第20話 情緒不安定な兄貴
神々の巨塔リ・エルノ。
移動用ポッドで、その神層へと辿り着く。
元上司である
これといった罠も無く、竜神の都と称された街の中央に建つ城へと俺は足を踏み入れた。
あちらこちらから火の手が上がり、凄まじい戦闘の爪痕が残っていた外と違い、白亜の城の中は綺麗で静かそのもの。
戦争の真っ只中でも気遣われるような場所。
竜神と人間を忌み嫌い、滅ぼすことを目的とした五種族同盟。
そんな彼らでも尊き者として崇め、奉るのが二成の神と呼ばれる存在。
絶対的な力を持ち、目覚めた時から全ての神々の頂点に君臨するそれは、世界に幸福を持たらすと言い伝えられてきているらしい。
老若男女に五種族問わず、「人」であれば誰かれ構わず魅了するそれ。
傾国の美女もびっくりな程の戦争を引き起こしといてよく言う。
世界に幸福をもたらす?。
そんな御大層なもんじゃない。
ウチの兄貴は自分の幸福を手にすることすら難儀するような、何処にでもいる普通の人なんだ。
勝手に信仰するのもいい加減にしろ。
狂信者共が。
「待ってろ、兄貴」
大層な肩書を背負わされ、担ぎ上げられている兄貴。
俺は色々な思いを胸に、ただ上を目指す。
―――ッカ……ッカ……ッカ。
階段を駆け上がり、もう少しで最上階。
その一歩手前で上から足音が一つ、下りてくる。
俺は階段の踊り場で立ち止まり、いつでも抜刀できるよう腰を落とした。
「尊はこの先だ、さっさと行け」
上から降りてきた男。
黒い装備に身を包み、何も描かれていない白い仮面を付けたそれ。
俺は力むことを止め、その横を通り過ぎた。
「まだ間に合う、
背後から聞こえてくる台詞。
俺は振り向くことはせず、走った。
敵か味方か、正直なところ分からない。
しかし、今まで色々と
「はぁ……、はぁッ…」
最後の階段を登り、城の最上階。
畳が敷かれ、幾つも襖が続く場所。
部屋を跨ぐたびに襖を開け、人の気配が漂ってくる最後の一枚の前で足を止める。
「兄貴、居るか?」
「……帰れ」
「入るぞ」
「え?」
帰れと言われたが無視。
ここまで来て「はい、帰ります」なんて言うわけがない。
都合がいいことに邪魔者はいない。
なら取るべき選択は一つだ。
俺は襖を開け、部屋へと入った。
兄貴色に染まったラッシュな間取り。
壁一面に自身のグッズであるラッシュなポスターを張りつけ、兄貴はベッドの上でノートパソコンを開いて、お菓子を摘まみながら寛いでいた。
優雅が過ぎる。
外は争い事で大変だというのに、この兄貴ときたら…。
「何してんの?」
「……いや、ちょっと、配信を…」
俺の問いに、戸惑いながらも答える兄貴。
枕元で開かれたPC画面を見てみると、とあるゲーム画面が映し出されていた。
デモンズソフト。
甘ったるい世界に殺戮と恐怖を振りまく死にゲー。
現実に殺戮と恐怖が振りまかれている今、それをやるか、とツッコミを入れたくなる。
「…配信なんかしても、誰も見る人いないだろ」
視聴者である一般人。
どっかの灰髪男がいっていたことが本当なら、一般人は漏れなく全員前線で使い潰されたはずだ。
優雅にネットに入り浸れる者なんて、誰一人として居るわけがない。
今更、配信活動をしてなんの意味があるというのか。
俺は兄貴の正気を疑った。
「……それな、見てくれる人なんていないのに、…何やってんだろ、俺」
シャカリコをぼりぼりしながら元気な下げに兄貴。
俺はとりあえずお菓子を取り上げた。
「それより、お前……ボロボロだな」
「まぁ、ここに来るまで色々とありましたから」
「怪我は?、血、付いてるけど…」
「全部返り血、衣服の下は御覧の通り、ノーダメ、だって俺、最強ですから」
「ウザっ」
昔、世界中で大流行したアニメ。
そのネタを披露しつつ、俺は疲労と安堵で震え始めた足を隠す様に、ドサッとその場に腰を下ろした。
「今、どの辺?」
兄貴が横になるベッドへ背を預けながら、ゲーム画面を軽く覗いて日常会話を領域展開。
「始めたばかりだから、まだまだ序盤」
「始めてからどのくらい?」
「………十時間」
「始めたばかりとは…、てか十時間もやって、まだボス一体も倒してないん?わらえる」
「うっせぇ…」
