第9話 クラッチをライズするな
9月7日。
「はい、遅刻決定」
朝起きてすぐに嫌な予感がした。
「どうしよ、サボろうかしら、でもなぁ、佐沼にも来いよって言っちゃったしなぁ」
運動祭の朝練、その開始時間には絶対に間に合わない、しかし途中合流はできそうな微妙な時間に起きてしまった。どうせなら始業にも遅刻するぐらい寝ればよかった。
「しょうがない、行くかぁ」
昨日、アシーナにも偉そうなことを言った手前、行かざるを得ない気がした。
「どうせ誰も来てねぇだろうし、来るだけマシだろ」
そんなことをぶつぶつと、登校の準備をし、学校に向かう。
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「ねぇあんた舐めてんの?ねぇ、舐めてんでしょ、私のこと」
「おい、、、嘘だろ、、、これ、、、なんだよ、、、」
京太郎が練習会場である第二運動場に着いたとき、そこにはほとんどクラス全員かと思われる人数が集まって、何やら
「おい、ここの応援歌、"脳筋くたばれ、打ち出の小づちでぶん殴れ、さぁ行こう!"にしようぜ」
「脳筋だけだと弱いと思うのよ。おサルさんとかにしましょう」
「そうだな、じゃぁ特進クラスはどうする?」
「大丈夫だ、あいつ等はアシーナ先生の敵じゃねぇ」
「そうね、やっぱりスポーツ特待がやっかいだわ」
「学校の金で食うメシは美味いか?ってヤジどうよ?」
「それいい!私たちの寄付金ってしようよ、それ」
「いいね!俺らがお前たちにメシ食わしてんだぜって、なんか上手い言い方ないか?」
「でっけぇ旗作ろう、旗」
「私美術部だから作る!アシーナ姫を中心に、民衆を導く自由の女神をモチーフにするのどう?」
「え、完璧すぎて怖いんだけど」
「吹奏学部は魔王演奏します魔王!」
「誰か歌える奴いないか魔王!」
「科学部は新たなエナジードリンクの制作に着手しますので、お任せを」
「翼を授けるどころか、飛びすぎて太陽に焦がされるような、そうだ、商品名はイカロスにしよう!!」
えぇ。
なんかすげぇ怖いんだけど。熱量が。ベンチャー企業なん?ここ。そのうちイタいショート動画とか撮り始めそう。
それから、
「やったるぜごらぁ、茹でて潰して炒めたベーコンと混ぜてポテサラにして中年のサラリーマンに食わしてやるぜぇ、やったるぜごらぁ、ぷしゅーーーーー」
葉乃坂が口から煙でも吐く勢いで戦闘態勢である。
恐ろしすぎて目線を外せないでいると、ぐるんとその顔がこっちに向いて、
「おいてめぇごら、非国民ならぬ非クラスメイト、なに遅刻してくれちゃってんの?沈めちゃうよ?ねぇ、日本中の湾という湾に沈めちゃうよ?アシーナ様に逆らうんじゃねぇよ、従順になれよ、感情を一切持つな、駒となれ、鉄砲玉として散れやてめぇ、その覚悟のある奴しかいらねぇんだよごら」
「、、、、、、、」
「おい、返事は?」
「は、、、、はい、、、」
「ちっせぇんだよごら、もっと声出せや、お前のテストステロン見せてみろや」
「テストステロン見せろって斬新すぎんだろ」
「おい、、、それはアシーナ様への反抗だと思っていいな。こいつ独房行きにしましょうや、アシーナ様」
声をかけられたアシーナが、ずっとにやにやした顔をしている。
なんでこいつ昨日の今日でこんな幸せそうな顔してんの?
