第34話 俺と僕との続きを

「おはよう,翔琉,拓海。」

「おっす,悠人。」

「おはよう,悠人。」


 珍しい組み合わせで談笑していた二人に挨拶すると俺は自分の席に行き、周りを見ると昨日と同様にクラスメイト達はこちらをチラチラと見ていた。だが,その教室の雰囲気を無視して二人組の男子が俺に声を掛けてきた。


「御神,おはよっす。」

「珍しいな,お前がこんな時間に登校とは。それに,少し顔色が良いな。」

「そうか?」


 口元を緩めて洸輔がそう言うと彼は俺に顔を近付けた。それを確認すると,同じように挨拶をして隣に居た陽輔は周囲を警戒した。


「昨日,弟と何かあったのか?」

「ああ。……何か,問題でも起きたのか?」

「今のところはない。だが,お前とあいつが喧嘩したと聞いてな。一応,警戒に越したことはないだろう?」

「……悪い,委員長。手間を掛けさせた。」


 気にするなと彼は肩を叩くと席から離れて行った。


「御神,頼むから遙人と殴り合いだけはしないでくれよ?そうなったら、俺達は遙人の方に回ることになるからな。お前っていいやつだと思うから、あんまりそういう関係にはなりたくないんだよ。」

「善処はするよ。ありがとうな。」


 それを聞くと彼はニッと笑い,洸輔と同じように席を離れて行った。少なからず,自分と遙人に喧嘩をしてほしくないと思っているのは一定数はいるのだ。それを思うと美月に言ったように遙人と一度話し合いをする必要があると改めて決心した。


「御神君,おはよう。」

「おはよう,常盤さん。昨日は色々とありがとう。」

「ううん。私も色々と話せてよかったと思ってるから。」


 挨拶してきた彼女がそう言って微笑むと本当に胸のつっかえが無くなるような気がした。それにしても,今日は頻繁に挨拶ををされるなと思っていると,ちょうど遙人が教室に入って来て,葵達と一緒にいた美陽が急に遙人に頭を下げ出したのだ。


「……美陽の奴,遙人と何かあったのか?」

「昨日,遙人君と教室で喧嘩したんだって。何か色々と聞いたみたいだから。」

「あいつが遙人と喧嘩?俺以外の男子と喧嘩するって珍しいな。」

「そうだね。それと,御神君に謝らないといけないことが……。」


 謝らないといけないこと?何だろうと思っていると今度は遙人と話し終えたのか,美陽がこちらの前まで近付いてきた。


「おはよう,ユウ。美月から事情は聞いたわ。……誰が猪突猛進の猪ですって?」


 その言葉を聞き,冷や汗をかきながら怒った笑顔で睨む美陽を他所に申し訳なさそうにする美月を見た。さっき謝って来たのはそういう意味だったのかと俺は美陽の顔を見て乾いた声で笑うしかなかった。


