第31話 あの日,弟が変わった出来事

「常盤さん?」


 後ろを振り向くとそこには亜麻色の髪を靡かせた美月が立っていた。どうやら,俺を呼んだのは翔琉ではなく彼女であり,そのことを知ると溜息を吐いた。


「御神君,ごめんなさい。嘘を付いちゃって。」

「別に気にしてないよ。あいつに協力してもらうとは思っても見なかったけど。」


 その言葉を聞くと少し微笑み,自分が座るベンチに腰掛けた。しかし,俺が【女性恐怖症】であることを知っているためか,距離を空けてだ。その行動を見ると俺は苦笑しつつも彼女のその行動を有難く思った。


 やはり,彼女は他の女子達と比べて自分の体質をよく理解してくれているので非常に助かっていた。


「それで,俺に聞きたいことでも?まあ,大方予想は出来るけど何かな?」

「じゃあ,遙人君とのこと何だけど……。」


 やはりかと思ってしまった。だが,彼女だろうとあの事件のことは話すことはできないのだ。……と,思っていたが,彼女が聞いてきたことは意外なことであった。


「遙人君と御神君って小さい時ってどんな関係だったのかな?」

「……えっ?」

「あれ?何か変なこと言ったかな?」


 不思議そうな顔でこちら見ている彼女を見ると困ったような顔をしてしまった。小さい時の自分達の話か……。正直に言えば,小学校低学年と中学校の時の話はお互いのことを思うとあまり教えたくないなと思い,彼女が遙人のことをどれだけ知っているか,確認を取ってから話そうと考えた。


「常盤さんは遙人の小さい時の話って何処まで聞いている?」

「小さい時は泣き虫だったってのは聞いたかな。でも,小学校の高学年になってから今みたいな性格に変わったって教えてもらったかな。」


 なるほど。となると,小学校の高学年の時の話はしても大丈夫そうかなと思い,彼女に色々と遙人の話をした。


「信じられないかもしれないけど,小学校の時は家族の仲は良かったよ。家族で遊びに行ったり,兄妹で一緒に登校したり,お互いに別々で友人が居たからお互いの友人達を交えて遊んだりもしたかな。知っているかな?あいつ小学校の修学旅行で女子達と約束でもしたのか,数名の男子達と女子達がいる階に不法侵入したんだ。」

「えっ!?遙人君,そんなことしていたの!?」

「結局,そいつ等は先生達に見付かって大目玉食らったんだけどな。だが,何故か遙人だけいなかったんだよ。どうしてだと思う?」

「もしかして,遙人君だけ侵入できたとか?」

「半分正解。あいつ小学校の時って俺よりも身長低くて堂顔だったから女子と間違えられることあってな。先生も後ろ姿だけしか見てなかったから女子と間違えられたらしい……。まあ,侵入した部屋の女子達に着せ替え人形されて女装までさせられたらしいのか,戻って来た時はかなり複雑な表情をしていたぞ。」


 他の男子達から一人だけずるいぞ!と怒られてもいたが,さっきの話をすると皆行かなくよかったと安堵していたと教えると美月は笑いそうになっていた。その他にも彼女に色々と教えた。


 家族でキャンプに行ったこと,遙人と妹が料理が上手で自分だけできないことに萎えていたこと,父と母が自分達がいる前でも熱々で幸せそうにしていたこと。流石に自分達が6年生の時まで妹と一緒にお風呂に入ってたり,添い寝をしていたことは恥ずかしくて教えることはできなかったが……。


 今思えば,小学校高学年の時の3年間は本当に何事もなくただ幸せな日々をが続いていたと思った。


「低学年の時はどうだったのかな?中学の時はその,言いたくないと思うから。」

「あの時は……。」


 正直,低学年の話は迷ってしまった。人によっては小さい時の話で終わらせることができるかもしれないが,その時の状況が喧嘩している今の原因に少し関わっているかもしれないと誰が思うだろうか?