なんかふっくら炊き立てのご飯を見た食いしん坊みたいなふくよかな笑顔だ。
松葉杖に支えられながら立つアシーナに助けを求める。
「これ、、、何がいったいどうなってるん?こいつら、昨日までまるでやる気なかったよね」
「えっとね、昨日思いついたんだけど。ほら、私がトラックに立つ資格がないって話。確かに私は余計なことを考えすぎてたと思うの」
「お、おう、なんか、そうらしいな。金城なんちゃらいわく。で、それがどうなってこうなるわけ?」
「でも、あの話、逆に言えば、普通は何か見返りがないと頑張れないわけでしょ?名誉とか、お金とか、自己顕示欲とか」
「ま、それはそうだが」
「だからお母様に交渉して、運動祭、学年で優勝したクラスには冷蔵庫と電子レンジを優先的に設置してもらえるようにしたの。ちなみに優勝したクラス以外はおそらく最低でも2年後にならないと設置されないらしいわ」
「へ、へぇ、、、アシーナさん、すっごぉい、、、、」
「そうよ、やるなら勝つしかないのよ、勝ちだけに徹底した、機械のごとき統制された一糸乱れぬ集団を作ればいいのよ、ふふふふふふふ」
え、何こいつ。
人が変わったようなんだけど。
絶対昨日の助言を誤解している。
てか、昨日のアシーナ姉との電話の後ろで聞こえてたのこれか。
それに冷蔵庫と電子レンジでこんなにやる気になるかね、普通。
「よっしゃ、みんなで円陣組むぞ円陣!たらたらしてんなよ、声掛けたら1秒で集まんのが鉄則だろごらぁ!!!」
もう葉乃坂が陸上自衛隊みたいになってる。
そしてなぜか俺まで周囲のクラスメイトに押されて円陣を組まされた。
葉乃坂がみんなの顔をぐるっと見て、
「ここまで遠かったよな」
「遠くないよ、昨日決まったことだよね?」
「みんな苦しかったと思う。近藤くんはいつも、冷たいおにぎりが嫌だから、なるべく温かいうちに食べようと、1時間目と2時間目の間に間食してたよな」
「そうなんだよ、コンビニでも最近は温めてくれるって言うのに、、、」
「え、なんで泣いてんのお前、てかそれただ腹減っただけだろ」
「佐藤①も、温かいコークなんてコークじゃないって、いつも水道の水で割ってたよな」
「あんなうっすいコーク、もう飲みたくねぇよ、、、嫌だよ、こんなの、、、」
「お前が自分でコークをコークじゃなくしてんじゃん、自業自得じゃん。温かくなる前に飲みきれよ、そして自販機で買え」
「佐藤②、お前、夏休み他校の彼氏とプール行くからダイエットしたかったのに、冷めたサラダチキンばっか食べて、胸肉恐怖症になって、逆に太ったんだよな」
「ううぁあああああああああああああああああん、彼氏に"俺、そのぐらいの体型の方が安心して好き"って言われたぁあああああああああ、温められてば、温かければ続けられたのに、、、」
「自分の意志の弱さのせいであって、温度のせいじゃないし、お前、佐藤②でいいのか」
「想像してみろ、冷蔵庫があれば何ができる。冬にアイス食べれるし、来年の夏、かき氷パーティもできる。弁当を腐らせないために、食べたくもない梅干しを入れられることもない。そして電子レンジがあれば、待て待て、お前たちが言いたいことは分かるぜ、そんなピザにパイナップル載せられて騒ぐイタリア人みたいに喚くな。可能性なんて無限大だって言いたいんだよな」
なんでそんな吹き替え調の話し方なんだろう。
ただ、もうみんなの視線がマジすぎて突っ込む気にもなれない。
「これは運命だ。我がクラスにアシーナ姫がおられ、理事長と交渉してくれた。この幸運は、私たちこそ拝受するにふさわしい幸運だ。あとは戦うだけ、ともに勝ち取ろう、文明の利器を!!男には戦わないといけないときがある、それが今だ!行くぞっ!ワン・トゥー・スリー」
「「「GO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
もうアメリカのアメフト部みたいになってるよ。
「FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!!!」
やばい、勢い余ってライブのモッシュみたいになってる。
ねぇやめて、俺、ほとんど体浮いてるんだけど。誰?俺のズボン脱がそうとしてるの。
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「てか、昨日の今日でよくみんなに連絡できたな?」
怪我で見学のアシーナに声をかける。
応援部隊はもう、主体性の塊すぎてリーダー不要の様相である。
あいつら社会に出たら多分即戦力だよ。
「何言ってんの?メッセージアプリのグループチャットに流したじゃない」
「俺、それ入ってないんだけど」
「寝てたんでしょ、交換したとき」
「てか、お前は入ってるんだな」
「ええ、入ってるからこそ、ほら、あのカラオケのとき、チャットで流すと私にばれるから、メモ紙が回ったんでしょうよ」
ああ、なるほどね。
ハブられてたのはアシーナじゃなく俺なのね。
「で、お前のその心境の変化はいったいなんなんだ」
「勝ちに徹する、それだけを考えてみたの」
「ほう」
「私、これでも腸煮えくり返って、吹きこぼれてるぐらいなの」
「おお、あんま上手くないな」
「うるさいわね。シューズも壊される、怪我する、大会出れない、ジャージも返ってこない」
「改めて聞くと結構えぐいな」
「このまま泣き寝入りなんて絶対にやだ。ぶちのめす、徹底的に」
アシーナ姫、ご乱心である。
ただ、悪くない方向に乱れているような気もする。
「だからね、みんなに手伝ってもらおうと思ったの」
「それで、か。よくあの理事長に言えたな」
「あなたみたいなレイジーボーンに出来たんだもの、私に出来ないわけないわ」
「そりゃそうっすね」
「やるわよ、徹底的に。二度と反抗できないように捻りつぶす。完膚なきまでに」
アシーナの黒髪が逆立っているように見える。
鬼だ、鬼がいらっしゃる。
なんだよ、心配いらなさそうじゃん。
そう思って応援部隊に戻ろうとしたとき、
「そういえば、プールで助けられた恩と、昨日の恩、返してなかったわね」
アシーナが風も吹いてないないのに、なにやら髪をふぁさふぁさしながらカッコつけてる。多分恥ずかしいのだろう。
「いや、別に返さなくていいが」
「そういう訳で、デートしてあげるわデート」
姉妹揃ってデートの誘いをしてくるとは、似たモノ同士なのかもしれん。
「いや、お言葉だけで十分です。丁重にお断りいたします」
「なんでよ!葉乃坂さんも一緒だから、ね、いいでしょ?じゃないと落ち着かないのよ!」
「それデートじゃないじゃん」
「黙ってうんって言えやこのクズが!命令は絶対なので、土曜日朝5時、駅前集合で!」
「お前、姫とか言われるの満更でもない感じだろ、ちょっと人に命令することに気持ちよくなってるだろ。そして集合時間早すぎるんだが、市場の競りでも見に行くきか?」
「ぐだぐだ言わない。土曜日5時、遅刻したら葉乃坂さんに鬼電させるからね!」
「いいけどさぁ、土曜ってお前大会じゃないの?出れないだろうけど」
「うっさい!黙って来い!」
ここに女帝が誕生している。
人の意見など一切聞かない、独裁政治の女帝が。
というか恥ずかしすぎて顔真っ赤なんだが。
「お前、顔アメリカンチェリーみたいになってんぞ」
そう言うと、無言で松葉杖が飛んできた。
ダメだよ、それ、借り物だよね?
