第30話 すれ違う兄弟の真実

「…………。」

「…………。」

「「(どうしてこうなったんだろう……。)」」


 偶然,学食で遙人と美月と出会ってしまい,現在は4人で席に着くという奇妙な光景ができあがっていた。だが,先ほどから自分達の目の前にいる男の子の二人はお互いにまったくと言って口を開こうとはしなかった。


「美月,あなたって青葉先輩に呼ばれていたんじゃないの?」

「え~と,呼ばれていたのは本当だよ?ただ,蒼一郎先輩達は緊急の用事で外に出てしまって……。」

「それで約束はキャンセルってことね。それよりも……」


 チラッと先ほどからまったくと言って喋らずにいる目の前にいた遙人を見た。すると,美月も同じように目の前に座る悠人を見た。


「あ,御神君。今日のB定食は青椒肉絲なんだ。」

「あ,ああ。常盤さんはそれだけで足りるのかな?量が少ないようだけど……。」


 目の前に置かれたカレーライスを見てそのサイズはハーフサイズじゃなかったかな?と悠人は不思議に思ってしまったようだ。


「ちょっと,体重が気になって。ダイエットした方が良いかなって。」

「……なるほど。」


 そう言うと話が途切れてしまい,話が続かず困ってしまった。だが,その状況を見兼ねたのか遙人は溜息を吐いてトレーを持ち上げた。


「美月ちゃん,僕は別の所で食べるよ。常盤さん達と一緒に楽しんでいて。」

「えっ!?遙人君……。」

「ちょっと,神条君!?どうしたの一体!?別に席を移動しなくても……。」


 トレーを持って移動しようとする遙人を静止しようとすると,彼は更に大きな溜息を吐いて悠人を見た。


「何回も言うけど,悠人と仲直りはするつもりはないよ。彼が謝るまではね。まあ,謝ったとしても僕はもう許す気はないけどね。」

「それって……。」


 それを聞くと,ガタンと机を叩く音が聞こえて私達はそちらを振り向いた。そして次の瞬間,悠人はトレーを持った遙人に詰め寄って来た。


「いい加減にしろ,遙人!前々から俺が謝るまで許さないとか言っているが,お前はあの事件のことをどう思っているんだ!?」


 悠人が等々怒り出したのか,他の生徒がいるにも関わらず,遙人を睨み付けた。その光景を見て周りに居た学生達が騒ぎ出した。


「おい,あれって御神と神条じゃないか?もしかして,喧嘩か?」

「でも,あの二人って双子の兄弟じゃなかったかしら?それに,前々から思ってたけど喧嘩している理由って何?」

「噂だと御神が問題を起こしたって話だぞ?でも,実際にどうなんだ?いつも突っ掛かっているのは神条の方だし……。」


 二人の緊迫した雰囲気を見て周囲の学生達はザワザワと騒ぎ出して来た。流石にここではまずいと思い,私は二人を止めようとしたが,悠人は止める気はなかった。


「確かに母さんと妹に酷いことを言ったのは俺だ。だがな,俺があんな状態の時にお前は一体何をしていたんだ!俺の事を見捨てたお前が謝れという資格……!?」

「……………。」


 その言葉を言い掛けて悠人は冷静になり,手で自らの口を押さえた。だが,それ以上に何故か目の前にいる遙人は悲しそうな顔で悠人を見ていたのだ。まるで自分が悪いことが分かっているような消え去りそうな顔で。


 だが,その言葉を聞くと一番反応したのは一緒に居た自分であった。


「ユウ,今のってどういうこと?俺を見捨てたって……。それに,その言葉って,神条君が言ってた……。」

「そのまんまの意味だよ。僕は他の友人達と一緒に居ることを選んで悠人のことを見捨てたんだよ。彼が【女性恐怖症】であったことにも関わらずにね。だけど,その後に悠人が母さんと妹にあんなことをするとは思わなかったよ。」

