第27話 恋人から親友へ

 スポーツ交流会から一夜明けて,早朝の生徒会室には自分の付き添いで遙人が一緒に来ていた。その生徒会室には聖人会長と結衣,楓先輩,そして,赤松先輩の元取り巻きであった先輩も一緒に同席していた。


『今回の一件,馬鹿息子が迷惑を掛けて申し訳なかった,白星聖人君。』


 モニター画面に映っていた男性が重い口を開き,聖人会長に頭を下げた。


「僕は気にしてませんよ,赤松会長。しかし,彼が既に後継者でなかったとは僕も知りませんでしたよ。」

『あまり表立っては発表できない状況でね。何せ,あの馬鹿息子を未だに後継者に推す者達もいるぐらいだ。慎重を重ねた上で発表する予定は立てていたのだよ。まあ,娘には最初から伝えてはいたんだがね。』


 もう1つの画面に映っている常盤女学園の制服に身を包んだ不貞腐れている女の子を見て赤松会長は困ったような顔をしていた。どうやら,今回の一件で彼女を怒らせてしまったらしく,どうやって宥めればいいか困り果てていたのだ。


「まさか,亜紀会長が赤松君の妹さんだったとは僕も思わなかったですね。」

『白星会長!そのことは言わないで!まったく,何であんな奴と双子何だか。』


 画面に映っていた薄い黒髪の女の子は腕を組んで非常にご立腹な顔をしていた。

 

 赤松千亜妃あかまつちあき。常盤女学園の生徒会会長にして昨年度より星稜学園との繋がりを作った会長の後を継いで聖人会長と友好関係を続けている人物。


 そして,昨日事件を起こした赤松先輩の双子の妹であり,風紀委員長である蒼一郎先輩の無二の親友でもある。彼女はあまり表立って赤松の名を名乗らず,皆には亜紀と呼ぶように徹底するほどであった。その理由は言うまでもなく,大っ嫌いな自分の双子の兄である赤松先輩が理由であった。


「亜紀,君の気持ちも分かるが,あまり会長を困らせないでくれ。表立って彼を後継者から外せない理由は君だって分かっているだろう?」

『何で大輝はお父さんの味方なの!?こっちの味方をしてくれてもいいでしょう!」


 今度は拗ねてしまい,赤松会長と取り巻きで合った彼,西園寺大樹さいおんじだいき先輩はお互いに顔を見合わせて困ってしまった。その光景をにこやかに笑いながら見ている聖人会長と楓先輩を他所に私達は今の状況に困惑していた。


『……君が四之宮結衣君か?君のことは娘からもよく聞いているよ。今まで馬鹿息子が迷惑を掛けて申し訳ない。』

「い,いえ,そんな……。」

『結衣,今回の一件はあの馬鹿が悪いんだから正直言ってくれて構わないわよ?流石にそこまで言われたらお父さんも少しは反省してくれると思うから。』

『相変わらず,千亜紀は手厳しいな。それから……常盤美月君。君にも大変申し訳ないことをしてしまった。それと,こちらの都合で申し訳ないんだが……。』


 何か言いたそうな顔をして言い淀んでいたが,私はその意味を察した。


「今回の一件は学生同士の事なので父には報告しません。」


 私の言葉を聞き,赤松会長は安堵した表情をした。どうやら,父である常盤コーポレーショーンの会長に今回の一件を報告されることを恐れていたらしい。


 姉が幼い時に暴行を働いた企業の御子息達は実家が経営する会社ごと徹底的に叩き潰されたことがあり,娘に危害を加えるとただでは済まされないことは有名な話とされていた。それは,社交界に顔を出していなかった私も例外でもないはずなのだ。


