第29話 痴話喧嘩?
「……おはよう。」
「!?お,おはよう,御神。」
俺が挨拶をして教室に入ってくると先ほどまで騒がしかったクラスメイト達は一斉に静かになり,自分のことを見ていた。その状況を見ると溜息を吐き,そのまま自分の席に移動した。
そして,教室にいた遙人を見るとこちらを見向きもせずにそのまま教室を出て行った。どうやら,俺とは今関わりたくないそうだ。
「よぉ,悠人。」
「翔琉か。どうしたんだ?」
「どうしたんじゃないだろう?あれから何か進展あったか?」
「……今の状況を見てそう思うか?」
先程の遙人とのことを思うと翔琉は肩をすくめた。そして,遙人が教室から居なくなったことでクラスメイト達はまた楽しく談笑を始めたが,チラチラとこちらを見る目線は変わっていなかった。やはり,昨日のことを皆気にしているようだ。
「悪いな。俺が余計なことをしたみたいで。」
「お前は何も悪くないだろう?それに,あいつが素顔を見せた時点で遅かれ早かれ双子であることは説明しないといけなかったからな。」
「そっか。で,結局どうするんだ?」
未だにこちらをチラチラと見ている学生達を他所に小声で聞いて来た。
「昨日,遙人は家族のことで少し問題があったとだけ言ってたからまだ深掘りはされてないが,このままだと時間の問題だぞ?特に女子達は必死で情報を集めている。」
「それはどういう意味でだ?」
「1つは美陽と同じ考えじゃないか?お前と遙人を仲直りさせたいのは同じだけど,それを契機にお近付きになりたいのと思っているんだろう。これは誠央学園の女子だけじゃなく星稜学園の女子も情報を集めているから悪いことではないな。少し亀裂が入ってた関係が修復できるから。だが,もう1つの方が問題だな。」
「もう1つの方?」
「グループの女子達,新居とあのお嬢様がリーダーじゃないもう1つのグループの所が必死になって嗅ぎ回っている。遙人にまた何かしようと企んでいるぞ。」
俺は眉をひそめた。先日の赤松先輩の件もそうだが,何故かあそこのグループだけは遙人に対して敵意を向けており,嫌がらせこそ他の2つのグループとは違いしていないが,何度か遙人に嫌味を言っていると葵達から聞いていたのだ。
「残りの2つのグループは放っておいていいと思うぞ。お前と双子であったことが衝撃的過ぎたのか,あいつにちょっかいを掛けていた新居のグループ子達が新居に呼び出されたみたいだぞ。それと,お前との喧嘩の後,グループに入っていない女子達が必死になって陰口を言ってたことを遙人に謝っていたぞ。」
そのことに関しては良かったと本当に思った。今まで遙人に陰口を言っていた女子達は自分と双子であることや交流会での対応,そしてあの素顔を見せたことで一気に手のひらを返し始めたのだ。
正直,あれだけのことをしておいて許して貰えるはずがないと思っていたが、遙人は意外にも彼女達に怒っておらず,全員を許したと言っているらしい。
無論,男子達の一部はそのことを面白くないと思っていたが,星稜学園側は遙人と交友関係を持つ方が得だと知っているためか,今まで通り対応を変えず,誠央学園の男子達は先日の赤松先輩の状況を見て美月にすら手を出すことをやめたようだ。
「しかし,美月ちゃんっていう彼女がいるのに他の女子ともよく一緒にいるよなぁ。そういえば,先日の商業施設で美陽が偽装カップルとか言ってた気が……。」
「そんなことを言ってたな。あれってどういうことだ?」
お互いに顔を見合わせても事情を知らないためか,二人して不思議に思った。
「美陽,美月,おはよう。」
「おはよう,葵。ユウと神条君ってもう来ているかしら?」
美月を連れた美陽が教室へ来ると葵に俺達のことを聞いている光景が目に映った。
「神条君なら教室を出て行ったわよ?御神なら今机で憂鬱そうにしているわね。」
チラッとこちらを見た葵に憂鬱そうなのは余計だと言いそうになったが,実際に憂鬱であることは事実なのでその言葉を飲み込んだ。
「……何か用か?」
「昨日,神条君と喧嘩したそうじゃない?美月から聞いたわよ。」
