第16話 神様な兄貴

「弟さん、少し話をしましょうか」


 玄関先に敷かれたマットの上で起床。


 上半身を起こし、顔を上げる。


 視線の先、自称世界一の医者が玄関の戸を開け、立っていた。


 何故ここに?、と思ったのも束の間。


 そういえばさっき俺が呼んだんだったと、思い出す。


 同時に、唇に触れたあの柔らかい感触も。


「……兄貴」


 俺はその人の姿を探す様に周りを見渡す。


 医者の老人なんか目もくれず、部屋の中を歩いて探す。


 しかし、いない。


 兄貴の姿が何処にもない。


 もしかして出かけているのだろうか…。


「二成のみことは天に帰られました」


 さっきまで兄貴が座っていたソファー。


 なんと無しに空間を開け、その横に座っていると、背後から老人の声。


 俺はまだいたのかと思いながら、耳を傾ける。


「存在そのものは不滅であれ、その肉体は二十年が限度、…最後に貴方と何気ない日常を過ごせたこと、尊は幸福だったと語っておられました」


「不滅?、二十年?、……いったいなんの話をしてるんですか」


「貴方の兄はもう、ここへは戻ってこないということです」


「何故?」


 的を得ない話に、思わず声に怒気が混じる。


 それでも世界一を自称するその老人は、ビビることなく、はっきりと落ち着いた口調でこう続けた。


、故に」


 重苦しい空気が周囲を漂う。


 静寂が徐々に圧を増し、冷めきった鼓動音だけが耳に残る。


「我らが主神たる竜、そしてその妹君で在らせられる二成の尊、間に約束は成され、貴方は晴れて自由の身、ここへ居座るも良し、外へ出て世を巡るも良し、自由になされよ」


 一方的に話をして満足したのか、灰髪の髪を揺らし、老人は踵を返す。


 徐々に遠ざかっていく足音。


 俺はソファーで顔を俯かせたまま、口を開いた。


「兄貴の誕生日まで、まだ一ヶ月ある」


 玄関を目指していた足音が止まる。


「医者である貴方がいうんだ、兄貴は…もう、長くはないんだろう」


 白衣が揺れて擦れる音。


 突き刺さる様な視線が背中にひしひしと伝わってくる。


 それでも俺は、喋ることを止めはしない。


元旦・・は家族で盛大に祝うんだ、クリスマスプレゼントだってもう用意してある」


「…やめなさい」


「どこぞの神の妹なんかじゃない」


「やめろ」


「兄貴は、俺の兄貴だ、誰にも――」


―――ドッッ!!。


 灰髪に、緑眼。


 どこぞの上司な容姿をした白衣を着た老人。


 首をへし折る勢いで飛んできた蹴りを避け、俺はその胸に右腕をめり込ませた。


「………やめなさい、もう、届きはしない」


「届こうが届かまいがどうでもいい、『弟』として、俺は行かなきゃダメなんだ、……終わりが見えたなら尚更に」


「自由に、命の保証までは……、付いてこない」


「わかっています」


「……覚悟のうえ、か……恐れ知らずめ……ふふ、…流石は白帆・・の息子、だな」


 そう最後に台詞を残し、瞳から光を失わせる老人。


 俺は念を押す様に潰した心臓を引き抜いた。


「あの時、態度悪くしてすみませんでした」


 血まみれになって床へ倒れる亡骸。


 俺はその左腰にまだ・・差してあったベルトと刀を外し、手に取る。


 そして、ベルトを腰につけ、伸びる金具で刀を装備。


「でも、貴方はやっぱり、ヤブ医者だ」


 約11ヵ月間、兄貴と過ごした家。


 俺はそれを背に、駆けだした。


 目指すは塔が集うこの国の中枢。


 神々が集う巨塔


 竜神が住まう都。


 その頂で、兄貴はきっと待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る