第19話 二成な兄貴

 地下通路の天井に空いた大穴。


 そこから地上に出てすぐ、目の前に超巨大な建造物。


 平原に突き立てられたかのように聳え立つあれこそが神々の巨塔、リ・エルノだ。


「あそこからいけそうだな……」


 巨塔の周りに集結する魔物の大群。


 地下通路の天井のようにぶち抜かれた壁から、なだれ込むように巨塔の中へと進入している。


 唯一の進入経路であった地下通路。


 瓦礫の山で塞がれた今、あの魔物の大群を掻い潜って中へ入るしか道は無い。


 さっきとは比べ物にならない程の魔物の数。


 それでもこの脚はもう止まらない。


 黒い化け物のせいで想像以上に体が強化されている。


 俺は走りながら、調整を行い、徐々にギアを上げていく。

 

 今の体の感覚に慣れた頃には魔物と魔物を足蹴に、グングンと先へと進み、思いのほか簡単に巨塔内部へと進入を果たした。


 敵の敵は敵。


 だけれど、今は好都合。


 襲い掛かってくる魔物だけ切り伏せ、流れに沿って、螺旋の様に続く街並みの中を魔物と共にひた走る。


「たすけてくれぇぇぇええッ!!」


「だれかぁああ゛!!」


 次々とぶち抜かれたゲート


 三つ目を潜った際、ようやく生きた人の声が聞こえ始めた。


 進軍してきた魔物の先頭が近いことをそれで悟る。


「い、いやだっ、嫌だッ!!!」


 魔物に掴まれ口元へと運ばれていく男。


「助けてッ、いやぁあああ゛ッ」


 魔物に羽交い絞めされ、凌辱されそうになっている女。


 ここに居残った人間、誰もかれもが黒を基調とした軍服をきている。


 既にボロボロで原型を留めていないが、俺も彼らと同じものを着ている。


 つまりは元同僚だ。 

 

 竜神に虫と例えられる存在。


 肉の壁として彼らはここに配置されたのだろう。


 少しでも魔物の進軍を止めるために。


 流石は神様、やることがえげつない。


 だけど俺だって負けてない。


 生死を共にした顔も名前も知らない元同僚たちの横を、俺は顔色一つ変えずに走り去る。


 仲間ともいえなくもない彼らを見捨て、兄貴のためだけに力を振るう俺の方が、もしかしたら竜神よりも質が悪いかもしれない。


 虫を捨て、人を生かそうとする竜神。


 その他すべてを切り捨て、兄貴だけを求める俺。


 後者は本当に救えない奴だ。


 まったく、度し難い。


「おいッ、テメェッ!!、知ってるぞその顔ッ!!」


 魔物に周囲を囲まれ、一心不乱に刀を振るう俺と同い年位の男。


 名前も顔も覚えてない。


 だけどあっちは違うみたいだ。


「二成の尊と仲がいいんだろッ!?、頼むッ、俺を助けてくれッ、安全な所に連れてってくれっ!!!」


 既に何十人も見捨てて走ってきた。


 今更、この脚を止める訳もなく。


 俺は視線も寄こすことなく、彼が魔物の波に飲み込まれて出来た僅かな間を抜け、先へと急ぐ。


―――ヴォロォアアアア゛ッ!!!。


 魔物もまばらになってきた頃。


 先の方から衝撃波と共に雄たけびが迫ってきた。


 突風で体が浮き、周囲の魔物ともども後方へと吹き飛ばされる


「ぐッ!?、なんだ!!?」


―――ドゴォオンッ!!。


 街並みを破壊しながら一つの影が飛んでくる。


 四つ腕に二足。

 そして黒で統一された肌。


 さっきの化け物。


 と、おもったが、一回り小さい気がする。


「人間ゴロスッ、人間オガスッ、人間クラヴッ、ヴォロァアア゛ッ!!」


 さっきの化け物に似た化け物。


 能面の様な顔に、横一列に並んだ四つの緑眼を命いっぱいに見開き、飛んできた方向へ地鳴りと共に突っ込んでいった。


「…化け物どもが」


 ここまで壁に穴を開けてきただろうさっきのアレもそうだが、それを吹き飛ばした存在も化け物。


 この先、手に負えない奴らが陣取っている。


 進むべきか、違う道を探すべきか。


 …どうする。


「おい、こっちだ」


 迷いながらも駆けだそうとした瞬間。


 脇道の様な所から聞きなれた少女の声。


 俺は咄嗟に刃を振るい、声の主に襲い掛かった。


「余はせっかちなおのこは好かん」


 余裕気な表情を浮かべながら僅かに鞘から刀を抜き、俺の斬撃を止める少女。


 これまで散々、俺に嫌がらせをしてきたそいつ。


 竜神直属の下僕、三茶みぃちぇ


 反意を見せたおかげで今はもう敵となった間柄。


 元、糞上司だ。


「話はあとだ、ついて来い」


 踵を返し、背を向ける元上司。


 隙だらけの背中。


 さっきは元上司ということで苦手意識が働いたせいか、思いのほか体に力が入らなかった。


 しかし、今なら全力を出せば虚を突き、殺せる。


 迷っている暇はない。


 どうせ案内された先、罠が待っている。


 なら殺すが吉――…、


「逃がしてやる」


 右手に力を込める一歩手前。


 元上司である三茶みぃちぇが思いもよらぬ台詞を吐いた。


「既に竜神様は討たれた」


「……は?」


「竜神様とて同格の存在を二つ相手となれば、こうなることは必然」


「同格の…存在?……いや、それよりも兄貴はどうなった?、……竜神と一緒に居たはずだろ?、………まさか兄貴も」


「尊はご健在で在られる」


「そうか、よかった…」


「尊は会いたくないそうだ」


 兄貴が無事だと知り、ホッとしたのも束の間。


 三茶みぃちぇは冷たい声音で、そう言い放った。


「…会いたくない、兄貴が本当にそう言ったのか?」


「二度は言わぬ」


「……そうかよ」


 互いに無言のまま歩く。


 敵意は感じない。


 けれどこいつは元上司、警戒は怠らない。


 語った話が全て本当だとは限らないから。


 どれが嘘でもいいように、しっかりと体は力ませておく。


「主神を失った今、余は尊に忠誠を誓った」


 狭い通路を進みながら三茶みぃちぇ


 俺はとくに相槌を打つこともせず、無言を返す。


「しかし、その尊も長くはない」


「……」


「余はこの先、誰を立てればいい」


「……しるかよ」


「お前はこの先、どう生きる」


「………しるか」


「そうか、なら……」


 いつの間にか広い空間。


 移動用ポッドらしきそれの入り口が一つ、三茶みぃちぇの先に見える。


「愛も忠誠も何もかもを捨て、一緒に逃げないか?」


 脚を止め、こちらをゆっくりと振り向く三茶みぃちぇ


 いつも険しそうに表情を硬くしていた元上司。


 見る度にストレス値が爆上がりしたその顔。


 不思議と今は、見た目相応な面を浮かべている。


 悲し気に瞳を潤ませ、頬を朱色に染め上げてこちらを見つめてくる様は、まるで恋に焦がれる乙女のよう。


 なんだ、こいつ。


 どういうつもりなんだ。


 罠か?。


「お前が尊を選ぶなら、余は忠誠に生きる、……しかし、お前がもし逃げることを選ぶのなら、余は――」


「兄貴を選ぶに決まってんだろ」


「………そうか」


 つまり逃げるか進むか、兄貴か元上司か、ってことだろ?。


 考える間でもない。


 兄貴一択だ。


「お前と過ごした数ヶ月、…悪くは無かった」


「俺は最悪だった」


「……」


 ゆっくりと鞘から刀を抜き、三茶みぃちぇは構えた。


 そして、一歩、踏み出したその瞬間――…、


「その気持ちだけは受け取っておく」


 俺の刃が先に届き、少女の心臓を貫いた。


「く、くふふッ……余の眼に、狂い……無し」


 口の端から血を誑しながら、どこか満足そうに少女は笑う。


 そして、しなだれかかる様に倒れてきて、いつの間にか刀を手放した震える右手で、そっと俺の頬を撫でた。


「監視は……外しておいた、………尊は、その………先、に…」


 徐々に失われていく瞳の光。


 それを最後まで見届け、俺は少女が示した先へと進む。


「……俺もいうほど、最悪でもなかった」


 もはや罠と疑うことは無い。


 移動用ポッド。


 入り口を潜り、最上階へのルートを選択。


 兄貴がいるであろう場所へと向かう。

 

 会いたくないと言われても会いに行く。


 だって俺は兄貴の弟だから。


 どちらかが歩み寄れば、喧嘩したってすぐ仲直りな俺たち兄弟。


 昔からそうだった。


 今までだってそうだった。


 ならきっと、大丈夫だ。


 ちゃんと話をしよう。


 お互いもう、逃げも隠れもせず、正々堂々と漢らしく向き合って。


 語り合おう。


 二成ふたなりな兄貴。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る