第2.5話 幕間:団子屋の娘の反省会
久住葉月の家は柴又にある。
帝釋天参道の中ほどにある、古い団子屋だ。
電車を乗り継ぎ、重い足を引き摺るようにしてたどり着いた時には二二時をとっくに過ぎていた。
団子屋の朝は早い。両親は寝てしまっている時間だ。
隣家とのすき間を通って店の勝手口に向かうと、葉月はそっと鍵を回し、静かに中に入った。
店の中は真っ暗だが、日中と変わらぬ、もち米を蒸した匂いと、みたらし団子のたれの匂いが充満していた。ぐうっと葉月の腹が鳴る。
「あーもう。この匂い嗅いだらまたお腹空いてきちゃった」
西島の前で大盛りカップ麺をかき込むのが恥ずかしくて、見栄を張ってミニタイプのものを選んだのがいけなかった。
「せめて普通サイズにするべきだったなぁ」
そう独り言ち、きつくなったパンプスを脱いだ葉月は、着替えもせずに台所へ直行した。
そこに僅かに残る匂いで、今日は肉じゃがだった事が分かる。
夕飯は要らないと言ってしまった事を後悔しつつ、葉月は音を立てぬよう、つま先立ちで台所を横断し、冷凍庫を開ける。
葉月の母・葉子は、『炊飯ジャーにご飯を残しておくと臭うし不味くなるから』と、残りご飯は全て小分けにして冷凍庫へ入れてしまうのだ。
冷凍ご飯を電子レンジで温め、温まったところで茶碗に移し替えてワサビを絞り、鰹節をかける。そこへ醤油をひと垂らしして──、後は無言で、食うべし! 食うべし! 食うべし!
「ふー……」
最後に冷たい麦茶を流し込んでフィニッシュ。ここまでがこのメニューの作法だ。
シンプルだが最高に贅沢で、立ったままこっそり食べると言う背徳感が、更に旨味を増幅させる。
片付け無くてよければもっと美味しいのだが、そうもいかない。
葉月は茶碗と箸を洗うと、水切り籠に入れた。
シャワーを浴び、自室のベッドに身体を投げ出し、葉月は今日一日を思い返した。
葉月のルーティン、一人反省会である。
「なんだかスッキリしないのよね」
捜査の事もそうだが、なにより西島との距離である。
一緒に捜査を行う中で、次第に打ち解けて距離が縮まったと感じることが最近は多い。
しかし、葉月がそう感じた途端、西島は急に壁を作る。その場の温度が急に下がるような、そんな感じを受けてしまうのだ。
「今日だって……」
帳場で二人で話していた場面を思い出す。
間宮が魅力的かどうかという話で、なんだか妙に盛り上がった。年の差も忘れ、まるで学生のようだと思った。
──久住はこういうのがタイプなのか。
あの時、葉月はどきりとした。一般的な話だと取り繕いながらも、内心ドキドキしていた。
しかし、その後葉月が間宮を引っ張ってはどうかと言った途端、西島は壁を作ったように思う。
勝手なことをするな、早く帰れと葉月を突き放した。
あの時は、自分の意見を聞き入れてくれない西島に少し腹が立った。被疑者を野放しにしておくことで、次の犠牲者が出ないとも限らないのだ。
だが、それ以上に、自分を拒絶された気がして悔しかったのだと、今になって思う。
「ハァ。カッコ悪……。一人で舞い上がって……」
葉月は再度大きく息を吐くと、スマホを取った。
こんな時は動画を見るに限る。お気に入りのチャンネルで大笑いして、明日もいつも通りこう言うのだ。
──おはようございます!
ベッドに横になったまま、葉月はニッと笑ってみせる。
よし。大丈夫。
そして、破天荒お笑い芸人のチャンネルを検索すると、再生する。
声を出して笑うと、なんだか気分が軽くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます