第14話 プレイボーイな兄貴

「お前、結婚とかしないの?」


 休みの日に兄貴とレトロなゲーム。


 浮かぶモニターを正面に、ソファーで兄貴と隣合ってプレイ中。


 右から脈絡もなしにデリケートな質問が飛んできた。


 これまで推し活に励んでいた俺。


 はぐらかす様に、「兄貴こそ」と返す。


「俺はもう結婚してるよ」


「ふーん」


 兄貴が結婚している。


 へー、そーだったんだ。


 ……。


 え?。


「おらッ!!、隙ありッ!!」


 思わず意識を逸らした瞬間。


 ゲーム画面で横スマッシュが炸裂。


 画面外にキャラが吹き飛び、二つある残機が一つ減る。


「け、結婚?、兄貴が?、嘘だろ?」


「嘘じゃないですけど、既に十人と付き合って、内九人と結婚してるんですけど」


 十人と付き合って?。

 その内の九人と結婚?。


 相手は誰だ。


 どこのどいつだ。


 うちの兄貴を誑かしたやつは。


 場合によっては、殺……いや、待て。


 同居中の俺が何故、今の今までそのことを知らずに過ごしている?。


 普通、結婚していたら何かしらわかるものだろ。


 そういった関係の人と連絡してるところも見たことが無ければ、会っているところも見たことがない。


 一体、いつ内の兄貴はそんなプレイボーイになったんだ?。


 ……まさか。


「どりゃぁあああ゛!!!」


 思考に耽っている最中。


 怒涛の快進撃を見せる兄貴。


 GAME SETの文字が見えた瞬間、隣で拳を天にかざし、ヴィクトリーポーズ。


 誇らしげにドヤ顔をかますそんな兄貴に、俺は冷静に口を開いた。


「結婚って、ゲームの話?」


「そうですけど」


 無限の可能性を秘めているVRMMO。


 現実以上の現実を、がコンセプトにあるそれは、当然のように好みのプレイヤー同士の結婚システムなんていうものが存在する。


 つまりはそう言うことだ。


 兄貴は実際に十人と付き合い、九人と結婚しているわけではない。


 ラッシュとして結婚しているということだったのだ。


 まったく勘違いさせてくれる。


 おかげで、この世から十人ほど姿を消すところだった。


 十人の男が兄貴を、なんて、俺は許さない。


 女の場合も然り。


 俺が許すのは純愛のみ。


 真実の愛、ただ一つ。


 生粋のユニコーン勢を舐めるなよ。


 厄介オタクは死をも恐れない現代の武士。


 唯一として恐れるは、仰ぎ見る推しの貞操のみよ。


「ゲーム内でのことを自慢げに語らない方がいいぞ、後で恥ずかしくなるだけだから」


「仮想こそが現実、現実はフィクションです」


 どこぞの教祖様がいいそうな台詞。


 生きることは試練。

 死こそが救い。


 他人に破滅願望を植え付ける様な人間にはなってほしくないものだ、やれやれ。


「VRでどう生きようが自由だけど、ギャルゲーも大概にしとけよー、そろそろチョロインの攻略も飽きてきた」


「んなッ!?、何で知ってる!?、もしかして配信観てるな!!?、アーカイブにも残してないのにッ!!、見るなって言ってるだろッ!!ばかばかばかばかッー!!!」


 推しの生配信はなるべく追うようにしている俺。


 つい最近、血迷いながらもチョロインなNPC・・・を十人ほど口説いたラッシュな兄貴を揶揄いながら、席を立ち、昼食を用意するためにキッチンヘ。


 VRな恋愛事情を覗き見られてギャーギャーと騒ぎ出した赤面な兄貴を適当にあしらいつつ、料理開始。


 お昼は天ぷらに蕎麦。


 新鮮でプリっぷりのエビで餌付け。


 兄貴は斜めな機嫌を立て直し、御馳走様。


 そして、昼食後は二人でアカデミーな映画鑑賞と洒落こんだ。


「愚弟」


「なに?」


 スクリーンに浮かぶド派手なアクション。


 主人公がヒロインを悪のアジトから救い出すシーン。


 それを眺めながら兄貴が口を開く。


「もしも俺が居なくなったらどうする?」


「探すけど」


「そういう意味じゃなくて、さ」


「じゃぁ、どういう意味?」


「俺が結婚とかして居なくなったら、お前はどう生きていくのかな、って考えただけ」


「考えるだけ無駄だろ、陰キャに結婚の壁は高すぎる」


「全世界の陰キャさんに謝れ」


「事実を指摘したまで、現に、兄貴はどうなんだ?」


「したいと思わなければ、出来るとも思ってませんけど」


 俺の問いに即答を返してくれた兄貴。


 推し活をしているユニコーンはホッと一安心。


 しかし、人並みの幸せを、と思ってしまう弟な分もある。


 なかなか心境を語るには難しい。


「お互い結婚は難しい、ならどっちかが死ぬまで一緒だな」


「まさか生涯を共にする相手が弟とは思わなんだ」


「不満でも?」


「大いにありけり」


「ほざけ」


 俺の台詞に兄貴が横目で返す。


 無言の中、そのままお互い見合う。


 そして数秒後、兄貴の「くすりっ」とした表情をきっかけに、再び意識を映画へと戻した。


 主人公とヒロインが最後にキスをして、映画はハッピーエンド。


 俺は軽く瞳から涙を流し、兄貴は号泣。


 二人で拍手をしながら、お互いにいい話だったと鑑賞後に語り合う。


 物語りの様な劇的なもは俺たち兄弟に必要ない。


 ただ、日常的な幸せを噛み締められればそれでいい。


 本当にただ、それだけでいい。


「いってきます」


 ゲームに映画。


 夜更かしもして兄貴はベッドで熟睡。


 俺は一人、仕事へ向かう。


 玄関を潜れば血みどろの面。


 大切な人が知らない姿。


 詳細を何も伝えないからこそ、頑張れる。


 日常を得るため、今日も義務を果たすとしよう。

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