第28話 比べられた存在

「はい……では,そちらの件はよろしくお願い致します。ええ……それでは,失礼致します。…………ふぅ。」


 仕事の連絡が終わり,ひと息つくと私は車の中でシートにもたれ掛かった。それを見越してか,近くに居た女性は飲み物を手渡してくれた。


「お疲れ様です,お嬢様。ですが,無理に支部へ顔を出さなくてもよかったのでは?星稜学園に居る間は仕事をしなくても構わないと言われていた気が……。」

「そうね。でも,たまには仕事をしないと身体が忘れてしまうでしょう?」


 渡された飲み物をストローで吸いながら私はそう言った。実は星稜学園に編入されてから私は会社の仕事にあまり関わらず,学園のことや学業を優先するように言われていたのだ。


 というよりも,中学の時に比べて圧倒的に仕事の手伝いを減らされることになり,誠央学園に入学してからも月に2,3度だけ仕事で学園を休む程度であったのだ。どうやら,母が父に対して苦言を言ったらしく,今の時期が一番大事な時なのだから学生生活を謳歌させないと駄目でしょうと言うことらしい。


 そうは言われたものの,弟は結構な頻度で会社の仕事に携わっており,私は何故駄目なのかと聞くと私には婚約者も恋人もいないのだからまずはそっちを探すことを優先しなさいと言われたのだ。母は自分が【男性恐怖症】であることを分かってそんなことを言っているのかと考えると溜息を付くしかなかった。


 だが,母の言うことが分からないわけではなかった。何せ,中学時代の状況を続けていたのなら間違いなく私は今のような学生生活を送れてはいなかっただろう。


「お嬢様,私が言っても説得力はありませんが,お嬢様はまだお若いので楽しめる内に学生生活は楽しんでおくべきだと思います。それに,あまり仕事ばかりされると今度こそ奥様がお嬢様の婚約者を見付けてくるかもしれませんよ?今回の件も奥様には内緒でしているんですから。」

「う……わかっているわよ。でも,せめて1カ月に1回は顔を出すようにはさせて欲しいものね。」

「そうは言いますけど,学園の方だって問題は解決してないんじゃないすか?会長も仕事よりもそっちを何とかしろと言ってるんだと思いますよ?」

「そうね。確かにまったくと言って問題は何1つ解決していないわ。むしろ,増えてきている気もするわね。」


 運転している男性にそう言われて私は車の外を眺めながら珍しく悠人と同じように憂鬱な表情をした。誠央学園が星稜学園に編入を余儀なくされた事件。


 あの事件は本当に悲惨なものであった。何せ,大元の犯人が未だに分かっていないのだ。いや,大元の犯人はもうに居ないのだ。


 だからこそ,あの事件は闇の中に消え去りそうになっているのだ。今もなお,その事件で被害にあった者達を多く残して……。そう思うと,美陽は何としてもこの事件の解決と後始末を何とかしないと駄目だと動いていたのだ。


「とは言ったものの,まずは目の前の問題を何とかしないと駄目なのよねぇ。」

「お嬢,悩みごとですか?もしかして,先日言っていた御神さんのことですか?」

「そうよ。彼の双子の弟と仲直りをしてもらいたいんだけど,聞いた話がとんでもない内容だったのよね。」


 昨日,保健室から出て行った彼を追いかけて行って聞いた内容を思い出したのか私は大きな溜息をもう一度吐いた。


『……神条君,待ってもらえるかしら!?』


 美月と一緒に保健室を出て行った彼を渡しは待つように頼んだ。その言葉を聞くと彼は立ち止まり,美月も同じように立ち止まった。


『どういうことかしら?二人のお母様と妹さんを傷付けたって……。』

『お姉ちゃん,あまり追及するのは……。』

『別に構わないよ。それに,二人にはそろそろ話しておいてもいいと思うから。』

『遙人君……。』


 何か言いたげそうな美月を見ると苦笑し,彼は自分を見た。彼の顔を見るとやはり真相が気になるのか,少し強張った顔をして私は次の言葉を待っていた。


『中学1年生の頃にね,悠人が母と妹に暴言を吐いたんだよ。とね。』

『『!?!?』』

『その時のショックで母は未だに病院で入院中,妹も自分に暴言を吐き,母を倒れさせた悠人を許せないでいるよ。』


 血の繋がらない?それってつまり悠人は実の息子でない?でも,目の前にいる彼は双子だってことは彼も血の繋がりがないということだ。そんな困惑した顔を見て遙人は続けて説明した。


『実は僕達の本当の母親は僕達を生んで直ぐに事件に巻き込まれて亡くなったらしいんだ。その後,生気を失った父を支えたのが今の母で妹の実母なんだよ。僕達と妹は異母兄妹でね。僕達3人は仲が良かったよ。あの事件が起きるまではね・・・。』

