第3話 天使と悪魔

 15年前──。

 その頃の私、新堂文哉は20歳で、まだ大学の神学部に通う学生でした。

 昼は大学で勉強をし、夜はボランティアの後、教会に戻って主と語らったりする毎日を送っていました。

 そんなある晩の事です──。

 祭壇の蝋燭を消して回っていると、雨が降り出した事に気づきました。

 雨の音が聞こえたからです。

 私は外に出しっぱなしだった告知用のスタンド式黒板を中に入れようと、大扉を振り返りました。

 すると、その大扉が大きく開かれており、この身廊にフードを被った男が立っていたのです。

「どうされましたか」

 私は声を掛け、男に駆け寄ろうとしましたが、足がすくんで動けませんでした。

 そこにいるのが悪魔だと、直感的に悟ったからです。

 何故──?

 彼の服に大量の血痕を認めたことも理由のひとつですが、私には彼の背中に黒い大きな羽が見えました。

 しかし、恐怖より驚きが勝っていました。

 何故なら、フードをから覗く彼の顔が、自分と瓜二つだったからです──。

 「拓哉──」

 まさかと思いました。でも、自然と口から亡くなったはずの兄の名が出ていた……。

 冷や汗が出、膝を震わせている私を見た彼は、にやりと笑うと「文哉」と、私の名を呼びました。

 間違いない。

 目の前にいるのは拓哉だと、私はその時確信しました。

 拓哉は、会いたかったと言うと、一歩、また一歩と私の方へ近づき、そして私の耳元で「もう一人の俺」と言い、べろりと耳を舐め──。

 ゾッとした私は拓哉を突き飛ばしました。

 ぬるとした感触に自分の手を見ると、私の手は真っ赤に染まっていた。拓哉の胸を染める血です。

 私は思わず声を上げました。

 今も、あの時の感触は忘れられません。

 拓哉は狼狽する私を見て楽しそうに笑い、そして言いました。


 聖人面しゆうけど、お前にも、俺と同じ悪魔の血が流れちゅうがやぞ──。


 何を言うんだと、私は震える手で拓哉に十字架を突きつけました。

 悪魔よ去れと。私はお前とは違うのだと。

 何しろ、拓哉は幼い頃から変わった子供でした。

 両親も頭を悩ませていました。

 ええ、仰る通りです。

 虫の頭をもいだり、動物を平気で傷つけていた。

 いつか、本当に人に危害を加えるのではないかと懸念し、母に至っては、悪さをする度に拓哉を怪物と呼び、反省室へ──。

 すみません、話を戻しましょう。

 そう、拓哉に悪魔の血が流れていると言われ、私は憤慨しました。

 しかし私達の父、雅哉が本当の父親ではない事は、私自身中学生の頃に気付き、知っておりました。

 授業で聞いた──ええ、そうです。血液型の話です。

 それでも、私の父は新堂雅哉でしかなかった。彼こそが私の父親だった。理想の父親だった。

 だから本当の父親が誰かなど、どうでも良かったのです。

 しかし、拓哉はそうではなかった。

 自分の不幸は、全て本当の父親のせいだと思っていました。

 母が乱暴されて生まれたのが自分たちだと知ったからでしょう。

 拓哉は言いました。

「俺が怪物になったんはそいつの血のせいや。お前の手についちょる、それのせいや」

 ぎょっとしました。

 私の手を濡らすもの、それは私達の──いうなれば生物学上の父親の血だったのです。

 悍ましいのはそれだけではありません。

 私達と血の繋がったその父親は、当時、次々と女性を拉致して殺害している連続殺人犯だったというのです。

 拓哉はゲラゲラと笑うといいました。

 

 ──あいつ、高校生の女の子を殺した帰りやった。やたらと興奮しちょって隙だらけやったき、殺すん簡単やったぜよ。


 *   *   *

 

「高校生を殺害した連続殺人犯……?」

 新堂の話を聞いていた間宮の顔が曇った。

 西島も、引っ掛かりを覚える。

 15年前に起きた連続殺人事件で、女子高校生が殺害されたと言うと──。

 西島はその考えに両腕が粟立ち、心がざわざわとした。

「その被害者を……新堂さんはご存じですか?」

 新堂は西島の問いに頷く。

「新聞の記事で確認したに過ぎませんが、間宮凛さんという──」

 派手な音を立て、ベンチが動いた。隣の間宮が立ち上がったせいだった。

 普段は冷静な間宮が、顔色を失い、握った拳がぶるぶると震えている。

「間宮、落ち着け!」

「間宮──?」

 新堂も顔色を失っていた。

 そこにいるのが一体誰なのか気が付いたようだった。

「西島さん、ひょっとしてその方は──」

「死ん……でた」

 熱に浮かされたようにそう言うと、間宮はまたすとんと、糸が切られた操り人形のようにベンチに腰を落とした。

 そして、乾いた笑い声をあげる。

「ちょうどいい。殺す手間が省けましたよ……」

「間宮、落ち着け」

「15年ですよ!?

 廃工場や廃倉庫ばっか使ってたから、そこを追ってればいつか鉢合わせるかもしれないなんて、15年も!

 15年も、バカみたいな事を本気でやってた。見つけたら……殺してやろうと思って──」


 

「ほんなら、礼でも言うて貰わんといけんな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る