俺の前に来て昨日のことを聞かれてしまった。やはり,その話かと思うと片手で頭を抱えた。正直,美陽だけには教えたくないと思っていたからだ。
彼女はずっと自分と遙人を仲直りさせたいと思っており,俺達の状況を聞くと何か行動を起こすのではと思っていたのだ。だが,彼女から出た言葉は自分の斜め上を行く話だった。
「まずは,先に謝らせて。ごめんなさい,ユウ。何も知らずに聞いたりして。」
「それはどういうことだ?」
「保健室を出た後,神条君達を追いかけて行ったでしょう?その時にあなたの家族のことを聞いたのよ,神条君から。」
「!?」
美陽は遙人からあの話を聞いたのか?それはつまり【女性恐怖症】になったことも聞いたのかと思ってしまった。
「何処まで,聞いたんだ?」
「あなたが自分の母親と妹に何をしたか聞いただけよ。あなたの体質のことについては教えてくれなかったわ。」
「そう,か……。」
それを聞くと安堵した反面,どうしようかと考えた。下手に情報を流すと勘違いされ兼ねないのでこれ以上美陽に教えるのはどうかと戸惑ってしまったのだ。
「ねぇ,ユウ。家族の事情だから私が言える立場じゃないんだけど,神条君と仲直りする気はないの?はっきり言うけど,二人とも何だか無理してお互いを傷付けているように見えるわよ。」
「そんなことはない。俺はあいつに恨まれて当然のことをしたんだからな。」
「あなたねぇ,何時まで意地を張るつもりなのよ。このままじゃ,本当にお互いに仲違いしてしまうわよ?そのことを分かって……。」
「そんなことはお前に言われなくても分かっている!」
珍しく美陽に本気で怒鳴ったのか,クラスに居た生徒達は皆目を見開いて俺達を見た。そして,等々美陽の堪忍袋が切れたのか,彼女も怒り出してしまった。
「いい加減,素直になったらどうなのよ!こっちはやきもきしているんだから!」
「そっちこそ首を突っ込みすぎだろう!こっちの問題何だから黙っておいてくれてもいいだろう!何でお前はいつもいつも余計なことばかりするんだ!」
「失礼ね!そっちがヘタレだから悪いんでしょうが!」
「お前にヘタレとは言われたくないわ!ツンツン娘が!」
「何ですって,馬鹿ユウ!!」
最早,自分と遙人の話をそっちのけで喧嘩を始めてしまった俺達に困惑する美月を他所に何故か翔琉達は生暖かい目で見ていた。
「あ,葵ちゃん,御神君とお姉ちゃんを止めなくても……。」
「放っておいていいわよ。いつもの痴話喧嘩だから。」
「「痴話喧嘩じゃない!!」」
「…………。」
二人揃って同じこと発言をすると,俺達はまた口喧嘩を始めてしまい,美月は先ほどよりも困惑した顔をしてしまった。
「美月,覚えておきなさい。あの二人が喧嘩したら放置しておくのが一番だから。それに,二人ともあの体質だから絶対に手は出さないわよ。それよりも,こっちに来てから喧嘩するのって初めてじゃないかしら。」
「そうなんだ……。でも,いいのかな……。」
「美月ちゃん,あの二人は大丈夫だぞ。数時間後には元に戻っているから。」
自分の席から避難して来た翔琉が美月の隣に来ると大丈夫そうに言った。確かに周りの誠央学園の学生達を見ると問題なさそうにしていたのでいつものことなのかなと?他の星稜学園の生徒達と共にその光景を不思議そうに眺めた。
すると,急に教室の扉が開いて結衣が登校してきた。
「皆,おっはよう~!……あれ?みはるんと悠人君,久しぶりに痴話喧嘩?」
「「だから痴話喧嘩じゃない!!」」
仲がいいねと微笑ましい顔で結衣が言うと俺達は反論した。そして,担任の先生が来るまでずっと口喧嘩を続け,後で詳しく聞かせてもらうからと言うと美陽は怒りながら自分の席に戻っていった。
その後ろ姿を見て俺は溜息を吐くとチラッと遙人の席を見た。美陽と口喧嘩をして気付いていなかったが,遙人は何食わぬ顔で既に席に戻ってきていたのだった。
********************
「え~,まず,この問題ですが……。」
3限目の授業中,朝の美陽との喧嘩もそうだが,遙人の言ったことを考えていた。