『あの事件?』

『悠人が【女性恐怖症】になった忌まわしい事件だよ。あの事件から僕達の家族は滅茶苦茶になったんだ。確かに,あの事件で悠人は心に傷を負ったよ?だけど,そんなのはただの理由にしか過ぎない。彼がやったことは今まで育ててくれた家族を傷付けて倒れさせた。それをしたことに変わりはないよ。』


 遙人は後ろを振り向き立ち去って行った。本来なら彼を止めて追及する話であるのだが,私はそれができなかった。いや,私が今まで彼等に聞こうとしていた内容が想像よりも重すぎて声を掛けることができなかったのだ。


 その話を同じように聞いていた美月も思うことがあったが,私の顔を一度見るとそのまま遙人の後を追い掛けて行った。


「正直,予想よりも重過ぎてどうしたらいいのか,分からなくなってしまったわ。」


 前に一度,彼から理由を聞こうとして拓海に止められたことを思い出した。


『興味本位で聞いていい話ではない。』


 まさに,その通りの内容だった。だが,それよりも私は気になることがあった。それは,その話をした遙人本人のことだ。何故,彼はあんなに悲しそうな顔で私達に話をしたのだろう?そして,二人が喧嘩した事件に悠人の【女性恐怖症】の問題が関わっているのはどういうことだろうか?色々と情報量が多過ぎて頭を抱えてしまった。勉強や仕事は直ぐに片付くのにどうしてこういった話はまったく解決できないんだろうと溜息を吐くしかなかった。


「お嬢,溜息ばかり吐くと幸せが逃げていくって言いますよ?それに,どうしてそんなにその2人を仲直りさせたいと思っているんです?」

「……あの2人を見ていると美月と喧嘩したこと思い出すのよ。あの時も悪かったのはあの子じゃなく周りだったから。」

「お嬢様……。」


 中学の時に美月と大喧嘩したことを話すと事情を知る二人は押し黙ってしまった。


 私達が初めて大喧嘩した事件。その原因の発端となったのは自分が暴行を受けて彼女が【男性恐怖症】になった事件から始まる。その事件当時,私は部屋からすら出られず,心身共にかなり衰弱していた状態であった。


 そして,私を献身的に支えてくれた当時の担任の先生の御蔭で何とか部屋から出ることができ,当時は女学園の初等部にいたので周りとの関係は問題なかった。だが,この事件である1つの話が大人達の間に広まってしまった。


 それはという話だ。私は小さい時から父や母に連れられてパーティーに参加していたが,妹はそういった場所が苦手であったのか,行きたくないと言い,父や母も無理に彼女をそういった場に連れて行こうとはしなかった。


 そして,私が外に出れなくなった時もそういった事情で連れて行かなかっただけなのだが,大人達は大きな勘違いしたのだ。


【妹の常盤美月は姉の常盤美陽ほど優秀じゃないから連れて来ないんだろう。】

【姉があんな状況なのに妹は何も出来ないのか。】


 彼女を軽蔑する発言が広まり,彼等は当時小学生だった美月に何を言っているんだろうと思ったが,その原因を作ってしまったのは紛れもなく私達家族なのだ。美月は確かに他に比べると優秀であるが,常盤家の中では一番劣っていたのだ。


 それに彼女の髪が父や母と違うことから美月はもしや本当の娘ではないのでは?と噂もされるようになり,今度は美月が日に日にやつれて行き,中学2年生の時にそのことが爆発して自分と大喧嘩する事態になってしまったのだ。


【自分は常盤家でいらない子なんだ!】

【私はお姉ちゃんの双子の妹じゃない方がよかった!】


 あの時ほど彼女を本気で怒ったこともないし,本気で泣いたことはなかった。結局,母が仲裁をして全てを話したことで美月と仲直りをすることでき,美月も自暴自棄ではなくなった。


 だが,父は忙しいのか,美月に一言も何も言っておらず,美月自身も父に電話を一切掛けない状況が未だに続いていた。未だに私達の問題は解決していないし,美月はその時のことを引きずったままなのだ。


 そんな中,目の前で起きている悠人と遙人の双子の兄弟の問題が自分達の状況と似ているのではないかと思ってしまい,居ても立っても居られず,何とかしようと動き出してしまっていたのだ。おそらく,理由はそれだけではないが……。


「私達の問題もまったく解決してないけど,それでも私と美月の関係はぶつかり合ったことででは解決したわ。家族なんだもの。喧嘩するよりも仲が良い方が良いでしょう?」

「お嬢様はお優しいですね。」

「ただのお節介なだけよ。現にユウには家の事情に突っ込みすぎだといつも言われているわね。そう言われても仕方がないと思うけど。」


 私は再び,窓の外を眺めた。本日は快晴で自分の心情とはまるっきり正反対の青空が広がっていた。こういう時は何かいいことがあればいいなと思っていたが,世の中はそんなに甘くはできていなかった。


