第11話 チートな兄貴
弾幕シューティングゲーム、略して弾幕STG。
画面上に飛び交う大量の弾を避けつつ、敵を撃破していくゲーム。
「避ける」、「撃つ」というプレイヤーの行動に重きを置いたそれは、VR技術が発展に発展を重ねた今では、物理空間と仮想空間を組み合わされた
完全に物理と仮想が融合化した空間。
広大なステージの中、四方八方から迫ってくる大量の低速な弾を避けつつ、ハイスコアを狙って選択した武器で
必要なものは己の体だけ。
今のゲームセンターの目玉商品と言えば、これだ。
XR機は家庭内用には流通がされていないため、プレイするにはゲームセンターが唯一の場所。
引きこもりがちな現代人。
XRはこの時代に丁度いい代物である。
「相変わらず凄い人だかりだな」
「…人酔いしそう、うぇぷ」
ゲームセンター入り口付近。
多くの人々が行きかう様子を眺めながら俺と兄貴。
お目当てのゲームに辿り着くまでそれなりに時間がかかりそうだなんだと小声で話し合いながら、騒音が凄まじいゲームセンターへと足を踏み入れる。
ゲーム音が肌を打つこの感覚は、今も昔も変わらない。
俺は謎に安心感を得ながら、人混みに消えつつあった兄貴の右手をとった。
「……必要ある?」
「迷子になられても困るからな」
「俺が迷子になるわけないだろ」
「この歳になって『迷子のお知らせ』を店内放送で聞かされるのはごめんだ、いい加減学べ」
「…兄に向って生意気な口を、……愚弟が」
グチグチと文句を言いながらも、右手に力を入れてしっかりと握り返してくる兄貴。
俺は無心のまま、手を引いて歩いた。
== ゲームセンターin【XRエリア】 ==
「あの人、スゲェな、プロじゃね?」
「お、あっちの美人さんも中々な避け上手ッ!!……え、あれ男?」
「だはぁーーッ、おっしぃいなッ、あともう少しで三面のボス倒せてたのにッ!!」
ゲームセンターの中心部。
最新の空中結像技術によって出力されたデカデカと浮かぶ幾つかの空中ディスプレイを見上げ、人々は熱狂していた。
観戦を娯楽に楽しむ人。
情報収集を目的とした人。
有名なプレイヤーを応援している人。
そして、『弾幕STG』というシンプルなタイトルを完全攻略しに来たプレイヤー。
久しぶりにやりに来たが、凄い熱狂ぶりだ。
実際に体験するからこそのドキドキワクワク。
現実に勝る臨場感無し、ということなのだろう。
気晴らし、暇つぶし程度にやってきた俺と兄貴は、来たことを若干後悔する様に静かに視線を合わせた。
「少し待ちそうだな、……どうする?」
「待つのも余興」
壁にもたれ掛け、謎に強者感を出し始めた兄貴。
せっかく来たのだから、と留まる様子。
俺は帰りたくなる気持ちを抑えつけ、「あいよ」と返事。
とりあえず二人分のXR機の予約をするため、順番の管理をしている受付の店員さんの所へ向かう。
「『
受付の女性店員さん。
プレイの説明を軽くしたあと、俺たちの
順番が来たらアナウンスで名前を読み上げ知らせるとのこと。
俺たちはそれまでの間、用意されたベンチで待機することに。
「なんでSK?」
「そっちこそなんで高弟?」
「兄貴より背が高いから、でそっちは?」
返答も無しに、ベンチから立ち上がり、ガンガン、と俺の脛を蹴ってくる兄貴。
狙う個所は容赦がない、しかし、まるで痛くない。
これで本気なのだから笑える。
本当に小動物の様だ。
癒される。
「なんとなく」
十分に仕返しを終えて、さっきの返答。
俺はしばらく沈黙してから再び口を開く。
「SKの意味、知ってる?」
「……さぁ、SKはSKなんじゃ?」
「『
「…へぇ、……そうだったんだ」
SK。
その文字に、仮面の下で複雑な表情を浮かべているだろう兄貴。
俺と兄貴はお互いにしばらく無言のまま、空中ディスプレイに流れるプレイ映像を見て時間を潰した。
「おぉおお゛ッ、今日の最高記録でるんじゃねぇかッ!?」
「おいおいッ、何もんだよあの人、バリかっけぇえッ!!」
観戦し始めてから約十分後。
隣でウトウトし始めた兄貴に意識を奪われていると、ひと際大きな歓声が上がった。
何事かと、俺はみんなの視線が集まるディスプレイの一つへと視線を向ける。
「ノーデスでラスボス、…やるな」
弾幕を掻い潜り、ポリゴン銃で次々と
一から十あるステージの内、九まで一度もデスすることなく最終ステージのボスまで到達。
最終的にラスボスの前に三回散るも、今日一番の
XRを専門としているプロでもここまでの結果は残せない。
周りがどよめき沸き立つのも無理はない。
世界一の記録の
「彼女の名前はメイリーン、私の妹だ」