「(何であいつは母さんと妹の事だけを話したんだ?俺が【女性恐怖症】になった理由を正直に話せば,自分の立場が悪くなるのは分かっているんだろうか……。)」
だが,自分も誰かに聞かれてもそのことを話そうと思わなかった。それをしたら,今度こそ家族と本当の意味で縁を切らないと駄目になると思っているからだ。
しかし,それは本当に今更の気もした。母と妹を傷付けた後,俺は怒りのあまり自分の苗字であった神条の名を捨てて母方の苗字であった御神に変えたのだ。あの時は自暴自棄で父さんには色々と迷惑を掛けてしまったと今でも思っている。
そして,それから数か月経ち,やっと冷静になった俺は何て愚かなことをしたのだと後悔した。【女性恐怖症】になった事件から二人を傷付ける事件まで色々とあったとはいえ,母と妹は何も悪くなく,自分を助けなかった遙人も悪くないのだ。
「(ん?メール?また,翔琉からか……。)」
授業で使っているタブレットを見るとメールが1件送信されていた。授業中にあいつは何度注意しても送って来るなと思ったが,送信者は意外な人物からであった。
[美 陽:さっきはごめんなさい。謝罪も兼ねてお昼を一緒にどうかしら?]
そのメールを見て色々な意味で俺は溜息を吐いた。美陽のことだ,遊びに行った時と同じように遙人と彼女である美月を連れて来るんだろうと思い,食事の件は断ろうと思ったが,先に向こうからメールがもう1件送られてきた。
[美 陽:先に言っておくけど,神条君と美月は来ないわよ?赤松先輩の件で青葉先輩に呼ばれているらしいから。疑うなら美月にも確認を取ってくれていいわ。]
美陽から送られてきたメールを見て少し考えるとこちらも言い過ぎたと思い,素直に一緒に食事をしても構わないと送った。首を突っ込み過ぎてはいるが,彼女は自分達のことを思ってお節介を焼いているのは理解はしていた。
だが,今回のこのことについては彼女には本当に関わってほしくなかったのだ。
********************
「先ほどは悪かった,美陽。少し言い過ぎた。」
昼休み,二人で学食で美陽は色々な総菜が付いていたA定食を注文し,自分は青椒肉絲がメインのB定食を食べながら美陽に先ほどのことを謝罪した。
「私の方こそごめんなさい。あの後,美月にたっぷり怒られてしまったから。」
「常盤さんに?」
休み時間になり,珍しく美陽は美月にこってりと絞られたらしく,お節介を焼くのはいいが,限度があると言われてしまったのだ。
無論,そのことに対して反論したのだが,俺と仲直りができるまで夕食を全て美陽の大っ嫌いなピーマン料理ばかりすると言われて美陽は卒倒して謝り,俺と仲直りをすると言ったのだ。
「地味にダメージが大きいな。それにしても,未だに食べれないのか?」
目の前で青椒肉絲を食べながらが言うと,若干引き攣った笑みを浮かべた。
「仕方ないでしょう。子供っぽいと言われても仕方ないんだけど,あの苦みがとてもじゃないけど無理なのよ。……ユウは納豆が駄目なのよね?」
「誰から聞いた?」
「神条君から。小さい時にご両親が藁納豆を買ってきたら大泣きしたって。」
「あいつ何て余計なことを教えてるんだ……。」
「事実なのね。……食べる?」
自分の定食に置かれていた納豆を見て聞くと俺は絶望的な顔で殺す気か!?と青ざめた顔で言うと、美陽は本気で笑いそうになった。
「ユウ,1つだけ教えて頂戴。神条君のことを実際にどう思っているの?」
「…………。」
「答えてはくれないのね。」
何も答えてくれないのでどうしたものかと考えていると俺は口を開いた。
「あいつのことは……。」
「えっ?」
「あいつのことが問題じゃないんだ。いや,あいつのことも問題だな。だが,この話を全部話すと傷付くのが俺達じゃないからもしれないんだ。」
「それって……。」
「あれ?お姉ちゃん?」
声をした方を向くと,そこには蒼一郎先輩に呼ばれているはずのトレーを持った美月と遙人が不思議そうに立っており,俺達は二人の姿を見て唖然とした。
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