「まあ,今はそのことはいいわ。今日,神条君と話をするんでしょう?」

「そのつもりだ。お前こそ、昨日あいつと何があったんだ?」

「真相は自分で確かめなさい。それと,もうあなた達には何も言わないでおくわ。まあ,これで仲直りができなかったら二人とも大馬鹿者って言って諦めるわ。」

「俺だけじゃなくてあいつにも酷い言いようだな。本当に何があったんだ?」


 ユウみたいな不器用な弟を持った気分よと言うと彼女は葵と結衣の所に戻って行き,それを聞いた美月はクスクスと笑っていた。


「お姉ちゃん,あんな風に言ってるけど,家では遙人君のこと物凄く心配していたから。……御神君に聞いたこと,お姉ちゃんにも話したから。」

「!?……そっか。なら,俺もいい加減,躊躇してられないな。」


 俺は席から立ち,遙人の席に向かおうとした。その背中から美月から頑張ってねと一言だけ言われて俺は軽く手を振った。


「…………。」

「……遙人,少しいいか?」


 1限目の授業の用意をしていた遙人の前に立ちそう尋ねた。昨日喧嘩していた自分達が今度は何事だろうとクラスメイト達はザワザワと自分達の行動を見守っていた。


「悠人から声を掛けて来るなんて珍しいね。僕に何か用かな?」

「今日の放課後,少し時間はあるか?……話がしたい。」


 遙人は一瞬考えると溜息を吐き,場所は僕が指定するよと言うと俺は了承した。だが,その話を聞いていたクラスメイト達は更に騒ぎ出してしまった。


「おいおい,どういうことだ?話がしたいって。まさか,決闘じゃないだろうな?」

「嘘でしょう……。二人が決闘だなんて。でも,御神君は話がしたいって言ってただけだから決闘じゃないかも……。」

「でも,食堂で喧嘩しかけていたって聞いたぞ。大丈夫なのか,あの二人……。」


 教室中から騒いでいる声を聞いて美陽は何とかした方がいいのでは思い,鎮めようと動こうとしたが,その前にクラスに居た誠央学園の女子が俺達に声を掛けてた。


「ゆ,悠人君!それに神条君も!喧嘩はしない方がいいと思うんだけど……。」

「別に喧嘩をするつもりはないよ。ただ,話をするだけだ。」

「で,でも,悠人君、怒って……。」

「悠人,そんな顔で言うから誤解されるんでしょう。【女性恐怖症】なのはわかるけど,もう少し女子には優しく言ってあげないと。」

「……悪かったな。」


 不貞腐れた俺を無視して遙人は席を立ってその子の前で微笑んだ。


「本当に話をするだけだよ。彼と喧嘩をするつもりはないから。それに……。」


 彼は言い掛けると口元に人差し指を立てて片目を瞑った。


「男同士の内緒話に横入りするのはいけないことだと僕は思うよ?違うかい?」

「!?!?う,うん……。」


 顔を赤くして彼女は頷くと遙人は自分に後で場所を教えると言って教室を出ていた。そして,彼が居なくなった瞬間,教室は別の意味で騒がしくなった。


「男同士の内緒話…………まさか,遙人ってそっち系の趣味なのか?」

「ちょっと待って!?あの二人って双子の兄弟でしょう!?……でも,イケメンと隠れイケメンの秘密の関係。……イイ,凄くイイわ!!」

「そういえば,神条って【女性恐怖症】だったよな?……!?まさか,女子を拒絶していたのは,そっち方面に目覚めていたからか!?」


 先程と違う好奇な目,特にクラスメイト女子達は熱い視線を送られると俺は顔を引き攣らせた。あの野郎,何て勘違いをクラスメイトにさせているんだ。だが,その話を聞いた翔琉と拓海は何故か肩に手を置いて真剣な眼差していた。


「悠人,お前がどんな趣味だろうと俺はお前の親友でいるからな。」

「大丈夫だよ,悠人。僕も遙人がそっち系の趣味だろうと君が彼を受け入れるなら僕はいつまでも君達の味方だよ。」

「っ……お前達,絶対分かって言ってるだろう!!」


 二人の顔を見ると,今にも笑いそうな顔となっており,そんな二人の表情を見て俺は珍しく素で二人に怒り出した。


「あんな顔で怒る御神って初めてじゃない?」

「うん。何か憑き物が取れた顔だね。みはるん,本当に何があったの?」

「ごめんなさい。それは二人から話そうと思うまでは私から教えられないわ。でも,本当にいつもと表情が違うわね。……よかったっと言えばいいのかしら。」

「そうじゃない?……ん?美月,どうしたの?」


 さっきからずっと悠人のことを見ている美月を不思議そうに葵が尋ねると美月はボソッと目を疑うような発言をして3人は唖然としてしまった。


「遙人君と御神君のそういう関係。……少し,見てみたいかも。」

「「……えっ?」」


 美月から出たその言葉に2人は目を疑い,美陽に至っては妹のそういった趣味に頭を悩ませた。美月,あなたってそっちの趣味もあったの……?