兄貴と二人ベンチに座り、XR機からチヤホヤされながら出てくる世界二位な女性を見ていると、眼帯をした見知らぬ女性に声をかけられた。
黒髪ツインテール。
顔はそこそこ、胸はでかい。
にじみ出る中二病な雰囲気が普通でないことを物語っている。
変に絡まれる前に無視して逃げようかな。
「私の名前はジャガーノート、これでもXRのプロとしてそこそこの腕前を持つ、もしあの子のサインが欲しいなら、私がもらってきてあげるが…どうする?、三万でどうだ?」
勝手に名乗り、勝手に話を進めていく中二病な不審者。
押し売りをしてきた段階で、俺と兄貴はベンチから立ち上がり、距離をとった。
「未だにチート行為が噂されている世界一、それの記録を塗り替える日も近い、…二万九千九百九十九円で、どうだ?、今は無名だが御覧の通り、メイリーンは一躍時の人となるぞ?」
無視されて距離をとられたのに何食わぬ顔で値段交渉してくるところも然り、たった一桁しか下げないところも然り。
この女、図太すぎる。
そして、不審者が過ぎる。
「……二万ちょっとなら、かおっかな……、プレミヤつけば倍はいくかもだし…」
くそみたいな商法で財布の紐を緩める兄貴。
馬鹿が過ぎるいい加減にしろ。
「…うん?……君は、もしかして女の――」
「メイリーンとかいう雑魚なんか興味ねぇよ、どうせ思いつきのダサいサインなんだろ?、プレミヤがついたところでたかが知れてるだろーな」
「なッ!?、貴様ッ!!私のカワイイ妹を愚弄したな!?」
ちょろそうな兄貴から俺の方へと詰め寄ってきた眼帯女。
どこぞのホラー映画に出てきそうな悪霊ほどに片目をこじ開け、睨み上げてくる。
ひぅッ、と兄貴の口から小さな悲鳴がこぼれた。
「お前の様な口汚い男は呪われて死ねばいいッ、二度と私とメイリーンの前に姿を見せるなッ」
そう言って踵を返し、去っていく眼帯女。
言動も行動も滅茶苦茶だ。
なんだったんだ、あれ…。
兄貴のお陰で変人変態に見飽きている俺。
それでも、やばい奴に出会ったと、眉を顰める。
――「プレイヤー『高弟』様、XR機、二号目が空きましたので受付の方まで足を御運び下さいませ」
眼帯女の妹やらが使っていた二号目。
よりにもよって未だに人だかりができてるそこかよ、と思いながら、俺は兄貴と一緒に受付カウンターへと向かう。
「んじゃ、兄貴、さきいってくるは」
「……ッビ」
ベンチで腕を組みながら、右手の人差し指と中指を立てる兄貴。
どこの野菜王子だよ、と内心でツッコミを入れつつ、店員さんの女性に案内されながらXR機へ。
「……下種男が、メイリーンの残り香を吸いに来やがった」
「え?、ゲストが来てくれた?」
「駄目だッ、メイリーンッ、あんな汚物を見ては目が腐ってしまうッ!!」
「わわわッ」
姉妹仲よさげな所を横目に、店員さんから注意事項を聞き、XR機への扉を開き中へと入る。
『ようこそ、【弾幕STG】の世界へ、プレイヤー「高弟」、まずは武器をお選びください』
機械的な女性の声。
それと同時に広がる白い空間。
目の前に出現するのは三つの武器。
一つ目は、「撃つ」行為にのっとった光線銃。
二つ目は、「避ける」行為にのっとった
三つ目は、「斬る」行為にのっとった刀。
俺は迷うことなく、
ポリゴンで出来たそれ。
握った感じは本物のと差して変わりはない。
しかし、振るとなると話は変わってくるだろう。
俺は軽く素振りをしながら、現実と仮想との
『これより疑似世界の構築へと移行』
広がった空間がポリゴンの泡と共に変化していく。
瞬く間に空間は更なる広がりを見せ、いつの間にか周囲の景色が大自然なものへと変わっていった。
俺はいつの間にか腰に装備されている鞘へと刀を仕舞い、準備万端の姿勢をとる。
さて、兄貴もみていることだ。
カッコ悪い所だけは見せないようにしないとな。
『ステージ1、【樹海】、健闘を祈ります「高弟」』
まるで樹海の中に突然、放り出されたようなリアルさ。
草木の香りや、吹く風までも再現されている。
俺は大自然の空気を大きく吸い込んみ――駆けだした。
「まずは六機、だったか」
上空に小型ロボ六機。
出現と同時に、視認してからでも十分避けられる速度で飛んでくる弾を撃ってくる。
一定の間隔で飛んでくる無数のエネルギー弾。
俺は準備運動がてらそれらを回避。
そして、エリア外へと
一振りで六機の撃破。
ハイスコアを狙うなら、各個撃破よりも纏めてやるのがいい。
そして、銃や反射盾と違って、遠距離攻撃が出来ないネタ武器と名高い刀は、敵を撃破した際、他二つの武器よりも僅かにスコアを盛れるというメリットがある。
パーフェクトスコアを狙うなら、刀はを選ぶことは必須条件。
しかし、世界ランカーたちは、皆、銃か盾を選ぶ。
