第二章
第1話 プロファイル
サンドイッチとコーヒーを買おうとコンビニに入った西島は、入り口にある新聞の見出しに吸い寄せられスタンドに手を伸ばした。
──ハングマン、中目黒でも処刑か。
センセーショナルなその見出しは、先日の中野と昨日の中目黒の、凄惨な殺人事件の犯人の事を指しているらしい。
ハングマンか──。言い得て妙とはこのことだな。
西島はサンドイッチとコーヒーに加え、その新聞も購入するとコンビニを出た。
警視庁庁舎に戻ると、机に突っ伏していた葉月が顔を上げた。
「起こしたか」
「いえ……」
そう言いながらも、葉月は眠そうに目をこすっている。
昨夜は遅くまで二人で防犯カメラとライブカメラの精査を行った。その為、西島も少々寝不足である。
だが、そのお陰で、白パーカーが住んでいるであろう地域を特定出来た。今日は捜査会議の後、実際にそこで張り込みを行うつもりだ。
「ほら」
西島は葉月の前にコンビニの袋を置いた。
「食っとけ。もうすぐ捜査会議が始まる。腹が減ってちゃ、集中も出来んだろう」
「うわ~。西島さん、わざわざ買って来てくれたんですか?」
葉月は嬉しそうに袋の中を覗き込む。
西島は急に照れ臭くなった。
「別に……俺も食いたかったんだよ」
そう言うと、西島は自分の分のカツサンドを袋から出し、新聞を広げた。
「いただきます!」
新聞の向こうで、がさがさと袋の音がする。その音を聞きながら、西島は不思議と満ち足りた気持ちになった。
誰かと一緒に仕事をする事が久しぶりなせいだろうか。
「ん~。フルーツサンド美味し~い! んん? あの……、西島さん?」
「ん?」
「新聞逆さまですけど。読めます?」
「……問題、ない」
記事なんか、読んでなかった。
* * *
捜査会議が始まった。
一連の事件を、捜査本部も連続殺人事件と認定。また、戒名を「ハングマン連続殺人事件捜査本部」とした。
戒名とは、捜査本部に付ける名前のようなものである。
そして、今回は色々と動きがあり、西島も興味深く耳を傾け、葉月は熱心にメモを取っていた。
先ず、中野と中目黒、其々のスマホから得た情報についての報告があった。
第一の殺人の被害者・山中涼子のスマホからは、先だっての調べで、特段目立ったものはなかったとの報告だった。
しかし、サイバー犯罪対策課が更に調べを進めたところ、被害者はスマホのメールやラインなどは使わず、WEBメールで特定の人物とやり取りしていたことが発覚した。
スマホに履歴が残っていなかったのは、山中涼子が都度WEBメール閲覧の履歴を削除していた事によるものらしい。
また、そのやり取りの内容から、山中涼子は、同じショッピングセンターに勤める男と不倫関係にあると推測された。
現在そのアカウントから相手を特定中であるという事だった。
次に、第二の殺人の被害者・加藤美香も、SNSで乱交の相手を募っていたことが明らかになった。
不特定多数の相手に、性的な行為が可能である旨の内容を、DMと言うSNSの中で個人的なやり取りが出来るシステムを利用して送り、リアクションの有った者と実際に会うという事を繰り返していたようである。
しかし、最後にやり取りをした相手とは会えなかったらしく、SNSに『ブッチされた』と待ちぼうけを喰らい、漫喫で泊まるしかないと言った内容が呟かれていた事が分かっている。
やはり、男を誘ってホテルなんかを渡り歩いていたか。
西島は、加藤美香の写真を眺めながら溜息をついた。
SNSで男を誘う女──。
不貞行為を行う主婦──。
「──!」
西島は思わず立ち上がった。
「どうかしましたか? 西島刑事?」
演題で進行を行っていた森永警部が、冷ややかな目で西島を見つめた。
会議室の捜査員の目が、一斉に西島へと集まる。
「あ、いえ……。何でも……ありません」
西島はそう言うと、静かに席に着いた。
周囲で嘲笑とひそひそ声が起こる。
「静かに。続けます」
そう言って、森永が会議の進行を続ける。
──耐えろ。
西島は膝の上で手を強く握りしめた。
そして、先程頭の中でひらめきを思い出す。
夫がありながら、同じ職場の男と不貞行為を働いていた主婦、横井涼子。
SNSで男を誘い、恐らく、淫らな行為をする代わりに寝泊まりする場所を確保し、金品を受け取っていたであろう女、加藤美香。
壁に掛かれていた『Guilty』、有罪の文字──。
犯人──ハングマンは、適当に得物を選んでいた訳ではないのではないか?
