第5話 終焉

「逃げろ! 新堂さん!」

 ナイフを振り下ろした拓哉に西島は飛びついた。

 そのまま一緒に床を転がる。

 床の上で、西島と拓哉は揉み合いになった。

「新堂さん!」

 間宮が新堂に駆け寄る。

 つうっと、文哉の袖口から鮮血が流れて来た。拓哉のナイフの切っ先が、文哉の腕を掠ったようだ。

「大丈夫ですか!」

 文哉は痛みに顔を歪めるも、平気ですと頷いた。

「それより西島さんを!」

 はっとして間宮は顔を上げる。

 そこには、拓也に組み敷かれる西島の姿があった。

「離せ! 邪魔するならおんしも殺す!」

 拓哉の握ったナイフが西島の目を狙っている。

 その腕を掴み、西島は必死に押し留めた。

 飛んでくる火の粉が髪と肌を焼き、チリチリと刺すように痛む。

「クッソ……」

 じりじりとナイフの先も近づいて来る。

 西島の腕もぶるぶると震えた。もう、限界だった。

「く……そッ」

 

「離せ! サイコ野郎!」


 ガッ! と言う声と共に、西島の視界を覆っていた拓哉の身体が飛ぶ。

 目の前には、木っ端を握った間宮がいた。

 しかし、直ぐに香炉が飛び、それは間宮の横っ面を打つ。

「間宮!」

「何をしゆうがか……」

 肩で息をする拓哉は、そう言いながら香炉をぶら下げ立っている。

 その眼は見開かれ、血走っていた。

「これくらい──」

 間宮がゆらりと立ち上がる。

 しかし頬と唇は切れ、プッと吐き出した血に混じって歯が飛んだ。

「運がえいのぉ。ほんなら次は頭を割っちゃる!」

「ンの野郎ッ!」

 西島は木っ端を拾うと、拓也が振り回した香炉に打ち付けた。

 香炉は吹き飛ばされ、炎の中へと転がっていく。

 西島はそのまま木端を拓哉の鳩尾に突っ込んだ。

「ぐえっ!」

 胃液を吐きながら拓哉は後退る。

 その隙に拓哉のナイフを蹴り飛ばし、西島は叫んだ。

「間宮! 新堂さんを連れて外へ出ろ!」

「でも!」

「久住を──ッガッ!」

 西島の横っ腹に、拓哉の足蹴りが飛んだ。

 何とか踏ん張ったが、強烈な痛みが西島を襲う。

「西島さんッ!」

「行け! 間宮!」

 炎は更に激しくなる。

 喉が焼けるように痛かった。

「間宮さん!」

 文哉が間宮の腕を掴んだ。

「倉庫にはバザー用のガスボンベを保管してます! 早く助け出さないと、爆発してしまうかもしれません!」

「な──」

 間宮は愕然とした表情で文哉を見た。衝撃のあまり、次の言葉が出てこない。

 文哉は間宮の腕を引いた。

「行って下さい! 久住さんを助けるんです!」

「あなたはどうする気なんです!」

「私は──」

 文哉は、悲しげに狂った自分の片割れを振り返った。

「文哉ああああッ!」

「行かせるかあああッ!」

 落ちたナイフを掴み、文哉を追おうとする拓哉に掴み掛ると、西島は拓哉を押し倒した。

「離せ! あいつも同じ悪魔の子や! 悪魔ながや! 殺しちゃる!」

「ふざけるな!」

「離せぇ!」

「──!」

 拓哉のナイフが、西島の左二の腕に深々と突き刺さった。

「西島さん!」

 激痛に顔が歪む。

 しかし、右腕で肘鉄を喰らわせると、拓哉の喉元を押さえ付け、西島は叫んだ。


「行け! 間宮! 行けえぇぇッ!」


 西島の声を背に聞きながら、間宮は教会を出た──。

 

 *   *   *

 