一般人でさえ、刀は使わない。
何故なら刀はネタ武器だから。
敵や弾を斬れても、一つのミスで残機を失う。
メリットよりもデメリットが多い武器を誰が使うというのか。
まぁ、俺みたいなやつは使うんだけどな。
「ッシ!!」
俺は木の枝から地面へと着地。
次々と弾幕と共に現れる雑魚
それらを完璧なタイミングで斬り裂いていく。
そして数分後。
残機を一つも失うことなく、大怪獣ロボなボスを撃破。
スコアは勿論パーフェクト。
プロの動画を参考にして、俺なりに落とし込んだ策が上手くはまった。
このゲームは初見でやろうとすると必ずステージ1で詰むようになっている。
ある程度、
要するに覚えゲーだ。
兄貴の弟として、恥を掻くわけにはいかない。
こういう日のために、仕事の合間を縫って必死に勉強してきたかいがあった。
『ステージ2、【海底神殿】、健闘を祈ります「高弟」』
次のステージ。
俺は水で形成された
その流れで無事ステージ2のボスの海龍も撃破。
そして、順調にステージ3、4、5、6、7、8へと界を跨ぎ、最終的に8の少女な
あと一歩、届かず。
それでもスコアは今日の二番目。
あの眼帯女の妹の下、という所は引っかかるが、まぁ、兄貴に恥をかかせるような結果じゃない。
満足はしていないが、無様を晒すよりは断然いい。
俺は兄貴に褒められることを妄想しながら、XR機から出た。
「おぉおッ、お兄さん凄いねッ!!、八面まで刀でパーフェクトスコアとかッ!!、こんなの初めて見たよッ、私、メイリーンッ!!、お兄さんのお名前は!?」
外に出たと同時、眼帯女の妹に元気よく凸された。セットで眼帯女もついてくる最悪か?。
「さっきは取り乱してすまなかったね、どうだろう、過去の遺恨は水に流し、今度、メイリーンの配信にコラボ出演してみないかい?」
ついさっきのことを過去という台詞で水に流そうとする眼帯女。
こいつの頭のネジは何処にある。
使えそうならなんでも利用する。
この眼帯女からはそんな思考が見て取れる。
関わってはいけない人種だ。
俺はキラキラとした瞳で見上げてくるメイリーンと、張り付けただけの笑みを向けてくる眼帯女を無視し、ベンチに座ってこっちを見てる兄貴の下へ。
後ろから「え、私無視された!?」という声が聞こえてきたが無視。
どうせもう会うことも無い他人。
どう思われようがクソほど興味も無い。
射殺さんと視線を向けてくる眼帯女の方はとくに。
「随分と仲良さげ」
「何が?」
「別に」
「てか、もしかしてまだ呼ばれてない?」
「お前の後にしてもらった」
「なんで?」
「……応援したかったから」
兄貴は最後にボソリとそう台詞を溢し、丁度アナウンスで名前を呼ばれて、俺が出てきたXR機へと受付の人と一緒に向かって行った。
「まぁ、俺も応援したかったし、丁度いいか」
俺はベンチに座り、時たま他人にさっきのプレイを褒められながら、兄貴が映るディスプレイへと視線を向けた。
そして、兄貴がゲームスタートしてから十数分後。
「……ははは、これは何かの冗談かい?」
「今日一のプレイを三度と見ることになるとは…」
「いやいや、これは別格……伝説にすら手が届くぞ…」
俺が詰んだステージ8の竜神。
プレイヤーを一切近づけさせない弾幕を悠々と回避し、ボスを守らんと迫る自爆覚悟の
まるで敵の行動、その全てを網羅し予知しているかのような完璧すぎる動き。
騒音鳴り止まないはずのゲームセンター。
気づけば誰もが兄貴の姿をディスプレイ越しに追い、言葉を発することを止めていた。
「……兄貴、それは
最後の最後まで完璧なプレイ。
数年間、変わらなかった世界一の記録。
それの先を見せつけ、兄貴が出てくる。
熱を奪われる程の圧倒的な結果。
周囲は静まり返り、ゲーム音だけが異様に鳴り響く。
一挙手一投足。
XR機から出てきた兄貴の姿を人々は見逃さまいと視線を注ぐ。
「おりのかちぃ~」
誇らしげに勝ちを宣言。
別に勝負していたわけでもないのに、何をそんなにムキになったのか。
兄貴THEワールド。
その内は、神のみぞ知る。
「ちかれたはぁ~」
とりあえずお互いに一回ずつ。
その後に協力プレイでもするかと話してた。
しかし、どうやら兄貴はお疲れのご様子。
俺はしなだれかかってくる兄貴を背負い、視線が集まる中、退場。
「…あ、……あの、もしかして……その子…」
何かを察したような眼帯女。
俺は一度だけ彼女に視線を向け、通り過ぎる。
フードから零れた白髪。
それが首に掛かる感覚を得ながら、俺と兄貴は帰路についた。
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