「遙人!?その話は……。」


 悠人は何かを言おうとしたが,目の前で不敵に笑う遙人を見ると私は自分の中で何か線が切れたのか,悠人の言葉を遮り,遙人に怒り出した。


「神条君!ユウは双子の兄弟なんでしょう!何で助けなかったのよ!」

「…………。」

「何か言ったらどうなのよ!話の内容によっては神条君のこと許さな……。」

「落ち着け,美陽!」

「お姉ちゃん,落ち着いて!遙人君,ちゃんと説明してくれるよね?」

「ごめんね,美月ちゃん。」


 一言だけそう言うと遙人はそのままトレーを返却して食堂から立ち去って行った。そして,悠人達もこの状況はまずいと思い,自分を連れて食堂を後にした。


「信じられない!神条君ってあんな薄情だったなんて!」


 自動販売機の前で謎の炭酸ジュースを飲みながら私は未だに先ほどの遙人の言葉を怒っていた。そんな光景を他所に悠人は先ほどの態度を後悔していた。


「御神君,大丈夫?」

「ああ。常盤さんも巻き込んでしまって申し訳ない。あいつの彼女なのに……。」

「え~っと,それなんだけど……。」

「ユウ,神条君と美月って実際には付き合ってないわよ?」

「……はぁっ?」


 自分にそう言われて悠人は唖然としてしまった。そして,偽装カップルの件を聞くと悠人は大きな溜息を吐いて頭を悩ませてしまった。


「商業施設で美陽が言っていた偽装カップルはこういうことだったのか。」

「そうよ。でも,ちょうどよかったんじゃないかしら。正直,さっきの学食で話は聞かれていたから神条君の噂は広まると思うわよ?この際,このまま本当に……。」

「お姉ちゃん?」

「ねぇ,美月。何で神条君は皆がいる前でこっちを煽って来たのかしら?」


 少し考えて冷静になると,違和感を感じたのだ。先日の商業施設での一件,彼は自分が犠牲になることであの場を収めようとした。そんな自らを犠牲にするような彼が自分の責任を棚に上げず,悠人の問題だけを追求するとは思えなくなったのだ。


 どちらかといえば,あの場所で悠人から真実を言わせることが目的に感じたのだ。


「…………。」

「ユウ,もしかしてまだ何か隠しているんじゃないでしょうね?さっき神条君に何か言い掛けていたみたいだけど?」

「…………すまん。そのことに関しては本当に言えないんだ。」

「どうしてよ!私達が信用できないの!?教えてくれても……。」

「お姉ちゃん!!」


 悠人に問い詰めようとしていた自分の前に立つと美月は首を横に振った。その顔を見ると苦痛な表情をして私は先に教室に戻ると言い,走り出してしまった。


「御神君,ごめんなさい。お姉ちゃんが色々と……。」

「気にしないでくれ。元々,俺が正直に話さないのが問題だからな。美陽にああ言われても仕方がないと思うよ。」

「……お姉ちゃんにはああ言ったけど,本当に話せないことなのかな?」

「ごめん。常盤さんにも教えることが出来ないんだ。この問題,俺と遙人だけなら特に気にしないんだが,あの子が関わっているからな。」

「あの子って?」


 悠人はその後は何も答えずにこちらへ謝ると姉と同様に教室へと戻っていた。その後ろ姿は小さくて今にも消えてなくなりそうな感じがしてしまった。


「御神君……。」

「まったく悠人も珍しく何やっているんだろうな。」

「翔琉、それ言うなら遙人もどうかと思うよ?まさか,あそこで煽りに来るとは僕も思わなかったから。」

「!?」


 ビクッとして後ろを見るといつの間にか翔琉と拓海が居て私は驚いてしまった。そんな自分を見ると,二人は軽く挨拶して近くまでやって来た。


「二人は何時からそこに?」

「俺は食堂に居て拓海は偶然,食堂前を通り過ぎようとしたら声が聞こえたみたいで駆け付けたんだよ。そしたら,美陽が遙人に怒鳴っているだろう?これはまずいかなと思って火消しに回っていたわけ。まさか,拓海の言った通りだったとはな。」

