第15話 盲目な兄貴

「目、見えなくなった」


「は?」


 二人で朝食を食べている最中。


 起床から今に至るまで、何やらずっと瞼を閉じていた兄貴が、唐突に視力を失ったと口を開いた。


 俺は何かの冗談かと思い、直に触れ、瞼を開けさせた。


 宝石のように煌めき渦を巻いていた石竹色の瞳。


 それが、確かに輝きを無くし、瞼の裏にはあった。


 なんだ、どういうことだ、これは一体…。


「まぁ、いろいろと見えなくはなったけど、感じ視る・・・・ことはできる、大したことじゃないよ」


 目が見えなくなったというのに、何ともないといった様子の兄貴。


 普通に今まで通り、トテトテと歩き、ソファーへと寛ぎながらアニメを視聴しだした。


 いや、どういうことだ。


 なんで視力が無いのに普通に日常を過ごせている?。


 それは何が何でも不思議が過ぎるだろ。


 感じ視る、ってなんだよ。


 意味わかんねぇ。


「…兄貴、医者に診てもらおう」


「意味無いよ」


「なんでわかる」


「そういうものだから、医者は時間の無駄、それよりもアニメ」


 兄貴はこっちもみずに、アニメ試聴の邪魔だからと手を振って俺を追いはらう。


 目が見えないと困り果てるわけでもなし。


 日常を不便に過ごすわけでもなし。


 しかし、俺は一応、心配だからとこの前の自称世界一の医者を呼ぶ。


「とりあえず、医者呼んでおいたから、診てもらえな?」


「余計なことを」


「兄貴、ホントに大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫、心配しすぎ」


「…そうでもないだろ」


 飄々とした態度。


 少し違和感を覚えながらも、俺は遅刻確定の中、仕事へ向かう準備をする。


「じゃ、いってき――」


―――ぎゅっ。


 行ってきます。


 そう言いながら靴を履いて立ち上がろうとしたところで、後ろから抱きつかれた。


 誰に?。


 兄貴に決まっている。


 それ以外に誰がいるというのか。


「お前、大きくなったな」


 俺の首に両腕を回し、耳元で囁くように兄貴。


 状況がよく呑み込めないまま、俺は流れに身を任せて口を開く。


「そらぁ、もう十七ですから」


「いつの間にか背丈も俺を越えてさ」


「小4の頃には超えてましたけど」


「偉大な兄にたいして生意気にも口答えとかする様になってさ」


「俺にとっては普通の兄貴、偉大でも何でもない」


「お前は十分、立派な大人で、漢だ」


「……二十歳まっであと三年、あるんですけど」


「俺のことはもういい」


「兄貴?」


「お前は、一人でもしっかり生きていける」


「……さっきから何を言って」


―――っちゅ。


「雪美、ありがとう」


 振り向いた刹那に感じた柔らかい感触。


 理解する間もなく、俺は急激な眠気に誘われた。


おれを、愛してくれて」


 その台詞を最後に、俺は深い眠りへとついた。


 そして、起きた時。


 兄貴は姿を消していた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る