 ********************


「ユウと神条君が教室で大喧嘩!?」

「うん……。」


 夕方頃,家に着くと美月から悠人と遙人が大喧嘩したことを聞かされた。何でも朝教室へ行くと,悠人はクラスの皆から質問攻めに合っており,遙人と双子であることを黙っていたことや美月に連れられて保健室に行ったことはどういうことなんだと,男子だけでなく女子からも質問攻めに合っていた。


 そして,自分達がクラスに行くと今度はこっちが質問攻めに合い,その件だけならまだ問題はなかった。問題だったのは,何故二人の名前が違うのか,何故二人は兄弟なのに喧嘩をしているのか,聞かれてしまい,それを見兼ねた遙人は少しだけ家の事情を話そうとすると悠人が止めに入り,そこから大喧嘩に発展したそうだ。


 陽輔達が止めに入ったので暴力沙汰にはならなかったが,今日の教室はかなり緊迫した状況になっていたらしい。


「美月,ユウがご家族の方に言ったことは誰にも知らされてない?」

「うん。翔琉君と拓海君は知っていたみたいなんだけど,葵ちゃんと結衣ちゃんは知らないみたい。一応,二人にも事情を話して広めないようには言ったけど,遙人君よりも御神君の方が話を広げてほしくなさそうな感じだったかな。ただ……。」

「ただ?」

「自分がしたことを広めたくないって感じではなかったかな。どちらかというと,その話が広まることを恐れている?」

「もしかして,あの二人の問題って昨日神条君が言った話以外にも何か隠している?昨日の神条君も何か怒っているというか,悲しそうな顔をしていたから。美月,何も聞いてないの?」


 美月は首を横に振った。偽装カップルとは云え,美月にすら話さないとなると本当に二人とも関わってほしくない内容なんだなと思った。


「明日にでも二人から話を聞いてみましょうか。どちらにせよ,私は二人には仲直りしてほしいから。」

「お姉ちゃん,もしかして私達と重ねたりしている?」

「そうよ。私達の方もまだ全てが解決しているわけではないけど,せめて二人の間ぐらいは仲直りさせてあげたいと思って。」

「お姉ちゃん・・・。」


 沈んだ彼女を見ると私は珍しく美月を優しく抱きしめた。自分は極度のシスコンであり,可愛いものに目がないので双子の妹である美月をかなり溺愛していた。


 特に小学校の頃は傾向が強く,その過保護ぶりは自他ともに認めるものでもあり,そんな私のことを知っているのか,美月はされるがまま微笑むと何も言わなかった。


「大丈夫よ。お父様は何も言ってないかもしれないけど,あの人があなたを嫌うはずないでしょう?それに,そんなことしたらお母様が許さないと思うし,おじい様とおばあ様も黙ってないと思うわ。それと,周りの目も気にしないでいいわよ。あなたはあなたでいいんだから。」

「うん。」

「それに自慢じゃないけど,美月がいないと私の私生活が困るのよね。家事の大半を美月に任せている状況だから。……何故かキッチンに入れてもらえないし。」

「お姉ちゃん,お父さんやお母さんに言われたこと覚えてないの?」


 解放されてジト目で見ると私は盛大に反論した。あの出来事に関してのみは距離を置いている父親と同意見であるらしく,絶対に私をキッチンには入れてはいけないと家族全員が頷くほどであるのだ。


 だが,その理由を未だに家族はまったくといって教えてくれないのだ。


「そういえば,お父様と電話できたから聞いておいたわよ?神条君のこと。」

「お父さん,何て言ってたのかな?」

「それが,神条君と美月が付き合っていることは知っていたみたいなのよ。あと,付き合っていることは好きにして構わないだって。居候の件もおじい様から聞いているみたいで特に問題にも思ってなかったからどうしてかしら?もしかして,お爺様が知り合いだから神条君達のご家族と知り合いなのかしら?」

「どうなんだろう?それとも,やっぱりお父さんは私のこと……。」

「美月。」


 何かを言おうとした美月の額に軽くデコピンをすると美月は涙目で痛そうにした。そんな涙目の彼女を見て私は若干怒り気味に言った。


「さっきも言ったけどお父様は絶対にあなたのことを見捨ててはいないわよ。もしかしたら,何処かで神条君のことを知って気に入っているとか……。」

「だと,良いんだけど。でも,それはそれで色々と問題かな?私達,正式に付き合っているわけでもないから……。」

「むしろ,そっちの方が問題よね。仮に別れちゃったら神条君のことをどうするんだろう?お父様の性格を考えると何もしないのはあり得ないのよね。私が暴行された時も物凄く怒っていたみたいだから神条君に何もなければいいんだけど。」


 そのことを聞くと美月は複雑な思いをした。仮にそんなことになれば自分は父親から愛されていると改めて知ることができて嬉しい反面,親友である遙人に姉の事件の時と同様の危害が及ぶのではないかと恐ろしくて真実を聞き出せなくなった。

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