 ********************


「おい,遙人。朝のあの話はどうしてくれるんだ!クラスメイトだけじゃなくて別のクラスの奴等にも疑われているんだぞ!」


 放課後,約束通り遙人が指定した場所に一緒に向かいながら朝の教室の出来事を抗議していた。しかも,俺を狙っている女子達からも質問される事態にもなったのだ。


「放っておけばいいと思うよ。無理に反論すると逆に本当だと疑われるからね。それに,真実味を帯びさせているのはそっちの【女性恐怖症】が原因じゃないの?」


 今朝の発言で御神悠人と神条遙人が喧嘩をしているのは兄弟喧嘩ではなく痴話喧嘩なのでは?と噂されるようになり,学園中に悠人&遙人という謎のカップル疑惑が浮上する事態になってしまったのだ。


 そして,その話を聞くと自分を今まで狙っていた女子達は困惑する子達と興味をそそられる子達に分かれることになり,グループの子達もグループ内で同じように別れてかなり困惑しているらしく遙人に対して何も言って来なかったのだ。


 だが,流石に全学年の男子達のあの目はやめてほしかった……。【女性恐怖症】であるのは事実なので,まさか自分達は今まで悠人に狙われていた!?と思われて青ざめた顔で俺を見つめらることになり,翔琉や葵達は大爆笑していた。


 ……解せぬ。


 そして,美月だけ自分のことを見て目を輝かせた表情で見ていたのは気になったが,今はその話を置いておこう。


「昔と違って変わったなお前は。俺も人のことを言えないがな。」

「そっちが居なくなって2年間。色々とあったんだよ。本当に,色々とね。それから,そろそろ着くよ。」


 どうやら,向かっていた場所は体育館であると気付いた。しかし,この時間はバスケ部が体育館を使用しているんじゃないかと思っていたが,体育館前の扉に見たことのある男子生徒が立っていた。


「やあ,遙人君。それと,御神君は先日の交流会以来かな?」


 そこには爽やかな笑みを浮かべた星陵学園のバスケ部の部長が待っていた。確か,佐倉先輩だったかな?どうやら,自分達を待っていたようなのだ。


「すみません,先輩。我儘を言って。」

「気にしなくていいよ。今日は全員急遽休みにさせたから。どちらかと言えば,皆喜んでいたけどね。」


 その言葉を聞き,お互いに苦笑すると,部長さんはポケットから体育館の鍵を出して遙人に渡した。


「用事が終わったら職員室に返してくれていいから。それじゃ、ごゆっくり。それから,御神君。……仲直りができるといいね。」

「!?……はい。」


 自分の肩を叩くと彼は手を振ってその場を後にした。どうやら,上級生の方にも今回の話は挙がっているみたいでどれだけ自分達が注目されているか改めて理解した。そして,遙人が体育館の扉を開けるとやはり中は静まり返っていた。


「いいのか?バスケ部の練習があるんだろう?」

「バスケ部には休んでもらったよ。僕のお友達に協力してもらったけどね。……君の先輩,女子達と遊べると言って泣いて喜んでいたよ?誠央学園の男子生徒って女子に飢えてるの?」


 俺は頭を抱えた。こいつ,自分の女友達を使ってバスケ部を休ませたな……。しかも,先輩達もなにやっているんだろう。色々と思うことはあったが,俺はそのことを頭の隅において目の前のことに集中することにした。


 折角,遙人も色々とお膳立てをしてくれたのだ。この機を逃すと次はいつになるか分からないからだ。


「それで,僕に話って何?」


 体育館の扉を閉めて薄暗い壇上に座り込むと俺に尋ねてきた。


「いい加減,決着を付けようと思ってな。俺とお前の間にある禍根を。そして,あの日の出来事の続きを……。」


 そう言われて遙人は大きな溜息を吐いた。だが,それと同時に彼は寂しそうな顔をした。まるで,その話に触れられたくないような全てを包み隠すような瞳で……。

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