応援部隊に戻ると、
「佐沼さん、大丈夫、誰でも最初は恥ずかしいけど、一度声を出せば気持ちいから」
「佐沼なら絶対にできる」
「腹から声出せ、腹から」
なんかブラック企業のパワハラ現場みたいになっていた。
どうやら佐沼はあまり応援に身が入っていないらしい。
「おお、応援隊長殿が戻られたぞ!敬礼!!!」
「敬礼!!」
「自主練しておきました!次はどうしましょう応援隊長!!腹筋100回でしょうか?そうですか分かりました!腹筋100回始めっ!!!!」
やる気がありすぎる部下を持つのも考え物である。
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9月9日、朝5時。
菱星学園の生徒であれば「駅前」で通じるその場所に京太郎はいた。
京太郎の他には、ハト・カラス、それから昨晩飲みすぎたと思われる屍たちしかない。
1人の美女を除けば、だ。
「お待たせ、アシーナ」
「14分と32秒待ったわ」
「ねぇ、それストップウォッチ機能だよね、到着してから起動したの?細かすぎない?」
「時給を1000円とすると、そうね、242円分の損失だわ、端数の約22銭は免除してあげる」
「免除してあげるって偉そうにいってるけど、そもそも銭って払えないからね?」
「遅刻してきて偉そうに言わないの」
ぷんぷんと怒るアシーナは、全体的にセーラーっぽい服装だが、まず色がどピンクだし、ところどころというか、全体的にフリルがついている格好である。なんか太ももにもレース生地の何かを巻いてるし、首にもチョーカーを付けている。
ああ、これ知ってる、地雷系ってやつだ。こいつ本当にこういう系の服装好きね。
「何?私が可愛すぎて今、江戸時代にでもトリップしてるの?そのまま白虎隊にでも入って精神鍛え直したら?若松城死守したら?」
「あの、罵倒にインテリっぽい知識入れないでくれる?反応しづらいから」
「じゃぁなに固まってんのよ」
「あれだなって、なんか、日本文化大好きな浮かれた観光客みたいだなっていだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
アシーナの松葉杖で天誅された。
だってお前、色白いし、鼻高いし、たっぱもあるし、目青いし、そうとしか見えん。
「、、、、、、素直に褒めなさいよ」
「逆に、俺が素直になったら褒められると思ってるお前がすげぇよいえすいませんでした本当にかわいいです一瞬天使かと思いました今日1日一緒に歩けて幸せです」
危ない。
160キロは投げる速球投手のワインドアップのように松葉杖を振り上げやがったこいつ。
「あと、1日じゃないから、明日もだから」
おい、嘘だろ。
こんな武器持ったやつと2日も一緒にいるのかよ。今すぐ国会緊急招集して松葉杖を銃刀法違反の対象にして欲しい。
「もう好きにしてくれ、で葉乃坂は?」
「あれ、聞いてない?来ないって」
「は?全く聞いてないんだが、というか連絡つかないんだよな、昨日から」
「なんか、砂浜で走って強化練習するからって」
「あいつはスポコン漫画の主人公かよ、、、どんだけ冷蔵庫と電子レンジ欲しいんだ、、、」
京太郎が葉乃坂の奇行に頭を抱えてる間も、アシーナはずっと立ったままだった。
「おい、で、どこに行くんだ。お前そんなんじゃあんま歩けないだろ」
「タクシー呼んでるから大丈夫」
「あ、そうですか。金持ちってすげぇなおい」
「違うわ。私のお年玉から出すんだから。あの母親から貰ったお金なんて使いたくないし」
「それを言うならバイトした金とかにしてくれよ」
「何言ってんの、うちバイト禁止でしょ」
「はいそうでしたすいません」
タクシーはすぐに来た。
乗り込んで、京太郎は流れる景色を見る。一体どこに行くのか、アシーナは全く教えてくれない。
この恋、400メートル先、ゴールです~コーチにだけぶりっ子するマイルの女神様~ 屋代湊 @karakkaze
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