第5.5話 幕間:団子屋の娘、高知の夜

 葉月と西島は、食事を終えるとホテルへと戻った。

 「おやすみ」

 そう言って自分の部屋に入って行く西島に、にこやかに手を振ると、葉月も自室のロックを解除した。

 大きなTVが壁に掛けられ、ひとりで寝るには十分すぎる大きなベッドが置かれた室内は、ベージュとブラウンでシックに纏められている。

 葉月は部屋に入るとパンプスを脱ぎ捨て、バッグを放り投げ、そしてずかずかと部屋の奥のベッド向かって突き進む。

 そしてそのまま一気にダイビングすると、ふかふかの枕に顔を押し付けた。

「もぉぉぉぉッ! なんでぇ?」

 確実に、自分と西島の距離は縮まっている筈である。

 そんな中での高知出張。

 葉月の期待は限界まで高まり、ちょっぴりセクシーなキャミソールや下着まで用意してやって来た。

 

 ──1泊2日なのに、随分と荷物が多いな。


 空港での西島の言葉が思い起こされた。

 期待が大きい分、荷物が多くなったのである。

 しかし、その期待は見事に打ち砕かれた。

「ニンニク食べる辺りがもう期待薄だわよぅ!」

 葉月はそう言ってベッドの上で足をばたつかせる。

 自分はひょっとしてキスが来るかもしれないとニンニクを避けたと言うのに。

 西島はあっさりとニンニクを摂取し、葉月の唇は摂取をすることもなく、あっさりと自分の部屋へと入ってしまった。

「どういうこと?」

 はーっと息をつき、窓の外を眺める。

 暗闇に高知の街の明かりが見えたが、特段何も感じなかった。そんな気分ではなかった。

「ジェネレーションギャップってやつかな」

 西島は葉月よりも10歳年上だ。38歳。

 昼間話を聞いた鈴木が35歳で、結婚して小学生の子供もいると言っていた。

 その鈴木より年上なのだから──。

「オジサン……だよね。女の子の気持ちなんか、分かる訳ないかぁ」

 西島との恋の道はなかなかに厳しい。

 でも、気付いたら後戻りできない程夢中になっている。

 葉月は着ていた服を脱ぐと、ベッドに放り投げた。

「もう! デリカシーのないオジサン! ムカつく!」

 

 プルルルルル──。


「うわ!」

 急に部屋の電話が鳴り、葉月は飛び上がった。

「誰だろ……」

 恐る恐る受話器を取る。

「はい……?」

 一瞬の無言の後、聞きなれた声が聞こえた。

『久住?』

 西島だった。安心した筈なのに、心臓がきゅっとする。

 葉月は下着姿のままベッドに腰を下ろした。

「……西島さん? どうしたんですか?」

『ん……?』

 低く、少し気だるげな西島の声に、葉月はドキドキした。

『……寝る前に、もう1回お前の声が聞きたかった』

 そしてまた沈黙。

 葉月は西島の声を待った。

『久住、俺──。いや、何でもない。じゃあ、また明日な』

 西島はそれだけ言うと通話を切った。

「えっ……なに?」

 受話器から何かが見える訳でもないのに、葉月は穴が開くほどに受話器を見つめた。

「もう! 一方的なんだから!」

 そう言いながらも顔が緩む。

 そして、葉月の頭の中で、西島が一体何を言おうとしたのかがぐるぐるとし始めた。

「何を言おうとしたのかな。好きだよとか……、あ、愛してるよとか……。いやあん」

 今日に限って、何故か自分に都合の良い言葉だけが浮かんでくる。

 先ほどまで愚痴を聞かせていた枕を、葉月はぎゅうっと抱きしめた。

 

 このオジサンはデリカシーがない。

 なのに、ずるい。

 どんどん好きになっていく。

 

 葉月は緩んだ顔を両手で包むとバスルームへと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る