第29話:薪拾い

「本当に獲物を選ばずに追い込んで良いの?」

「日当分を稼げないかもしれないよ?」


 エマとリナが心配そうに聞いてくれる。

 正義感の強い2人は、昨日騎士たちから奪った利益を受け取ってくれなかった。

 その上、今日の稼ぎまで心配してくれている。


 自分たちが損をする事を気にしている訳じゃない。

 損をしたら僕が全部払うと思っているから心配してくれている。


「大丈夫だよ、魔境の巨木を斬り出して運ぶから日当分は稼げるよ。

 お金はどうとでもなるけれど、命や健康は、何かあったら取り返しがつかない。

 危険なく追い込める魔獣だけでいいよ、もう十分稼いだから」


「そうね、ショウはもう十分稼いだわね」

「その気になれば騎士家を買い取れるくらいの大金持ちだもんね」

「「自由騎士様!」」


 僕をからかう言葉を放ってから、エマとリナは魔境の奥に走って行った。

 僕が騎士たちを決闘に追い込むために使った身分、自由騎士が気に入ったようだ。

 自由騎士は、平民が騎士を自称詐称する時に使う事が多い。


 異世界から落ちてきた僕は、身分制度のない日本で生まれ育った。

 無理矢理身分を当てはめるなら、平民になると思う。


 歴史にくわしい人なら、騎士や貴族に近い平民の言い回しを使えるのだろうけれど、僕には分らないので、平民か自由騎士のどちらかしか名乗れない。


 異神眼を使って重臣会議で起こった事を見ているのだが、多くの政敵を暗殺していたストックトン宮中伯は自殺させられる事になった。


 実質的には処刑なのだが、悪事を見逃して来た王や王族に責任が及ばないように、無理矢理自害させて、病死した事にする。


 なかなか決められないでいるのが、僕の処分だ。

 どれだけストックトン宮中伯が悪くても、高位貴族が平民に追い込まれて死ぬ事になったとは認められないようだ。


 貴族は平民よりも優れた存在でなければいけないそうだ。

 ストックトン宮中伯は処罰するしかないが、僕も殺さなければいけない。

 それが重臣会議に出席している多くの貴族の考えだ。


 それを王都行政官と少数の良識ある貴族が反対している。

 僕がワナをしかけた事もあって、今回の件は王都中にウワサが広まっている。

 僕を処罰すれば、愚かな王と悪質な貴族の報復だと丸分かりだ。


 王都行政官と少数の良識ある貴族は、これ以上国王陛下と王国の名誉を地に落とせないと言って止めている。


 僕はどちらに決まっても平気だ、襲ってくるなら返り討ちにする。

 だけど僕が側にいない時にエマとリナが襲われると、守りきれないかもしれない。

 だから襲って来るのか来ないのか、できるだけ早く知りたい。


 王や重臣達がなかなか結論を出ないので、どのような方法を使って迎え討つのかも決められない、結論がでるまで何度も異神眼で重臣会議を見なければいけない。


「燃料にする枝を斬り落とすから集めろよ」


「「「「「はい!」」」」」


 僕の言葉に子供たちが大きな声で返事をする。

 女でも子供でも良いから集まれと言ったから、そこそこの人数の子供がいる。


 男ほど足腰の強くない女もいるので、一緒に魔境の奥には行けない。

 だから、金にならない魔獣でも良いから追い込んでくれとエマとリナに言った。


 魔境の周辺で、女子供でも安全にできる仕事を与えないといけない。

 それが燃料に使う、魔境の巨木から斬った枝を運ぶ仕事だ。


 魔樹と呼ばれるほど巨大で堅い魔境の木。

 その巨木は、小枝ですら普通の人間では切り落とせない。


 神々から良いスキルを得た者が、それなりの回数祝福を得て初めて切り落とせる。

 魔樹の小枝は火付きが悪いが、1度火がつくと長く燃えて良い燃料になる。


 普通の人間、木こりでも切り倒せる木から作った薪が1抱え4アル。

 魔境と王都を10回往復しても40アルにしかならない。

 大人が背負子で3抱え分を10往復運んでも120アルだ。


 だがこれは王都内に住む人間が運んだ場合だ。

 入都料が必要な王都外の貧民は、大城門前で木こりギルドや燃料ギルドに買い叩かれるので、半額になってしまうのだ。


 だが、薪として最高級品の魔樹の小枝なら、1抱え40アルで売れる。

 普通の薪の3倍の火力で5倍の時間燃え続ける魔樹小枝は、軽くて場所を取らない事もあり、貴族や金持ちに人気なのだ。


 だが10倍もの値段がするだけあって、小枝ですら切り落とせる者は少ない。

 しかも金属と同じくらい堅いので、切り落とす斧や鉈が直ぐボロボロになる。

 だけど僕は鉄剣に風魔術をまとわせているので、剣を痛めずに斬り落とせる。


 それに、単に金儲けの為だけに斬り落としている訳ではない。

 経験値を稼いで実力を高めるために斬り落としているのだ。


 【身体強化】【疾風斬】【烈風斬】【旋風斬】【襲風斬】【暴風斬】【嵐風斬】などのスキルを使って斬り落とすと、スキルの習熟度が上がる事が分かったのだ。


 魔獣を殺さなくても、スキルの習熟度が上がっただけでも、神々の祝福が与えられると、異神眼で色々と見ている間に分かったのだ。


「ショウ様、次の枝をお願いします」


「分かりました」


 少し物思いにふけっている間に、荷役の人たちが枝を拾い集め終わった。

 428人も集まると、薪用の小枝拾いなどあっという間に終わってしまう。


★★★★★★


「行ったわよ!」

「数は少ないわよ!」


 2時間、貧民街と東南魔境の間を、薪を背負って3往復してもらった頃、エマとリナが魔獣を追い込んできてくれた。

 汗まみれの姿に、必死になって獲物を探して追い込んできてくれたのが分かる。


「ありがとう、必ず全頭狩って見せる!」


 前回見逃したダチョウの群れの生き残りが37頭だった。

 小さな群れを吸収したのか、弱い群同士が生き残るために集まったのかは分からないが、僕が覚えているよりも少し数が増えていた。


 37頭、1頭も逃がさずに首を刎ねて殺す。

 いつも買取係ほめられている最高の肉にすべく、完璧な血抜きをする。

 運ぶための担い棒も高級薪に使える魔樹を斬り倒して作る。

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