 だが,彼女になら別に話しても大丈夫だろうと考えた。いや,遙人のことを知る彼女には話すべきだと思った。


「小学校低学年の時も楽しい日々だったよ。……一点を除いてね。」

「一点?」

「小さい時の男の子って可愛い女の子の興味を引こうとちょっかいを掛けたり,虐めたりすることってあるだろう?実は俺達の妹が典型的なそれだったんだよ。」


 あの頃は酷い状況だったと今でも思う。何せ,毎日のように妹にちょっかいを掛ける男の子達が後を絶たないぐらい大勢いたのだ。


「だから,俺と遙人は妹を守るためによくちょっかいを掛けてきた男の子と喧嘩をしていてな。自分は幼い時から父親から武術を習っていたからいつも勝っていたけど,遙人は違ったんだ。あいつの小さい時は容量も悪く泣き虫だったから,妹を守るために一緒に喧嘩をしていたけど,いつも向こうに負けていたんだよ。俺と同じように武術を習っていたのに全くと言って意味を成してなかったんだ。」


 それを聞くと美月は意外そうな顔をした。先日の遙人や今までの遙人を間近で見ていた彼女に取っては信じられないことだろう。


「それって妹さんを守れなかったてこと?」

「いや,俺が遙人の分までそいつ等をボコボコにして二度と妹に近寄らないようにした。妹に手を出す奴は誰であろうと許さん。」


 当時のことを思い出したのか,手をパキパキと鳴らすと何故か彼女は笑いを堪えてフルフルと身体が震えていた。


「常盤さん?」

「ご,ごめんなさい。もしかして,御神君ってシスコンだったりする?」

「う……。」


 そう言われて言い淀んでしまった。確かに妹を傷付けたことに変わりはないが,俺はシスコン……いや,超が付くほどのシスコンであると自他ともに認めている。


 何せ,仲が良かった時は妹に嫌いですと言われただけでショックのあまり寝込んで学校を休むほどであったのだ。あと,俺は妹にある言葉を言われると何かスイッチが入るのか性格が豹変してしまい,昔遙人に真顔で気持ち悪いとも言われたのだ。


「ゴホン。……まあ,その話は今置いておこうか。いつも喧嘩に負けていた遙人は泣いていて,いつも守ってもらっていた妹に慰めてもらっていたんだ。」

「それが遙人君の言っていた小さい時は泣き虫だったってことなんだ。」

「そうだな。でも,この話には続きがあるんだ。」

「続き?」

「俺は小学校の時から成績も常に1位で運動神経もとてもよかった。妹も色々と才能があったから小学校の先生達も褒めていたんだ。だけど,遙人だけは違った。あの時の遙人には何もなかったんだよ。それが原因で……妹を守っていたこともあって妹にちょっかいを掛けていた男の子達から虐めを受けていたんだ。」


 その話を聞くと美月は悲痛な顔して前に陽輔達と話していたことを思い出した。やはり,彼等にも昔そういった経験があったんだと改めて理解した。


「当時,堂顔で女の子っぽいて言われてもいたからな。男の子達に取っては何時も妹のことを邪魔されるし,俺より劣っているってことでほぼ毎日のように虐めを受けていたんだ。」

「酷い……。」

「ああ,本当に酷い話だよ。そして,それが続いたある日,小学校3年生の時に急に遙人は性格が変わったんだ。今みたいな大人みたいな対応を取るようになってな。正直,同級生だけでなく俺や先生達も驚いていたよ。」


 当時のことを思い出すと未だにあの出来事は驚く以外何物でもなかった。まるでそこにいる遙人は遙人でない気がしたのだ。


「あと,遙人が性格が変わった直後に遙人が虐めを受けていた件が公になったんだ。先生達や男の子達の親御さんも子供のことだからと放置していたらしいんだが,俺が時折,伝えていたことを父さんが教育委員会に報告したらしくてな。調べたらほぼ毎日虐めらていたことが判明して先生や男の子達の親が卒倒して遙人に謝りに来たんだよ。だが,2年近く虐めが続いたことを放置していたなんて謝って許される問題じゃないのは大人達はよく理解していた。だけど,遙人は一切,そのことを怒らなかったんだ。あいつ,その時何て言ったと思う?」


 俺にそう聞かれて美月は悩んだ。おそらく,遙人なら何食わぬ顔で特に問題じゃなかったというのかと思いそう言うと半分は正解だと言ってくれた。


「【子供の喧嘩なんですから仕方ないですよ。彼等もまだまだ子供なんですから大目に見て上げてください】。小学校3年生が言う台詞か,と今でも思うよ。先生も男の子達の親御さんも,教育員会から来ていた職員さんも目を丸くして驚いていたからな。……その時から遙人に対しての虐めも一気に無くなった。いや,逆に俺よりも友人は増えていったな。」