「てかもう石碑、真っ黒じゃん、うける」
「ラッシュは窮地にこそ輝く、黙ってみてろ」
そうカッコつけたのも束の間、兄貴は自爆テロなソフト奴隷に掴まり、爆発四散。
YUO DIEDである。
「ヤメタラコノゲーム」
「……ムカつく、お前、ほんとびっとビートさんみたいな煽り方するな」
「まぁね、だってそれ俺だし」
「ふーん、……え?」
古参も古参。
始まりのリスナー三人のうちの一人。
びっとビートが俺だと知り、再び爆発四散な兄貴。
口を開け、アホ面を晒しながら俺の方へと顔を向けてくる。
「またまたぁ~、冗談が過ぎるよ?弟君」
「ほんとですけど」
「ならびっとビートさんがチャンネル登録した日付と時刻は?」
そんなことは普通の人なら覚えてない。
しかし、俺は覚えてる。
だって推し活デビューの記念すべき日ですから。
「5月2日の深夜2時32分16秒、…あ、因みに初配信に来た『貴婦人』は母さんで、『パピー』はクソ親父な」
「えぇええええ゛ッ!!?」
これまで秘めてきた隠し事。
この際だから曝け出す。
少しでも重い空気を和らげるには丁度良かった。
兄貴は盛大に驚き見せ、しばらくフリーズ。
そんな兄貴に代わり、投げ出されたコントローラーを今度は俺が握る。
「ままま、まさか……最初から身内にバレていたとは…」
「機材発注を親父に任せたのが悪い、家計簿を握る母さんが気付かないはずがない」
「……っく、母はやはり偉大なり、ってか」
「因みに防音対策まるでできてなかったぞ」
「え?」
「夜な夜な聞こえてくる奇声に慣れるのに、相当時間かかったはぁ~、マジで」
「もももっ、も、もしかして実況音、全部筒抜けだった?」
「そらぁ勿論、あ、記念に幾つかスマホで録音してるけど聴く?」
「聞かなぁああいッ!!、てか消せッ!!、今すぐ消せッ!!」
「消すわけないだろ、こんな面白いネタを」
「ふっざけんなテメェぇええッ、今すぐ消せーーッ!!」
消す消さないの押し問答。
興奮状態に陥った兄貴は、俺が取り出したスマホを奪おうと、迫ってくる。
ゲームプレイ中。
いい感じに最初のボスを倒せそうなところ。
兄貴を押し退けつつ、俺はコントローラーを放さまいとする、が。
「わわわッ」
勢いをつけて突貫してきた兄貴。
思わず避けたら、ベッドから床へと顔からダイブ。
顔面から行く寸前。
俺は床と兄貴の間に挟まり、クッションとなった。
ボス撃破一歩手前。
俺も兄貴に続けてYUO DEIDである。
あーあ。
「色々と汚れてるから離れた方がいい」
クッションとなってから数十秒。
未だに俺から起き上がろうとしない兄貴。
何処か怪我をしているわけではない。させるわけがない。
単純に兄貴が離れてくれないのだ。
「……頭、かゆい」
陽光に照らされた雪のように白く輝き伸びる髪。
黒の軍用手袋を外し、躊躇しながらも、ゆっくりと触れ、優しく梳くように頭を撫でる。
「……誰も撫でろなんて言ってない」
「別に撫でてない、ホコリが絡んでるから取ってやってるだけ」
「かゆいって言った」
「だから?」
「………愚弟」
「クソ兄貴」
互いに暴言。
そしてまた沈黙。
兄貴は僅かに残していた力を抜くように、俺の胸に頭を預け、文句も言わず撫でられ続ける。
「暖かいな」
「そらぁ、生きてますから」
「………ぎゅってしろ」
「手、疲れたんですけど」
ドンっ、と胸を叩き、早くしろと言わんばかりに兄貴が急かす。
俺は軽く深呼吸してから、撫でることを止め、甘えん坊スイッチが入った兄貴を優しく両手で包み込み、抱きしめた。
「頭、なでなで」
「さっき充分なでたろ」
ドンっ、とまた兄貴。
俺はヤレヤレと肩を竦ませ、抱きしめながら駄々っ子なその頭を右手で撫でる。
もうすぐ二十歳の大人に成りかけ二人。
しかも兄弟同士。
何やってんだか。
「俺、もうすぐ死ぬってさ」
無心になってしばらく甘やかしていると、兄貴が腕の中でボソリと呟いた。
「ヤブ医者の集まり、気に病む必要なんてない」
俺はとくに気にした様子を見せず、そう返す。
「いや、死ぬんだ、
「紫蘇?」
「何でも知ってる人、医者なんかよりずっと…、俺のこと知ってるんだ」
「…そうか」
「雪美…」
脱力して放り出されていたその両手。