 深夜にもかかわらず、教会の外には野次馬が集まり始めていた。

 中には燃え盛る教会を収めようと、スマホを構えている者もいる。

 間宮は野次馬に爆発の危険があると伝え、非難を促した。

「離れて! 離れろ! 爆発する! 早く!」

 現場は混乱を極めながらも、野次馬は我先にと教会から離れていく。

 それを確認すると、間宮は教会の裏手へと向かった。

 教会の半地下に作られた倉庫は、コンクリートの階段を少しだけ降りたところにあった。

 所々に錆のついた、古い扉だ。

 しかし──。

「クソッ! 鍵が!」

 鉄製の扉には大きな南京錠が付いていた。

「久住さん! 久住さん、いるのか!」

 扉をたたきながら、大声で声を掛ける。

 すると、中からゴトンと音がした。

「いる! いるんだな?」

 ゴンゴンとまた音がする。

 間宮は階段を上がると、教会裏に幾つも転がる、赤ん坊の頭程の石を掴んだ。

 それを南京錠に何度も打ち付ける。

「クソッ! クソッ!」

 何十回と打ち付けたところで、ぼきりと鍵を取り付けていた金具が折れた。

 力任せにドアを開ける。

 そこには、ジャージ姿で拘束された葉月がいた──。


 *   *   *

 

 燃える聖堂では、西島と拓哉がもみ合いになっていた。

「どけ……!」

 そう言うと、拓哉は膝を西島の脇腹に入れた。

 既に痛めた脇腹を攻められ、拓哉の喉を絞める手が緩む。

 すかさず拓哉は西島の腕に刺さっているナイフの柄を掴み、捻るように動かした。

「うあぁぁぁッ!」

 そのまま西島の腹に足を入れ、力任せに蹴り飛ばす。

 西島は床にひっくり返った。

「邪魔しやがって……」

 はあはあと息を荒げ、拓哉は倒れている西島の腹に繰り返し蹴りを入れる。

「おんしのせいで──おんしのせいで!」

「新堂……拓哉……」

「黙れ。今頃あの女は、二股かけちょった間宮とか言う男と逃げちゅうわ」

 拓哉は西島を踏みつけると、腕からナイフを抜いた。

 そしてゆっくりとそれを振り上げる。

 西島の目に、唇を吊り上げた悪魔が映った。

「残念やな。おんしはここで灰に──」


 パンパンパン!


 轟々という炎の音に混じり、乾いた音が鳴り響いた。

 カランと、ナイフが床に落ち、ぽたぽたと、西島の顔に血が滴り落ちる。

「そこまでです!」

「森永……警部……」

 拓哉は撃たれた右手を押さえたまま、ゆっくりと手を上げた。

 教会の大扉が大きく開かれ、そこに銃を構えた森永が立っていた。

「時間になったら来てくれと言うから来てみれば。何ですかこれは」

 そう言うと、森永は拓哉に狙いを定めたまま、ゆっくりとSITを引き連れ入って来る。

 盛大に消火剤が巻かれる中、西島は這いずるように拓哉から離れた。

 その時だった。

「文──!」

 拓哉に、文哉が飛びかかった。

 2人は絡み合うように床を転がる。

 西島には最早、どちらが拓哉でどちらが文哉か分からなかった。

 

「危ない! 天井が!」


 SITのひとりが叫んだ。

 それを合図に、その場の全員が天井を仰ぐ。

「逃げろ!」

「西島刑事!」

「ダメです、警部!」

「退避! 退避ーッ!」

 それは一瞬の事だった。

 天井が崩れ、燃える梁を巻き込みながら落ちて来る──。

 なのに、西島の目には、アヴェ・マリアが鳴り響く中、火の鳥がゆっくりと降下してくるかのように見えた。

「西島!」

 誰かが西島の腕を掴んだ。

「待ってくれ! 新堂さん!」

 

 ドドドドド──!


「新堂さぁぁぁぁん!」


 轟音と土煙が舞い上がる中、西島は班長の渡邊に引き摺られ、教会の外へ出た。


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