ハングマンにとって、有罪である女は──。
「西島さん」
隣の葉月の声で西島は我に返った。
「大丈夫ですか?」
小声でそう言いながら葉月が覗き込んで来る。
西島はふいと視線を外して言った。
「別に。なんでもない」
我ながら、抑揚のない冷たい言い方だった。視界の端で、葉月が俯くのが見える。
胸を突かれるような痛みが走った。
* * *
「──さて、ここで皆さんにご紹介したい方がいらっしゃいます。先生、どうぞ」
森永に促され、一人の男が演台の横に立った。グレーのピンストライプのスーツをびしりと着こなした、四十絡みのビジネスマン風の男である。
「横井犯罪心理学研究所所長、横井聡先生です。今回、あまりに猟奇的な事案であるため、一課長である因幡警視たっての依頼で、ご意見を賜ることになりました」
森永の紹介で、横井が静かに頭を下げ、森永に代わって演台に立った。
「横井です。この度、因幡警視よりご相談頂き、こちらに参加させて頂くことになりました。アメリカで培ったプロファイラーとしての知識を遺憾なく発揮し、皆さんのお役に立てることが出来れば幸いです。よろしくお願い致します!」
横井はそう挨拶するとさわやかな笑顔で会釈をした。
プロファイリングとは、犯行現場の状況や犯行の手段、更には被害者などについてのデータを、統計や心理学的アプローチ等から、犯行のタイプ、犯人の年齢、性別、性格や生活様式、職業などを予測するものである。
なかなかの精度とは言え、それが必ずしも一致する訳ではない為に、プロファイリングは占いと何ら変わりがないと揶揄する捜査員も多い。
西島も、プロファイリングについては懐疑的な部分が無きにしも非ずで、内心お手並み拝見と言った気持ちでいた。
「それでは、私が頂きました今回の事件の各種データから、プロファイリングした犯人像を申し上げて参ります」
横井がそう言うと、会議室正面のモニターに、犯人像としてその特徴が映し出された。
① 三十代男性。
② 知能指数が高い。
③ 感情の欠如(共感出来ない、罪悪感がない)。
④ 社会的地位がある、人に尊敬される職業。
⑤ 経済的に余裕がある(高報酬を得られる仕事についている、または環境にある)。
⑥ 細かい事によく気がつく、慎重で計画性がある。
⑦ 女性が不信感を抱かないようなハンサムである。
会議室に、ほう、と言うような感嘆のような声が上がった。
「これらの根拠については、これからお配りする資料をご覧頂くとして、私が強く皆さんに進言させて頂きたいのは、今回のこの犯人像は、サイコパスの特徴に見事なまでに一致すると言う事です」
会議室がざわつく。横井は演台からマイクを外すと、それを手に、会議室の正面に移動した。皆の視線が横井と一緒に移動する。
全員の目が自分に向いていることを確認すると、横井は再び話し始めた。
「サイコパスは冷徹で、自分の行動に対して罪悪感を感じず、犯罪その物を楽しむ傾向があります。そしてとても計画的で、且つ、『魅せる現場』を作ろうとします。何故でしょうか」
横井はそう問いかけ、しかし誰に答えさせる訳でもなく言った。
「そう! その現場その物が、彼にとっての作品、芸術だからです!」
捜査員達が頷くのを、横井は満足そうに眺め、末席の西島は冷めた目で見ていた。随分と芝居がかっているように見えたのだ。
プロファイルねぇ……。
配られた資料をぺらりと捲る。
それを眺めながらも、西島の脳裏からは白パーカーが離れなかった。
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