ゆっくりと動かし、兄貴はボロボロになった衣服の隙間から、直に肌へと触れてくる。
小さくてヒンヤリとした手のひら。
ほっそりと伸びる綺麗な指先が、傷があっただろう箇所をなぞる様に滑る。
「まだ死なずに済むって、始祖も、…さっきの黒い人も、黒い怪物さんも言ってた」
声を間近で聞くたびに。
心地よく触れられるたびに。
胸が高鳴る。
体が熱くなる。
脳が理性を捨て、本能だけを残そうとする。
しかし、それは駄目だと痛みで理性を保つ。
「……どうして、
唐突な質問。
思わず撫でる右手が止まる。
「どうして、ここに来た?」
「俺は――」
「来るなって、ちゃんと
俺の言葉を遮り、一方的に質問。
兄貴はゆっくりと上半身を起こし、上からその綺麗な白髪を垂らす。
―――ポタッ、ポタッ。
閉じられた瞳。
もう見つめ合うことすらできない。
それでも俺を見ているかのように、上から涙を溢す。
「どうして、
久しぶりに聞く一人称。
物心つく前から口にしていたそれ。
ようやく聞けた。
これこそが兄貴の素の状態。
ここに来て、ようやく本音で語り合える。
姉貴な兄貴と。
「
余計な口は開かない。
思いの丈をぶつけられるよう、本音を引き出せるよう、今はただ、口を噤む。
「勝手に幸せになってろッ、勝手に何処へでも行けッ!!」
「……」
「いつまでも私にしがみつくなッ、いい加減もう…、うんざりなんだッ!!」
「……」
「どうして会いに来たッ!?、どうしてわざわざここまで来た!?、一体、お前は……私のせいで、どれだけッ………傷ついたんだ」
俺の上に跨り、その両手で襟首を掴んだまま、
これまで必死に押し殺して来ただろう感情。
どれだけ悩み苦しんだのか、胸が痛くなるほど伝わってくる。
「…頼む、雪美……もう、私を一人にしてくれ」
「いやだ」
「どうしてッ――」
「だって俺たち、家族だろ?」
「……ッ」
言葉を詰まらせる兄貴。
あいにく、兄弟の口喧嘩で負けたことがない俺。
この瞬間、勝機を見出した。
「他人より家族を優先するのは当たり前、違うか?」
「…でも、私は……神様で、…お前とも…」
「神様なんてそんな御大層なもんじゃねぇだろ」
「………え?」
今日までラッシュという男の中の漢という人物像に憧れてきた兄貴。
今更その気持ちが変わるはずがない。
このポスターだらけになった部屋の中、孤独に配信をしていた兄貴をみれば一目瞭然。
何が自分の中で一番大事なのか。
兄貴はそれを見失ったわけじゃないはずだ。
姉貴な兄貴も大好きだが。
やっぱりこれまで必死に努力して無様に足掻いて生きてきた兄貴を尊重してあげたい。
だって俺は、兄貴の一番のファンなんだから。
推し活に魂を捧げたユニコーン。
なめんじゃねぇよ。
「誰が何といおうと、兄貴は兄貴ッ、馬鹿みてぇにラッシュに憧れて、ラッシュとして在ろうとして来た、ただの頭オカなド底辺Vtuberッ!、神様なんてそんな御大層なもんじゃねぇだろッ!!ふざけんなッ!!」
「………頭オカ……ド底辺…VTuber」
「周りにばっか気を使って何が神様だッ、自分のことも幸せにできな奴がそんな妄想掲げてんじゃねぇ!!」
「別に、妄想じゃ……ないんですけど…」
「俺に自由とかなんとか語る前に、兄貴こそ自由に生きろよッ!!やりたいようにやれよ!!」
「……」
「男の中の漢がなに悲劇のヒロインぶってんだッ!!らしくねぇッ!!」
「……」
「それでも俺のラッシュな兄貴かよッ!!」
「じゃぁッ!!!!」
怒鳴り声に怒鳴り声。
大声を上げ、立ち上がる兄貴。
言いたい放題いわれて怒っているのか、息が荒く、肩を大きく上下させながら俺を閉じた瞼で上から睨みつけてくる。
「じゃぁ、………一緒に居てくれよ」
諦めるように、悲しむように、怒る様に、懇願する様に。
兄貴はそう口にした。
「当たり前だろ、そのためにここまで来たんだ」
日付は既に跨ぎ、残り三十日。
俺と兄貴の同居生活がこの巨塔で再び始まった。
―― 後書き ――
山場は迎え、最後の日常パート。
禁断のドギマギ日常ラブコメ、リスタート。
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