第33話 重すぎる計画と真実を知った姉妹

「僕という存在を犠牲にして彼等に痛みを知ってもらうって……。」

「そうだよ。その前に,悠人が居なくなった後,中学校で何が起こったか話さないと駄目だね。」


 遙人は右腕のシャツを捲り上げた。その腕にはうっすらとだが,傷のような跡が未だに残っていたのだ。


「……その傷は?」

「悠人に付けられた傷だよ。中学の時に大喧嘩したことは聞いているでしょう?あれは大喧嘩って状況じゃなかったよ。……最早,半分は殺し合いに近かったからね。」

「!?!?」


 幼い時に父から武術を色々と習っていた影響か,殴り合いだけでは終わらず,等々二人とも刃物まで持ち出すほどの大喧嘩になったらしいのだ。


 だが,その時は偶然,父が出張から帰ってきたことで二人とも父に取り押さえられて事なきことを得たが,あのまま父が帰ってこなかったら二人ともただでは済まない状況であったと聞かされた。


「二人は兄弟何でしょう!?どうして,そこまで……。」

「それくらい悠人は自暴自棄になっていたんだよ。大切だった母と妹を憎むほどにね。それに,僕もあの時は悠人の言葉で頭に血が上っていたから……。」

「っ……。」

「まあ,二人とも全治数週間の大怪我だったよ。あと,喧嘩した翌日から悠人は学校に来なくなって,その数日後には全寮制の中学校に転校してしまったよ。」


 捲り上げたシャツを戻して続けて彼は語り出した。


「悠人が転校したこと,この怪我を見てクラスメイトは何事かと思って事情を尋ねてきたんだ。僕は何も言わなかったけど,担任の先生達に事情を聞いた友人達は皆青ざめていたよ。何せ,彼等の中には悠人から離れていった友達もいたからね。だけど,その話で一番ショックだったのは悠人のことを狙っていた女の子達だったよ。」


 その時の状況は悲惨としか言いようがなかった。彼女達が悪かったとはいえ,年端の行かない女の子達にその事実を話すべきなのか……。案の定,その話を聞いた女の子達は泣いて謝りにくる子も要れば,立ち直れなくなった子達さえも居たのだ。

 

「自分達が悠人を追い詰めて挙句の果てに僕達の家族を滅茶苦茶にしてしまったことに土下座までする子達も居たよ。とんでもないことをしてしまったとね。だけど,あの事件が起こってしまった原因はじゃないんだ。」


 それ以降,中学校の周りの状況は大きく変わり始めた。彼女達は悠人のことを完全に諦めて実家に帰ってきたら謝罪しようと前を向き出し,悠人の周りを離れていった男子達も同様に彼が戻ってきたら改めて謝罪しようと前を向きだした。


 悠人という存在が居なくなったことで皆は初めて痛みを知り,自分の愚かさを身に染み,本当の意味で御神悠人と言う存在に向き合おうと思ったのだ。


「悠人に話してないけど,中学の時に比べたら変わり過ぎていると思うよ。僕に対しても過保護すぎるだろうって思うぐらいだから。でも,彼等に取ってはそれくらいしないと自分達がしてしまった罪が償えないと思っているんだよ。だから,敢えて僕は彼等の好意を甘んじで受けることにした。悠人が見たらびっくりするだろうね。」


 自分は驚いた顔で遙人の話を聞いていた。悠人が【女性恐怖症】になった事件や家族が滅茶苦茶になった事件があったとは云え,現在の彼の故郷は彼のことを皆心配してくれているのだ。


 そう思うと,彼は誠央学園よりも実家に戻った方がいいのではと思ってしまった。だが,それはある問題を解決しないとできないのだ。


「悠人が母さんと妹に言ったことは事実だから傷付けたことに変わりはないんだよ。それに,悠人はその時のことを今でも後悔していると思うんだ。自分が二人を傷つけてしまったとね。だからこそ,彼がやったことは仕方がなかったことだと思わせる必要があったんだ。原因が周りの状況であったと思わせるように。」


 彼は髪をかき上げて素顔を見せた。そこには悠人と同じ素顔があったが,悠人のような薄暗い深海のような引き込まれる瞳の色ではなくエメラルドのような綺麗な緑色の瞳をして顔立ちも悠人に比べて何処か柔らかい雰囲気をしていた。


 ただ,その瞳の奥は悠人よりも深い闇の中にいるように暗く見えてしまった。


「実は悠人が誠央学園の女子達から狙われていることは前から知ってたんだよ。」

「えっ!?」

「僕の知り合いにとんでもない情報屋が居てね。その人から誠央学園での話を聞いた時にある計画を思いついたんだよ。中学に起きた事件と真逆の状況を作り出したら悠人は吹っ切れることができるし,彼の周りも変わることできるんじゃないかとね。今にして思えば無茶苦茶な計画だったよ。」

