第10話 預言者な兄貴

「今日は仕事いかないほうがいい」


 朝食を作っている最中。


 珍しく兄貴が一人で起きてきた。


 そして、なんの脈絡も無しに、仕事を休めと口にする。


 当日欠勤。

 

 社会人としてあるまじき行為。


 しかし、心配そうな表情で兄貴に「休んで」と言われては仕方なし。

 

 俺は上司に今日休むことをメッセージ。


 数秒もしないうちにグチグチとしたメッセージが返ってきたが全部無視。


 今日は兄貴と何して遊ぼう。


「偶には外にでも出かけるか?」


 俺の提案に「うーむ」、と悩む兄貴。


 悩みながら朝食を食べ終え、自室へ。


 そして、狐の面に、黒のパーカー、ダボついたジーンズを履いて戻ってきた。


「よし、行くかッ」


「待て兄貴」


「え?」


 内股で骨格すら女の子な兄貴。


 ダボついた服装でその女々しさを隠したいのは分かるが、少々お洒落に欠け過ぎている。


 この糞ダサファッションで外を歩かせるなんて、兄貴を推しとする弟の俺には到底我慢ならない。


 せめて、ダボダボしたみっともない所だけでも直そう。


 そう思い、俺は兄貴をコーディネートする。


 ご要望通り、あまり女々しさを前面に出さないよう、お洒落でカッコいい感じで。


「…いつの間にこんなの用意してたんだよ」


「こういう時のために何着か用意はしておいた」


 内股を隠す黒のワイドパンツ。

 華奢な上半身を隠すワンサイズ大きい白のパーカー(中には黒のTシャツ)。


 兄貴は気恥ずかしそうに体を見下ろし、お洒落な自分を眺める。


「変じゃないか?」


「似合ってる、カッコいいぞ」


「カッコいい……ほんと?」


「ほんとほんと、かっこいいかっこいい」


「そうかな…、うひひ」


 カッコいいといわれ、満更でもない兄貴。


 とりあえず誉め言葉はカッコいい。


 これだけ言っておけば兄貴は納得する。


 だって、チョロイから。


「とりあえずゲーセンでもいくか」


「おっ、いいねッ、ゲーセン!!」


 兄貴はそう言うと、狐の面を着け、深々とフードを被った。


 お洒落な感じが台無しだがこれは仕方がない。


 『VTuberな兄貴』と違って、外では知らぬ人がいない程、兄貴は有名人・・・だからな。


 面倒事を避けるためにも、その顔と白髪は晒せない。


「昼、何食う?」


「エビフライ定食ッ!!」


「家でも散々食ってんだろ、他は?」


「俺は世界中のエビフライを制覇するッ!!、その野望を妨げる気かッ!!」


「はいはい、わかったわかった、そう喚くなって、声でもバレるぞ?」


「む、…そうだな、静かにしなきゃ」


 移動用ポッド。


 神層と呼ばれる最上階から、一般人が多く在住する中層へ。


 俺と兄貴はデートに出かける。


 ……。


 デートじゃねぇよ。


 なに言ってんだ俺。


 お出かけだろーが、馬鹿。


「どした?」


「仮面が傾いてる」


「お、サンキュー」


 特に傾いてない仮面をイジリ、気を紛らわせる。


 そしてしばらく沈黙。


 ご機嫌で鼻歌を歌っている兄貴のそれをBGMに、俺はひたすら無心。


 デートなんて単語がよぎったせいで、落ち着かない。


 ほんとに気持ちが悪いな、お前は。


 ―――ブーッ、ブーッ。


 スマホがポケットの中で呻る。


 俺は仕事先からまた上司が愚痴メッセージを飛ばしてきたのかと思い、電源を落とそうとする。


「……」


「どした?」


「いや、なんでもない」


 せっかく兄貴とのお出かけ。


 俺は、仕事場が吹き飛んで消滅・・・・・・・したという上司からのメッセージを隠す様に、ポケットへとスマホを戻した。ついでに電源も落としておく。


 こういうことがあるから、兄貴の言うことには従っておいた方がいい。


 うちの世界一可愛い兄貴は、預言者なんだ。

 

 その言葉は誰よりも重く受け止めなければならない。


 さもないと、大事故に巻き込まれかねない。


 現に、仕事を休んでいなかったら、俺は他の同僚ともども今頃死んでいただろう。


 ありがとう兄貴。


 助けてくれて。


「兄貴、いつもありがとな」


「お、どうした?、珍しい、もっと敬え?」


「頭にのんな」


 すぐ調子に乗る兄貴。


 俺は仮面の上からその額にデコピンを食らわした。


 何するんだ、とギャーギャー喚きだす。


 そんな愉快な兄貴を眺め、気分を変える。


 今日は存分に兄貴とデートを楽しむぞ。


 ……。


 いや、だからデートじゃねぇんだよクソ野郎。



 ―― 後書き ――


 次話、デート回

 

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