 だが,私は父のことが話題に出ると顔を暗くさせた。


『千亜紀,そろそろ時間なので後のことは任せるよ。私はこの後緊急の会議を開かないと駄目なのでね。では,白星聖人君。お先に失礼させてもらうよ。』

「ちょっと,お父さん!?まだ,話は……。』


 彼女が言い切る前に赤松会長は通話を切ってしまい,亜紀会長はその行動を見て溜息を吐いてしまった。そして,こちら側に謝罪をした。


『白星会長,ごめんなさい。お父さんに代わって謝らせて。あと,そっちの金髪の男の子のことも含めて。』

「大丈夫だよ。詳細は最初のうちに彼から聞いているから。まあ,赤松会長からしたら今回の一件はさぞ苦しい決断だったんだろうね。」

『まったく,親子揃ってプライドが高いんだから!』

「亜紀,赤松会長が優しいのは僕と君だけだよ。あの人が彼やお兄さんに手厳しいのは君だって知っているだろう?経営陣だけでなく他の企業の方に対しても。」


 元々は小さな企業だったためか,彼の息子の御蔭で大企業まで急成長したことで赤松会長には敵が多かったのだ。そして,あの赤松先輩の父親なのだ。彼自身もプライドが高く,やはり息子に問題があったといえ,年端のいかない子供に自ら頭を下げることに抵抗はあったのだろう。


 だからこそ,彼は白星財閥の御曹司である聖人会長と彼の半婚約者である結衣,常盤コーポレーションの御令嬢である私にだけしか謝罪をしなかったのだ。


 要するに,彼から一番誹謗中傷を受けていた遙人には一切の謝罪がないのだ。


「会社に特に問題ない彼の横暴を無視していたのはそう言う理由だったんだね。遙人君はそれでよかったのかい?」

「僕は美月ちゃんに謝罪をしてくれるならそれで構いませんよ。それに,謝罪がないだけであちらからのは多過ぎるぐらいでしたから。」

「本当に申し訳ない。あれを渡された時は僕も反論しようとしたんだが……。」


 あの時に渡された分厚い封筒のことを言うと遙人は気にしてなさそうにした。


「先輩,今は僕よりも自分を優先してくださいね。折角,亜紀会長との婚約が正式に決まったんですから。」


 遙人の言葉に彼は照れながら頭をかき,画面に映っている亜紀会長は顔を赤くしてブツブツと何か小言を言っていた。実は全てが悪いことばかりではないのだ。


 赤松先輩が正式に後継者から外されたことで彼女が次期後継者,そして先輩が亜紀会長の婚約者として正式に発表されたのだ。そして,亜紀会長のもう一人の兄は赤松会長と仲は悪いが,亜紀会長とは非常に仲が良く彼の後継人にもなってくれたので二人の将来は何事もなければ約束されたようなものだ。


 要するに,遙人が何も口を出さなければ全てが丸く収まるということだ。


「君も相変わらずの対応だね。結衣ちゃんはやっぱり納得いかないかい?」

「むぅ~,神条君はそれでいいの?亜紀先輩,どうなんですか?」

『駄目ね。結衣もだけど,元々社交界に出ていないその子にも頭を下げるのを渋っていたぐらいだから。おそらく,これ以上は一切謝罪をしないと思うわよ。』


 結衣は亜紀会長に謝罪の件を聞くと頬を膨らませて納得いかない顔をした。そんな彼女の頭を撫でて宥めると申し訳なさそうに聖人会長は私達を見た。


「二人とも今回のことは本当に申し訳ないね。僕の方からも謝罪するよ。」

「か,会長,気にしないでください。それに,私が何か言われたのは1回だけですから。どちらかといえば,その後の赤松先輩達が可哀そうというか……。」

「美月ちゃん,あれは赤松君達が悪いから気にしなくて大丈夫よ?それにしても,あのまま赤松君達が学園に残っていたら大変だったでしょうね。」

「そうだね。まあ,赤松君以外のことでも色々とあり過ぎて新聞部と放送部は昨日から徹夜で記事を書いてるからね。この後,僕と結衣ちゃんは新聞部の取材に行かないと駄目だし……。」


 昨日の交流会,聖人会長と結衣が付き合っていることから始まり,楓先輩がバスケ部の部長と二股をしている,そして,悠人と遙人が双子であったとあまりにも情報量が多すぎて一部パニックになっていたのだ。


 そのためか,今回の事件を起こした赤松先輩の話が一番影の薄い話になってしまい,今のうちに赤松先輩と今回の事件に関わった取り巻き達は停学処分とし,場合によっては退学処分としたのだ。