「ちょっと待って!?それって,つまり……。」

「そうだよ。常盤さん達がよく言っている。僕に嫌味を言ってきていた誠央学園の学生達を利用して僕を虐めてもらおうと思ったんだよ。そして,時が来たら皆に気付かれないように失踪しようと考えていたんだよ。君達が原因で再び家族の中を引き裂かされたという物語シナリオにしてね。だけど,計画は全然上手くいかなかった。赤松先輩の件もあるけど,予想以上のことが多すぎたんだよ。」


 編入当初,悠人に喧嘩を吹っ掛けたことで女子達の怒りを買い,自分を目の敵にさせようと考えていた。しかし,予想以上に彼女達は手を出して来ず,男子達も美月と付き合っていることで何か言ってくるかと思っていたが,陽輔達が必要以上に手を出すなと言い続けたことでほぼ手を出して来なかったのだ。


 そして,先日の赤松先輩の事件。あの事件以降,自分は誠央学園の女子達から人気になってしまい,男子達も何もしなくなったのでどうしたものかと悩んでいたのだ。


 そんな中,先日悠人が突っ掛かり,事情を聞いた自分が遙人に激怒したのだ。


「誠央学園と星稜学園の友好を図ることに必死になっていた常盤さんは怒るかもしれないと思ったよ。僕のやろうとしていることは二つの学園の溝を更に広げてしまう恐れがあったからね。でも,これでまた僕に何かをしてくると思ったんだけど,誰かが火消しをしたのか,そのことが有耶無耶になっちゃったからね。今思うと,良かったのか,悪かったのか,よく分からないよ。」

「……どうして。」

「ん?」

「どうして,そこまでして自分を犠牲にしようとするの?ただ,ユウと話し合って和解すればいいだけの話じゃないの?」

「確かにそうだね。でも,僕達が仲直りしただけで周りが変わらないならそれは何の解決にもなってないよ。それなら,僕一人の犠牲で彼等が変わってくれるなら安いものでしょう?」


 その言葉を聞いた瞬間,私の中で何かが切れたのか,【男性恐怖症】であるにも関わらず,彼の首元を掴んで激しく睨み付けた。彼はその行動にも驚いていたが,どちらかと言えば,自分を見て悲しそうに泣いていることに驚いたのだ。


「いい加減にしなさい!自分一人が犠牲になれば安いもの?そんなことをユウが望んでいると思っているの!?自己犠牲からは何も生まれないわよ!?」

「彼は望んではいないだろうね。ああ見えて悠人は優し過ぎるんだよ。だからこそ,周りに付け込まれる。だったら,恨まれても僕が……。」

「それが間違っているって何で気付かないのよ!その後に残されたユウの気持ちを考えたの!?悲しむに決まっているじゃない!それに,そんなことしたらあなたは星稜学園に居られなくなるのよ!?美月や白星君との関係を捨ててでもユウのことを優先するって言うの!?それだけじゃない,神条君を慕っている他の友達も……。」

「それが必要なら僕は迷わないよ。お世話になった人達に申し訳ないけどね。」


 私に怒鳴られても遙人は意思を曲げなかった。ただ,彼は自分が犠牲になることを仕方がないような顔をしていた。その顔を見て私は更に激怒した。


「どうして,話し合おうとしないのよ!兄弟なんでしょう!大切な兄なんでしょう!ぶつかり合わなきゃ分からないことだってあるのに何一人で勝手に全てを解決しようとするのよ!」

「……常盤さん,僕にはもう生きている意味なんてないんだよ。」

「っ……。」


 私は彼を突き放し,鞄を持つと走って教室を出て行ってしまった。その悲しそうな後姿を見て,遙人は申し訳ないことしたと思いつつ,外を眺めた。


「ぶつかり合わなきゃ分からないことだってある,か……。本当に彼女は真っすぐ過ぎるな。太陽のように眩しすぎるぐらいだよ。」


 教室を赤く照らす夕焼けを見てそう言うと遙人も鞄を持って教室を出て行き,そのまま誰とも会わず,学校から帰宅して行った。


 ********************


「…………。」


 教室から逃げるように校内を走っていると私は少し落ち着くために中庭にあるベンチへ腰掛けた。そして,彼が最後に言った言葉を思い出した。


【僕にはもう生きている意味なんてないんだよ。】


 正直,一番自分が聞きたくない言葉であった。


【お姉ちゃんみたいに価値がないんだから生きていてもしょうがないでしょう!】


 美月と大喧嘩した時に彼女が私にぶつけた言葉。あの時,私はそれほどまでに彼女を追い詰めていたとは知らず,その言葉を聞いた時,本当に泣きそうになるほど悲しくなった。大切だと思っていた妹を私と言う存在が苦しめていたのだ。


 そのことを思い出すとやはり遙人が先ほど言った言葉が許せず,再び怒りが込み上げてきた。彼は一体,自分の命を何だと思っているのかしら。そう思っていると目の前に影ができ,私は俯いていた顔を上げた。


