第17話 ヘタレな兄貴

「……」


 一般人が多く住みつく中層。


 ゲームセンターで遊んだり、買い物したり、観光したりといった日常を過すにはうってつけの場所。


 一日中、多くの人で賑わい、そこらかしこから楽しげな音が聞こえてくる様子は平和そのもの。


 しかし、今は見る影もなく。


 中層は不気味なほど、静寂に包まれていた。


「…なんだこれ、どうなってる」


 常に活気づいて賑やかだった街並み。


 それが、まるでゴーストタウンにでもなったかのよう。


 人影の一つもなければ、物音すら聞こえてこない。


 最後に中層へ訪れたのは二週間ほど前。


 その時にはまだ、人々の日常があった。


 一体、何があったというのか。


「五種族同盟による戦争の激化、俺たち人間側は今、窮地に立たされている」


 人の姿を探すように視線を動かし。

 物音一つ聞き逃さないよう聞き耳を立てる。


 緊急避難通路として大昔・・に用意された避難口。


 そのドアノブに手をかけようとしたタイミング。


 唐突に背後から気配。


 振り向くまもなく、男は俺の肩に腕を回してきた。


「しかも竜神と同格の存在が二つ、ついさっき動き出したとの報告もあった、状況は笑えるほどに絶望的だ」


 竜神と同格の存在。


 数多の神々を僕とするようなのが二つも敵側にいるらしい。


 只の人として産まれてきた俺。


 最早、次元の違う話についていける気がしない。


 しかし、それでも俺は進まなければならないと、体を力ませる。


「ふふふ、やめときなって、今の君じゃ俺には勝てない」


「どうして言い切れる」


「そういう未来・・だから」


 殺気を感じてか、苦笑しながら男。


 親しい友人のように肩へと回してきた腕を放し、距離をとろうとする。


 その瞬間。


 俺は鞘から刀を抜いた。


 パッとしない顔つきの男。


 その色白な細首目掛け、斬撃を放つ。


 この国は竜神を中心に回っている。


 それに欠片ほどの反意をみせれば大罪人。


 つまり、俺以外、ここに居る連中は全員が敵だということ。


 遠慮も容赦も要らない。


 隙を見せたのなら殺すが吉。


 竜神直属の僕である、灰髪に緑眼の容姿を持った奴らなら尚更に。


―――ヒュンッ。


 風斬り音。


 空振り。


 男は余裕気な表情を浮かべ、数メートル先に降り立つ。


 瞬時に距離を詰め、穿つは心臓。


 突きを見舞う。


 しかし――…、


「うん、相当に鍛錬した様だ、並の巫覡ふげきとならいい勝負になっただろう」


 切っ先を避け、俺の鳩尾に手を添える男。


 視線を動かすと同時。


 衝撃が俺を襲った。


「殺す気はない、俺はただ、今の君と少しばかり話をしに来ただけだ」


 鳩尾に掌底一発。


 それだけで、体から自由を奪われ、両膝を屈する


 しかし、刀は放さない。


「ところで、ここの連中、何処に行ったか気になる?」


 悠然と歩きながら男。


 近場にあったベンチへと腰を落ち着かせ、勝手に口を開き始める。


 その間、俺は回復に専念。


「尊の弱体化・・・が進んでいる今が好機と言わんばかりに攻めてくる敵側陣営、このままでは負ける、上の連中はそう判断したんだろうさ」


「……」


「現実と仮想の完全なる融合化、意識と肉体は革新的な技術により再構築が成され、何百万もの狂戦士を誕生させた」


「……まさか、お前ら」


「全国民が一致団結し敵を滅ぼさんと立ち上がる、…うん、なかなかに感動的なエピソードだ」


 VR技術による意識と肉体の完全掌握。


 戦えない赤子も子供も女も老人も。


 国民すべてを、敵を殺すための兵士へと創り変え、駒として利用する。


 人権をまるで無視した玉砕覚悟のイカれた作戦。


 本土決戦。


 第二次世界大戦末期、追いに追い詰められ、正気を無くしていたかつての日本ですら最後には首を振ったそれ。


 こいつらはやったという。


 全国民の兵士化。


 罪なき命を敵に突撃させ死なせる愚行。


 どこまでもふざけた連中だ……、くそが。


「決戦の火蓋は既に切られている、こうして話している間にも、何千何万と罪なき人の命が失われていることだろう」


―――ガッ!!。


 回復は充分。


 これ以上聞くに堪えない台詞を吐かせぬよう、刃を振るう。


 しかし、届かない。


 抜かれた刃と峰が重なり、斬撃がいとも容易く弾かれる。


「人間と五種族同盟による決戦、こんな大事な時でも、君は兄の背を追うのか?」


「…黙れ」


成すべきこと・・・・・・をしておけば、こんな結末にはならなかった」


「……」


「あの竜神が渋々その首を縦に振って、他でもない、君に尊を任せたんだ」


「……黙れ」


「尊も承知の上、だからこそ、君の心に寄り添った」


「………黙れッ!!」


「怒る権利なんかないだろう、現実を見ず、何もせず、ただ兄に甘えただけなんだから」


 男はそう言うと、ベンチから腰を上げ、立ち上がった。


「まぁ、なんにせよ、俺は止めるつもりは無い、決戦を放棄した者同士、最後にゆっくりと語り敢えてよかったよ」


 肩を竦め、去っていく男。


 最後に「移動用ポッドは使わない方がいい、監視されてるから」と要らない世話を焼き、姿を消した。


 完全に気配が消えたところで、俺もまた非常口の扉を潜った。


 放棄された地下通路。


 魔物が沸き溢れ、目的の場所まで続く道。


「……くそがっ」


 ひとこと愚痴を溢し、突き進む。



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