第2話 尾行
捜査会議の後、西島と葉月は、揃ってカメラ解析で分かった白パーカーの拠点へと向かった。
渋谷区、京王新線・幡ヶ谷駅。白パーカーの足取りはここで消えている。
二人は北口と南口に別れて張り込む事にした。
葉月は南口のハンバーガーショップの店内から窓越しに。西島は北口から地上へ上がったところにある、タバコ屋の角である。
白パーカーはなかなか現れなかった。時間が刻々と過ぎ、次第にここで良かったのかと焦り始める。
夕方になり、西島が暑さで立つのも辛くなった頃、ついに北口から白パーカーが出て来た。
緊張で西島の心臓が跳ねる。
男はこの季節にあって、長袖のパーカーにフードをしっかりと被っている。
──間違いない。
西島は確信した。
白パーカーは、西島が立っていたたばこ屋とは逆の方へと歩いていく。西島は一定の距離を保ちながら、男の後を追い、葉月に電話を入れた。
「こっちに白パーカーが現れた。そのまま待機しろ」
『了解』
ごちゃごちゃとひしめき合う様に住宅が建っている古い住宅街。軽自動車がやっと通れるくらいの細い道を、男は迷いのない足取りで進んでく。
その様子から、男が確実にヤサに向かっていると判断した西島は、慎重に尾行を続けた。
駅から九分程度歩いたところで、男は住宅街の袋小路の奥にある、ボロアパートの一室に入っていった。
どうやらここが男の住まいのようだ。暫くそこで張り込んだが、出てくる様子はない。
今日はこれまでか。
アパートの住所と男の部屋を確認すると、西島は葉月の待つハンバーガーショップへと戻った。
* * *
数日後、西島と葉月は、帳場の片隅で夕飯代わりのカップ麺を啜りながら白パーカーについて話し合っていた。
「間宮、廉……」
西島は、尾行及びここ数日の身辺調査等で身元が割れた白パーカーの名前を口にしてみた。
名前がはっきりすることで、一気に白パーカーという謎の人物が立体的になる。
間宮廉は三五歳で元外科医。父親の病院で医師として働いていたが、一昨年の母親の他界に続き、昨年父親が他界した事をきっかけに病院をたたんでいた。
以来無職であるようだ。
「親の遺産でニートか。いい身分だな」
ここ数日の間宮は、相変わらず廃工場や古い倉庫などの写真を撮って回ったり、クラブに出入りしたりする以外、特段何もしていない。
西島はそんな間宮の尻をただひたすら追い掛け回していた。
「あれ? 西島さん。このアパートって、ちょうど中野と中目黒の間ですね」
葉月が帳場に貼ってある地図を眺めながら言う。
「それに、一致しますよね」
葉月はプロファイラー・横井聡から配布されたサイコパスの特徴を指でなぞった。
① 三十代男性。
② 知能指数が高い。
③ 感情の欠如(共感出来ない、罪悪感がない)。
④ 社会的地位がある、人に尊敬される職業。
⑤ 経済的に余裕がある(高報酬を得られる仕事についている、または環境にある)。
⑥ 細かい事によく気がつく、慎重で計画性がある。
⑦ 女性が不信感を抱かないようなハンサムである。
「③や⑥の性格面については確認が取れませんけど……」
確かに。しかし、②、④の知能指数については、元ではあるが、医師だけに間違いないだろう。
⑤の経済状況についても、親の病院を売却しており、且つ、質素なアパートで生活している。貯金は十分なはずだ。
そして、⑦についても──。
西島は隠し撮りした間宮の写真を眺めた。
長身で足も長く、小顔。目鼻立ちも整っており、年齢よりも随分と若く見える。
男の俺から見てもイケメンだと思えるのだから、こいつから見れば、西島は随分と魅力的なのだろうな。
そんなことを考えながら、西島は葉月の横顔をちらりと見た。途端に目が合い、西島は慌てた。
「どうしました?」
「いやあの、間宮は魅力的なんだろうなと」
「あ、そうですね。うん」
葉月は即答した。
西島はまじまじと葉月を見た。葉月は間宮の写真をじっと見ている。
「……久住はこういうのがタイプなのか」
「え? 一般的に女子ウケするって言う話ですよ。私は、う~ん……」
葉月は腕を組んで考え始めた。
つくづく真面目な奴だ。西島は破顔した。
「別にお前のタイプなんか聞きたくねぇよ」
「ちょっ、聞いたの西島さんじゃないですか!」
そう言って葉月は、丸めた資料で西島の組んだ足をパコンと叩く。
「新米に突っ込まれた」
そう言いながらも不思議と西島は悪い気がせず、葉月もくすくすと笑った。
「明日にでも、イケメンを任意で引っ張ります?」
葉月の言葉に西島は首を振った。
「いや。早急過ぎる」
「でも、そんなことしてる内に次の事件が起きたりなんかしたら……」
「焦るな」
西島はきっぱりと言った。
確かに間宮はプロファイルに一致している点が多いかもしれない。しかし、先入観は危険だ。西島は過去の過ちから慎重になっていた。
「もう少し内偵を進める。勝手なことはするな」
「でも──」
「今日はもう遅い。帰れ」
まだ何か言いたげな葉月だったが、西島の取り付く島もない態度に、分かりましたと言うとバッグを取った。
「お先に失礼します」
そう言い残し、葉月が帳場を出ていく。
「クソッ」
遠ざかる足を音を聞きながら、西島は大きくため息をついた。
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