「お姉ちゃん,こんなところでどうしたの?確か,待ち合わせは正門だったははずだけど……!?ど,どうしたの!?」


 教室で涙を流していたことで目が赤くなっており,それを見た美月は何事かと思い心配したのだ。その心配そうな顔を見ると,私は大丈夫よと言った。


「…………。」


 美月は無言で自分の横に座り込むとこちらを凝視した。


「美月?」

「お姉ちゃん,何があったか教えて。」

「特に何もないわよ。目にゴミが入った……。」

「喋らないと1週間ずっと夕食をピーマン尽くしにするけどいいの?」

「うっ……。」


 地味にダメージの大きいことを言うわね,この子は……。引きつった顔で美月を見ると,彼女はいつにも増して真剣な顔で見ていた。仕方がないので私は先ほど遙人と教室で話したことを美月に教えようとした。


 だが,悠人の【女性恐怖症】のことに関しては話が重いと思ったのか,それとなく濁して教えた。


「遙人君がそんなことを!?どうして……。」

「私にもわからないわ。それにしても,何で自分が犠牲になることをまったく厭わないのよ!確かに,ユウを助けなかった罪の意識はあるかもしれないけど,やり過ぎでしょう!いつもそうだけど彼ってそんなに自分のこと顧みないのかしら!」

「…………。」

「美月?」


 何故か美月は黙り込んでしまい,先ほどから何かを言いたそうにしていた。すると,意を決してたのか,私の顔を見て話し出した。


「お姉ちゃん,遙人君が御神君を助けなかった理由って聞いたのかな?」

「……聞いてないわね。むしろ,神条君がやろうとしたことが衝撃的過ぎてそれどころではなかったわね。」

「そっか。……実はね,さっきまで御神君から色々と話を聞いてたんだ。」

「ユウに!?どういうことよ!?」


 今度は私が美月に詳しく話を聞こうと顔を近付けた。そして,美月から話を聞くと私は頭を抱えて二人の兄弟達を非常に哀れんだ。


「何よそれ……。ユウも酷いけど神条君も相当酷いじゃない。それは性格が変わってしまうのは頷けるわ。」

「うん。私もその話を聞いた時は驚いたかな。遙人君と偽装で付き合っていたけど,まったくそんな話はしてくれなかったから。」

「確か,美月は妹さんにも会っていたのよね?妹さんからも何も聞いてないの?」「何も言ってくれなかったよ。御神君のことすら教えてくれてなかったから。」


 二人の話から妹さんが悠人のことを怒っているのは確実だと思い,本当にどうしたものかと溜息を吐いた。だが,美月から聞いた話は全てが悪い話ではなかった。悠人がやっと重い腰を上げて遙人と話し合うと美月に言ってくれたのだ。


 今までのことを考えると十分な進歩で合った。


「それと,お姉ちゃん。遙人君には謝った方が良いと思うよ?やろうとしたことは問題はあったかもしれないけど,遙人君にも事情があったんだと思うから。」

「分かっているわよ。さっきの話を聞いたら怒ろうにも怒れなくなちゃったから。でも,美月は怒ってないの?あなたのことを捨てるつもりでいたのよ?」

「勿論,怒っているよ?だから今度,遙人君を連れて遊園地に行こうかなって。絶叫マシンフルコースで。」

「……美月,少しは手加減してあげなさいよね。」


 先日,彼から高所恐怖症と聞いていた私は美月が言った言葉を聞くと先程の自分の時と同様に顔を引き攣らせた。この子は怒るとやることが本当にえげつないと思ってしまい,こういうことは母によく似ていると感じた。


 そして,先程まで怒っていた遙人のことを今では心の中で合唱して無事に帰ってくることを祈っていた。


「ユウに何て言ったのよ?私が言ってもまったく話し合おうともしなかったのに。」

「お姉ちゃんは少し強引な所もあったからじゃないかな?それをしないといけないと思ったら真っすぐに突き進んでしまうから。」

「否定できないわね。」

「お姉ちゃんって一度決めたら本当に真っすぐだよね。御神君とも話していたけどまるで猪みたいって……あ。」


 口を滑らしてしまったと思い,壊れた機械の様に私の方を見て顔から大量の冷や汗をかいていた。何でかって?その話を聞いて私は笑みを浮かべていたからよ。


「美月,ユウと私のことを何て話していたのかしら?」

「え,え~っと……。」

「はっきりと言いなさい?言わないと怒るわよ?」

「……猪突猛進で猪みたいだって。」


 私はニコニコと笑いながら美月を見ていた。しかし,しばらくするとその顔は徐々に崩れていき,最後は悠人と喧嘩をしている時みたいに怒り出した。


「誰が猪ですって!?私はそんなにぽっちゃりしてないわよ!!食べた脂肪が全部胸にいっているあなたには言われたくない台詞だわ!!」

「怒る所そこなの,お姉ちゃん!?あと,声が大きいよ!ここ外だよ!?」

「うるさい!!それに,何で美月ばかり胸が成長するのよ!!私だって少しぐらい成長したっていいじゃないの!!!」


 その日,中庭で絶叫する私の声を聞いた学生達はその叫び声を聞いて顔を赤らめることもせず,何故か哀れんだ顔をしていた。そして,今日の出来事から彼等の中では1つ,暗黙のルールができてしまったのだ。


 常盤副会長の前で胸の話はご法度であると……。だが,そのことを渡しが知ることは永遠に訪れることはなかった。

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