第18話 姉貴な兄貴

 今はもう使われなくなった地下通路。


 前線に配置される前にある程度その詳細を上司に叩き込まれていた俺。


 コードを入力し、分厚い上下式の扉を開け、中へと入る。


 この道を行けるのは、念のためとか、万が一とか、下らない理由をつけては、マンツーマンで無駄に仕事を押しつけてくれた上司様のおかげ。


 兄貴との大切な時間を奪ってくれた礼。


 もし今日という日に出会えたのなら、その場で晴らしてやる。


 あの糞上司め。


 ―――ッドッドッド!!。

 ―――ヴォロォアアアア゛ッ!!。


 薄暗く点灯された広々とした通路の奥。


 愚痴を内心で呟きながら走っていると、轟音と凄まじい雄たけびを上げながら魔物が次々と寄ってき始めた。


 手に負えないと何百年も放置され、尚も生き残ってきた奴ら。


 互いに喰らい合い、繁殖し、独自に生態系をここで築いて見せる姿はどの資料にも記されていないものばかり。


 個体数は恐らく万は超えるだろう。


 ここから兄貴が居る所まで55キロメートル。


 入り口を潜って間もないというのに、個体一つ一つの弱点部位も対応策も一つとして浮かんでこない。


 ここまで衝動的に来たが、流石に頭も冷えるというもの。


 体力を温存しつつ、且つ最高速度で斬り抜ける。


 無駄に足を止めれば予期せぬ攻撃を喰らうのは目に見えている。


 難しいことは考えない。


 これまでひたすらに積み上げてきた戦闘経験。


 それを生かし、本能のままに動けばいい。


 知らないことを知ろうとするのは時間の無駄だ。


「ふぅ……、やるか」


 走りながら体を力ませ、姿勢を低く。


 速度を徐々に上げ、地面を這うようにして駆け抜ける。


 四方八方から襲い掛かってくる牙に爪に触手とその他いろいろ。


 体力の温存のため、全てを紙一重で躱し、斬っては走り、跳んでは斬って、避けては走るを繰り返す。


 要領は弾幕STGと同じだ。


 ハイスコアを狙わない分、楽かもしれない。


 ミス一つで死ぬことを除けば。


「ッッッ!!」


 死を連想させたせいか。


 余計な思考が生まれ、襲い掛かる紫色の液体に反応が一歩遅れた。


 虫の様な造形をした魔物の尻尾から出された液。


 如何にもやばそうなそれが僅かに太もも部分のズボンに付着。


 煙を上げながら装備を貫通し、瞬く間に皮膚へと届く。


 いくつもの死を回避しながら後退。


 魔物との距離をあけ、すかさず激痛と共に変色していく太ももの肉を表面だけ切り落とした。


 切り落とされた断面から血が滲み、次々と溢れ出てくる。


 その匂いに釣られるかのように、魔物の動きが更に激しさを増し、より俊敏さをもって襲い掛かり始めてきた。


 魔物の攻撃を避けながらバックパックから取り出した包帯で止血。


 脚の負傷は動きに影響なし。


 それを確認し、脳内麻薬ドバドバの中、さらに奥から寄ってきた魔物にも対応していく。


 進むたびに増えていく傷と疲労と魔物。


 もう自分が何を斬り、何を避け、何処を走って跳んでいるのかよく分からなくなってきた。


 ―――ッガ。


 左目をやられた。


 ―――ザンッ。


 左肩を抉られた。


 ―――ドンッ。


 あばらが二、三本は砕かれた。


 ―――ごきりゅッ。


 垂れ下がる左手を捻じり食われた。


 ……あぁ。


 駄目だ。


 このままじゃ、死ぬ。


 思考も動きも鈍くなってきた。


 太古の魔物が進化し住み着く地下通路。


 やっぱり無謀が過ぎたな。


 衝動的に来るような場所じゃなかったは。


 碌な力も無いのに、ほんと、馬鹿だなぁ、俺って。


「ぐぅッ」


 魔物の巨体から繰り出される腕力で後方の方へ吹き飛ばされる。


 石ころのように地面を転がっていく。


 もはや一歩も動けない。


 立つことすら難しい。


 それでも俺は、握った柄を放さなかった。


 最後まであきらめるつもりは無い。


 だけどもう、死ぬだろう。


 兄貴にも会えず、終わり。


 くそったれ。


 ―――ドゴォォッ!!!。


 正面から迫りくる魔物の群れ。

 

 ただ睨みつけていると、天井から黒い影。


 地盤の緩みよるものか、はたまた地下通路を支えていた柱がいかれたか。


 崩落は突然起こり、魔物たちを圧し潰し、止まった。


、古キ友ガタメ、来タレリ」


 崩落によってできた目の前の瓦礫の山。


 それを吹き飛ばしながら現れた黒い影。


 体長は四~五メートル。

 前身は黒色の肌に統一され。

 針のように鋭い頭髪が腰まで伸びている。


 四つの腕に二足の脚。


 能面の様な顔、横一列に揃った赤黒い瞳。


 まるで笑うようにその化け物は無数に生え揃う牙を見せ、俺を見降ろした。


「死ヌハ定」


 化け物が巨体を屈ませ、語りかけてくる。


「巡リ巡ハコトワリホカ


 古臭い口調に、訳の分からない台詞。


 俺は右手に力を入れ、刀を杖に、産まれたての小鹿のように立ち上がる。


「一手、ニナオウ」


 ―――ッド。


 自然に伸ばされた腕。


 鋭利に伸びる人差し指の先。


 俺の心臓を、化け物の爪が貫いた。


「ぐふッ」


 もはや痛みは感じず。


 苦しみも無い。


 残り少ない血だけが、口の端から零れ落ちていく。


 走馬灯が脳裏を過る。


 どれもこれも兄貴と過ごした日常風景。


 そして最後に流れるのは、兄貴がまだだったころの思い出。


 姉貴で兄貴。


 可笑しなそれを持ったものだと、無意識に口元が緩む。


「足掻キ、進ミ続ケロ、古キ友ヨ」


 最後にそう台詞を残し、霧のように消えていく黒い化け物。


 俺はゆっくりと瞼を閉じ。


 開いた。


「………あれ?」


 確かに貫かれはずの心臓。


 それが今も尚、鼓動し、全身に血を巡らせている。


「痛くねぇ……傷もねぇ…」


 魔物から受けた無数の傷。


 それがまるでなかったかのように塞がっている。


 一体どうなっているのか。


 あの化け物は何だったのか。


 理解が追い付かないまま、俺は再び走り出した。


 心臓が鼓動するたびに湧いてくるような力。


 体が以前よりもずっと軽い。


 ―――ドンッ。


 軽く地面を蹴って瓦礫の山を駆け上がろうとしたところが、勢い余ってそれを飛び越え、出来たばかりの大穴を潜り、地上へ。


 地面を削りながら転がるも、擦り傷一つ無し。


 異常なまでの体の変化。


 心当たりがあるとすればさっきの黒い化け物。


「…嫌な予感がするな」


 俺にとって都合がよすぎる展開。


 何だか誰かの策意を裏に感じて仕方がない。


 ――足掻キ、進ミ続ケロ、古キ友ヨ――


 黒い化け物が最後に残した台詞。


 それを脳裏に過らせながら、目前にまで迫っていた天まで聳え立つ巨塔を目指す。


「古き友ってなんだよ…」


 黒い化け物とは初対面。


 当然、友だちになった覚えはない。


 それでも何か、繋がりのようなものを不思議と感じる。


 あれは一体、なんだったのか…。


―― 後書き ――


もう少しで完結予定。

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