな。カボチャも水もある。問題は鍋だな」
「さすがに鍋は落ちてないよね」
葦原をぐるりと見まわす。
仔ブタも宙に浮いて四方を見たが、すぐに諦めて降りた。
「ブー‥‥‥」
「だな‥‥‥」
「生でいく?」
ブタの強靭な顎なら硬いカボチャの実でも食べられる。でも、人間の顎では難しいだろう。……セフィロスは情けないと思った。見れば、すでに仔ブタは黄色のイロカボチャを食べ始めている。
「勝手に食いだすなんて意地汚いぞ。やっぱりブタだな」
佐祐が仔ブタの頭を小突いた。
意地汚いと指摘され、セフィロスは恥ずかしく、そして面白くなかった。ブタにだってプライドはある。
「ブヒヴ―ブー、ブヒヴブルブルブーブー(ボクだってイヤだけど、身体が勝手に反応して食べるんだ)」
「こいつ、文句を言っているみたいだ」
彼は笑った。
「そうだよ。ブタにだってプライドがあるんだ」
「野原はブタの味方か?」
「グッ、……一応、飼い主だから、ブタのことは桃千君よりは分かっていると思う」
「飛ばないブタはただのブタだが、こいつは飛べるから、プライドも高いか。……俺たちも食わないとな、身が持たない」
そう言うと、木刀を使って地面に穴を掘り出した。
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