第7話 ラッシュな兄貴

「ウルトラ・ラッシュ・インパクトッ」


 筋骨隆々な褐色の巨漢。


 重低音な犯人声を持つそれのピカピカな頭部が煌めいた瞬間。


 四足獣なモンスターが吹き飛び、ポリゴンと化した。


「ぐわーーはっはっは、ぐわーっはっはッ!!、獣風情が、このラッシュな俺に敵う者かッ!!」


 高笑いを決め込みヴィクトリーポーズ。


 滅んだ地底都市を元に築かれたダンジョンで、巨漢は喚き散らかす。


 そんな男の中の漢を見て、通りすがりのプレイヤーたちは様々な反応を見せる。


 ある者は面倒事を避けように素通り。

 ある者は騒音に不快気な表情。

 ある者は奇行を面白がって撮影。


 褐色の巨漢は完全に不審者だった。


 モンスターを屠った英雄などと宣うものは居ない。


 誰がどう見たってあれは不審者だ。


 そして信じがたいことに、あれは兄貴だ。


 誰の?。


 俺のに決まってる。


 ここは地底都市「ラルヴァ」と呼ばれるダンジョン。


 仮想世界だ。


 人々が理想の姿形を求め、プレイヤーとして息づく世界の一つ。


 俺は今、兄貴と一緒にVRMMOを遊んでいる。


 VTuberな姿・・・・・・・・をした兄貴と共に。


「見たか?、さっきの会心の一撃を!!これがラッシュとなった俺の真の実力だッ、凄いだろッ!!」


 ムサイ巨漢のおっさんが近づいてくる。


 これが世界一可愛い兄貴の理想とする姿というのだから面白い。


 女々しい自分が嫌いな兄貴。


 男らしさを求めた結果がこの末路。


 現実以上に動かせる理想を手にした兄貴は実に楽しげである。


「兄貴、そろそろ落ちるか」


「ぬ、まだ二時間しかたってないぞ?」


「医者にあまり長時間やるなって言われたばっかだろ、しばらくは控えろって」


「むぅ……」


 今日は俺が一日オフ。


 前々からこの日は一緒にゲームをしようと予定を立てていた。


 だからか、兄貴は納得していない様子。


 幼子が駄々を捏ねるように口を尖らせ、頬を膨らましながら、こっちを睨んできている。


 現実ならカワイイで済む。


 しかしここは仮想。


 ラッシュな姿による威圧感は凄まじい。


 人でも殺しそうな勢いだ。


「体調崩しても直ぐ直ったじゃん」


「毎回そうとは限らない、早く戻ってこないとエビフライが一本減るぞ」


「…ぐぬぬぬッ」


 歯ぎしりするラッシュな兄貴。


 俺はその様子を鼻で笑った後、ログアウト。


 仮面のコンソールを外し、ゲーム専用に購入した寝台から降りる。


 それから部屋を出て、夕食の支度。


 下準備は済んでいる。


 あとはエビを揚げて盛り付けるだけ。


 兄貴の様子をうかがいながら、黙々と作業開始。


「たく、まだ帰ってこねぇのかよ」


 すでにあれから二十分は経過している。


 兄貴は未だにVRから戻ってこない。


 どうやら拗ねたようだ。


 拗ねた兄貴は面倒だ。


 どれくらい面倒かというと、便器にこびり付いた他人の糞をこそぎ落とすぐらい面倒だ。


 まぁ、兄貴は他人でも糞でもないが。


「たく…、いつまでも子供じみたことしやがって」


 俺は強制的にログアウトさせようと、仮面に手をかける。




「…次、休みいつ?」


 口を尖らせ、眉をしかめる。


 無愛想にも予定を聞いてくる。


 かわいい兄貴のお帰りだ。


「…寝る前に、軽くやるか?」


 次の休みが未定な俺。

 誤魔化すように口を開いた。


 兄貴は眉間にシワを寄せつつ、「うぃ」と返事。


 今日はこれで終わりだと思っていたところに、俺からの提案。


 怒った表情を浮かべるも、見た目だけ。


 その愛らしい声は、今すぐスキップでもしそうなほどに跳ねていた。

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