第5話 甘えん坊な兄貴

 久しぶりの休日。


 泥のように眠った。


 精神的にも肉体的にも重労働な仕事。


 加えて家に帰れば炊事、洗濯、掃除。


 もう限界が過ぎた。


 家のことは引きこもりな兄貴に任せれば?、なんて声が聞こえてくる。


 言っておくが兄貴は超が付くほどのドジっ子属性もち。


 掃除を任せればゴミを錬成。

 洗濯を任せれば衣類に皺、汚れ、傷。

 炊事を任せれば皿に毒を盛りつけて拷問。


 いくら教え込んでも結果は悲惨。


 基本的に兄貴は見た目だけで、何もできない。


 可愛いくて優しいだけじゃ、我が家の平和は守れないのだ。


 だから俺がやるしかない。


 兄貴のためならと思えばそこまで苦ではない。


 むしろ兄貴が居るからこそ、日々俺は頑張ることが出来る。


 たまにこうやってベッドの上で一日中くたばるが。


 世の中適材適所。


 兄貴は癒係りなんだ。

 

 癒しがあれば俺はいつまでも頑張れる。


 だけど、今日はちょっとダウン。


 糸が切れた人形のようにベッドから起き上がることが出来ない。


 寝ても寝ても寝足りない。


 既に帰宅してから二十四時間が経過している。


 あと数時間もすれば仕事が始まる。


 今日の休みで色々と家のことをやろうと思ったが、出来る気がしない。


 そもそも起きれる気がしない。


 上司に連絡して休みを貰うか?。


 いや、ただでさえ俺は周りに嫌われている。


 当日欠勤なんてしようものなら、これ以上に人間関係がこじれて面倒なことになりかねない。


 危険が付きまとう仕事。


 身内に背中からなんて結末だけは辿るまい。


 やはり意地でも立ち上がるしか道は無い。


―――ガチャっ。


 ベッドの上で何倍にも重くなった体を起き上がらせようとした時。


 部屋の扉が開いた。

 

 今の時間は恐らく深夜帯。


 いい子な兄貴はとっくに寝ている時間帯。


 それでも感じる扉の隙間から視線。


 途中、何度か兄貴が部屋にやってきては今のように構ってアピールをしてきたが、まさかこんな時間帯まで構ってほしそうにやってくるとは。


 わるい、兄貴。


 今、とてもじゃないけど構ってあげられない。


 体がダルすぎて思う様に動かないんだ。


 すまん。


 また明日(今日)な。


―――とととっ。


 なんか部屋に入ってきた。


 気配を殺して(殺せてない)、ベッドの端に立っている。


 起きてることがばれたらダル絡みされそうだ。


 ここはこのまま寝たふりで通すほかない。


―――じーーーッ。


 謎のプレッシャーをかけてくる兄貴。


 その視線に耐えながら、俺は目を閉じ続ける。


―――すすすっ。


 なんかベッドの中に潜り込んできた。


 お風呂上がりのいい香り。


 さっき迄、配信活動をしていてこの時間帯に風呂へ入ったのかも。


 兄貴はいい子だが、配信をしていると時間を忘れてのめり込む習性がある。


 今日も頑張ったのだろう。


 お疲れ兄貴。


 お互い疲れてるだろ?。


 だからちゃんと部屋に戻ってねような?。


 ダル絡みは止めて?、な?。


―――よしよし。


 添い寝からの頭なでなで。


 兄貴が寝ている俺の頭を「よしよし」と言いながら撫でている。


 起こさないよう優しく。


 撫でられるたびに疲れが抜けていくような錯覚。


 それと同時に、心地のいい眠気に誘われ始める。


 やばい、このままねたら、遅刻は確定。


 だけど抗えない。


「ね~む~れ~、ね~む~れ~、可愛い、可愛い、俺の娘~」


 小声でも分かる歌下手。


 子守唄のつもりだろうが、若干耳障りだ。


 音程もリズムもてんでバラバラ。


 昔、音楽をやっていた俺。


 その違和感が気になって逆に目が冴えてきた。


 というかこの歌、兄貴がVTuber初期にASMR動画で作って投稿してプチ炎上してた曲じゃん。懐かしい。


 なけなしの金を集め、バイノーラル録音用マイクを購入して兄貴が作ったASMR動画。


 歌下手に加えてリズムもバラバラ。

 聞くに堪えない重低音な犯人声。

 所々で癇に障るメロディライン。

 適当が過ぎる幼稚な歌詞。

 ASMRを装った騒音。


 通りすがりの視聴者がブ千切れ、ネタにするのも無理はない。


 そんな炎上モノの曲を目の前で歌われる。


 推しのVTuberは兄貴な俺。


 流石に悪夢をみそうだ。


「けほっ…けほッ」


 変に小声で歌ったせいか、咳き込む兄貴。


 そのままやめてくれると嬉しいが、再び歌いだす。


 そして徐々に気分が乗ってきたのか、小声からだんだん大きくなっていき、最終的に熱唱へと移り変わっていった。


 一体どういうつもりなのだろう。


 兄貴は何しにここへ来たんだろう。


 ベッドの上に立ち上がり、マイクを持ったようなそぶりで深夜に大熱唱。


 ここはカラオケボックスじゃねぇんだぜ?…あにき。


 とりあえず自分の部屋に帰ってくれ。


「ねむれッ、ねむれッ、ねむれッ、ねむれねむれねむれねむれーーーーッ!!!」


 ねれねーよ。


 ここぞとばかりにシャウトすんな。


「おーれーのーーーッ、娘よぉ~~~~~うぉうぉうお~~」


 娘じゃねーよ。


 無駄に入れるビブラート止めろ腹立つ。


「ふぃーーっ」


 気持ちよく歌い終えてか、最後に腹立つ息遣いをしながらヴィクトリーポーズ。


 なんなんだまじで。


 俺が寝てることわすれてねぇか?。


「あ、やべ、雪美ねてたんだった」


 いや忘れてんのかい。


 ふざけんな。


 もうさっさと自分の部屋に帰れ。


―――すすすっ。


 …また毛布の中に潜り込んできた。


 もうこれ普通に寝たふりするより起きてた方がましなんじゃね俺。


 起きて一言、「へやに帰れ」って少し怒った方がいいじゃね?。


 逆切れからの拗ねるかもだけど流石に勝手が過ぎるからな。


 うん、よし、そうしよう。


 そっちの方がダル絡みされるより、カラオケされるより全然ましだ。


「まま」


「……」


 俺が内心で色々と葛藤している間に寝付いた兄貴。


 ボソリと呟かれた寝言のせいで怒りのボルテージが急降下。


 すり寄る様に体を丸める姿はまるで仔猫のよう。


 少しでもいい夢が見れるようにと願い、俺はその頭を優しく撫でつける。


「……なんで兄貴が先に寝落ちしてんだよ、はは」


 何倍にも重く感じられる体。


 不思議と、右手を動かす時だけは何の苦でもなかった。


 遅刻確定。


 でも仕方なし。


 兄貴をあやしていたのだから。

 

 むしろこれは有休をとって明日というか今日もあやすべきところじゃないか?。


 上司からの圧?、社内の人間関係?、知ったことか。


 俺は兄貴のために生きている。


 邪魔する奴らは全員しねばいい。


「…さてと、行くか」


 心地よさそうに寝息を立てる兄貴。


 最後にその頭をひと撫でした後、幾分か軽くなった気がする体を叱咤して、ベッドから起き上がる。


 ド底辺の社畜はつれーよ。


 でも頑張れる。


 俺には兄貴が居るからな。

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