「拓海君,何か知っているの?」

「一度,翔琉と何処まで聞いているか確認を取ったんだけど,どうやら僕の方が重要なことを聞いていたみたいでね。はっきり言うと,二人とも悪くないよ?」

「それって,私も聞いていい内容かな?」


 そう言われて二人は顔を見合わせると,どうしたものかと悩んだ顔をした。


「美月ちゃん,僕も詳細は聞いていないから聞いたことだけ話すね。まず,悠人が母親と妹さんに暴言を吐いたところまでは聞いたよね?」

「うん。」

「で,さっき遙人が悠人を助けなかったことも聞いたよね。実はあれってまだ遙人は隠してることがあるんだ。僕にも教えてくれなかったけどね。それと,悠人が【女性恐怖症】になったことも聞いたよ。正直言うと,僕も同じ立場だったら悠人と同じになってたと思うぐらい背筋が凍りそうになったよ。」

「拓海君,それは聞かない方が良いかな?」

「美月ちゃん,女子は聞かない方が良いと思うぞ。俺は拓海から聞いたけど,悠人から話す気になったら聞いた方がいい話だったと今は思うけどね。」


 翔琉にそう言われて私は姉と違いその話を聞こうとせず,首を横に振った。やはり,そういった重要な話は本人から聞いた方が良いと思ったからだ。


「それよりも,遙人君は何か隠しているんだ。もしかして,さっき御神君が言い掛けていたことかな?」

「そうじゃね?それで,二人はどうする?とりあえず,食堂の方は大丈夫だったけどもし別の所で同じことが起きれば,今度こそ大事になりかねないぞ?」


 拓海は悩んでいた。あの二人のことに関しては事情はどうあれ,既に遙人の味方でいると決めており,翔琉に関しても余程のことがない限りは悠人の味方でいると既に決めているのだ。要するにと尋ねていたのだ。


「……翔琉君,1つお願いがあるんだけど頼んでいいかな?」


 私は翔琉にあるお願いを頼んだ。そのお願いを聞くと翔琉はニカッと笑い任せろと頼りになる言葉を言ってくれた。


 ********************


「……翔琉の奴,放課後に呼び出しって何考えているんだ?」


 放課後になり,一人寂しく廊下を歩いていると先ほど親友から来たメッセージに呆れ返っていた。


[翔 琉:御神悠人殿,昼間の件でお話があります。中庭のベンチでお待ちになるで候。……一度やってみたかったんだが,これ意味あってるか?]


 お前はいつの時代の人間だよとツッコミを入れそうになったが,昼間の件と言われて何事だろうと考えた。おそらく,遙人とのことで何か聞きたいことがあるんだろうと思い,彼に何処まで真実を話したらいいか考えながら向かっていた。


 そして,約束の場所に着くと俺はベンチに腰掛けて親友を待つことにした。既に学生達は所属する部活に行ったり,帰宅したりと仲の良い友達同士で楽しそうに話をしている光景が目に映った。その光景を見ると少し懐かしさを浸っていた。


「(人はそれぞれ違うって言うが,俺も別の選択をしていたらあんな風に笑っていたんだろうか……。)」


 この学園に来て度々考えてしまうのだ。あの時,自分が【女性恐怖症】になっていなければ,母と妹を傷付けなければ,自分は今あそこで笑っている学生達と同じように友達と部活で汗を流したり,放課後に遊びに行ったりと楽しい学生生活を送っていたのかと。


 確かに,誠央学園に入学してからは美陽達に連れられて遊ぶこともあり,バスケ部にも所属していたのでそれなりに学園生活を楽しんでいたのかもしれない。だが,本当の意味で学園生活を楽しめていたかと言われると俺は首を縦に振ることはできなかった。そう思っていると背後に人の気配がした。


「翔琉,遅いぞ。約束の時間は過ぎて……。」

「ごめんね,御神君。翔琉君じゃないんだ。」

「!?常盤さん!?どうして!?」


 振り向くとそこには翔琉ではなく亜麻色の髪を靡かせた美月が微笑みながら立っていたのだ。その顔を見ると,俺は翔琉にしてやられたと思ってしまった。

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