「遙人君って本当は高校生だったとか,別の人格が宿ったとかじゃないよね?」

「俺も一瞬,そうじゃないかって思った。」


 お互いに思うことが同じだったのか,そう言うと可笑しくなり笑いあった。二人とも多少は遙人の漫画の知識の影響を受けているようだ。ただ,何故遙人があそこまで性格が極端に変わったか,未だに理由は分かっていないが,遙人が変わったことで自分達はその後家族として居られた。


「遙人君も私と似たようなことがあったんだな。」

「常盤さんもそういうことあったの?」

「うん。私の場合は子供じゃなくて大人からだったけどね。」


 今度は俺が悲痛な表情を浮かべた。子供は子供で手加減を知らないが,言葉の暴力で言うなら大人の方がもっと酷いことだろう。すると,こっちの表情を見ると大丈夫だよと言って続きを話してくれた。


「お姉ちゃんが暴行事件を受けた直後ね,私は何もできなかったんだ。お姉ちゃんの変わりに社交界にも出なかったから。その性か色々と言われちゃって。お姉ちゃんよりも優秀じゃなかったからそれも含めて色々と……。それが積もりに積もって中学校の2年生の時にお姉ちゃんと大喧嘩してしまったんだ。」

「そうか。……美陽とは仲直り出来たんだよな?」

「お姉ちゃんとは仲直り出来たよ。私は私のままでいいって言ってくれたから。だけど,未だに大人達……お父さんも含めてその周りの人達は私のことを良く思ってないかも知れないかな。」

「常盤さんも色々と大変だな。他人行儀で申し訳ないんだけど……。」

「気にしないで大丈夫だよ。それに,ここに来てから毎日が楽しいから。ここに居る皆は私をちゃんと常盤美月として見てくれるから。」


 そう慈しむ様に校舎を眺めながら言うと急に風が吹き,彼女の髪を靡かせた。その光景を目にすると【女性恐怖症】であった俺は初めて目の前にいた女の子を綺麗だと思ってしまった。


「御神君?どうしたの?」

「い,いや,何でもない。気にしないでくれ。」


 まさか,見惚れていたなど言えず,顔を赤くして照れてしまった。すると,彼女は徐に先程から聞いた話からある提案を俺にして来た。


「御神君,私はお姉ちゃんみたいにこうした方がいいって強制はしないんだけど一度遙人君と話し合ってみたらどうかな?今の話を聞いていると二人って本当は仲が良いように聞こえたから。」

「でも,俺は母親や妹を傷付けた……。」

「御神君が恐れているのって,二人に何か言ったこともそうだけどそれを言っちゃうと遙人君に何か起こるからかな?もしくは,それよりも別のこと,とか?」

「!?」


 驚いた顔で美月を見ると微笑んでいた。どうやら,先ほど聞いた話で何か思うことがあったんだろう。それを聞くと俺はやられてしまったなと片手で頭を抱えた。


「理由は話せないけどその通りだよ。」

「そっか。御神君,優しいね。」

「優しくはないよ。」

「ううん,優しいと思う。それに,多分だけど遙人君の方でも何かあるんじゃないかな?御神君と同じように。」

「遙人も?」


 彼女にそう言われて考えた。確かに遙人の今まで行動を考えると何か隠しているんじゃないかということは薄々気付いてはいた。それに,先ほど食堂で見せた悲しそうな表情も気になり,彼女の言う通り一度本気で遙人と話してみるべきじゃないかと思えてきてしまった。


「……明日の放課後,遙人と話してみるよ。」

「!?そっか。ありがとうね。」

「負けたよ。美陽と違って強引な方法じゃないけどやることは似ているんだな。」

「お姉ちゃんは良くも悪くも真っすぐだから。こういう場合って何て言うんだろう……。猪突猛進?」

「言われてみれば,確かに猪みたいに真っすぐだな。最近,食べ過ぎてもいるし。」


 それお姉ちゃんの前で言うと怒られるよと言うと二人でまた笑い出した。彼女と話せてよかったと思い,俺はベンチを立ち上がると伸びをした。


「常盤さん,今度何かお礼をするよ。君と話せてよかった。」

「うん。御神君,明日頑張ってね。」


 俺は軽く挨拶してその場を離れた。彼女が来る前と違い,彼の心は憂鬱な気分ではなく晴れ晴れとしており,明日遙人を話すことを考えていた。


「(まずは二人にしたことを謝らないとな。それに,何であいつが俺にあんなことを言ったのかも……。)」


 夕暮れが照らす赤い空を見上げて俺は今まで起きた色々なことを思い出しながら考えると,彼はそのまま一人で帰路に着いたのだった。

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