 無論,彼等はそのことに異議を唱えたが,学園側は一切受け入れないことを決めたのだ。彼の横暴は今回の事件だけでなく誠央学園での事件も合わせると数十件に上り,取り巻き達も含めて彼等を庇護することができない状況であったのだ。


「それにしても,華々しく散る処か皆にも認知されないまま居なくなるなんて。冗談で言ったのに本当に選ばれたモブキャラになってしまいましたね。」

「遙人君,それ言っちゃうと赤松先輩が可哀そうだよ?せめて,皆がそれどころじゃないぐらい忘れてしまったって言ってあげないと……。」

「……二人とも,本当は彼のこと嫌っているんじゃないかい?」

「「えっ?」」


 何故か彼のことを哀れんだように大輝先輩が言うと,聖人会長や画面に映っている亜紀会長は必死で笑いを堪えており,楓先輩と結衣も笑いそうになっていた。


 二皆が何故笑いそうになっているのか分からず,私と遙人はお互いに顔を見ると不思議そうな顔をして会長達を見た。その顔を見ると,笑いを堪えていた彼等は等々抑えられなくなり,笑い出してしまったのだった。


 ********************


「本当にどうなるんだろう?」

「多分,退学処分ギリギリの所で半永久的に停学処分じゃないかな?それに,学園に通えるようになっても昨日の一件で先輩達は村八分は確定だからね。」


 僕達はあの後,これ以上聞くことがなかったのか,後のことを聖人会長達に任せて二人で朝食を取ろうとカフェで先ほどの話の続きをしていた。


 彼はこの学園で一番手を出してはいけない彼女に手を出してしまったのだ。おそらく,男子生徒だけならまだしもが黙っているはずがない。


「ところで,常盤さんは今日に学園に来ないの?」

「うん。今日は久しぶりに会社の方に顔を出さないと駄目らしいから学園をお休みにするって。……本当にお姉ちゃんは私と違って色々とできて凄いと思うよ。」


 美月は俯いて紅茶に映った自分の顔を覗き込んで感傷に浸っていた。


「(美月ちゃんは自分のことを過少評価しているみたいだけど,自分の力を理解しているのかな?まあ,僕も昔もそうだったから人のことを言えないけど。)」


 自分も昔は悠人よりも劣っていると思い込み,自暴自棄になっていたことがあったのだ。だが,小学校低学年の時を境にそれを克服したのだ。


 今,思うとあの出来事がなければ自分はまったく変わることがなかったのではと思い,変わることができた自分と悠人が【女性恐怖症】になるまでの数年間は本当に家族で楽しい時間を過ごせていたと今でも実感していた。だからこそ,僕は今の状況を何とかしないと考えていた。


「昨日はごめんね。恋人を解消しようかと言っておきながらあんなことになって。」

「え~っと……遙人君があの状態になるのは聞いているから,大丈夫だよ?お姉ちゃん達は驚いてたけど,私は事情を知っていたから。」

「本当にごめん。」


 照れた顔で言う美月に本当に申し訳ないと思ってしまった。交流試合の後,昨日の自分の態度で等々誠央学園の学生達にもと勘違いされるようになり,美月を未だに狙っていた誠央学園の学生達から畏怖されるようになったらしい。


 更に昨日の豹変した自分と前髪で普段隠している素顔を見せたことで女子達の態度も一変,悠人ほどでもないが,彼女達の態度が星稜学園の女生徒達と変わらないようになってしまい,僕に取っては色々と頭の痛い問題となってしまったのだ。


「(悠人をしつこく狙っているは僕のことをどう思っているんだろう?まだ,交流試合の後と今日の早朝だから何とも言えないけど彼女達からも態度を変えられたら色々とを見直さないと駄目かな。こんなことになるなら初日にあんな態度を取らない方がよかったかなぁ。)」

「はぁ~……。」

「遙人君,悩みごと?」

「気にしないで。色々と思うことがあっただけだから。それで,美月ちゃん。真面目な相談だけど……僕達の関係,どうする?」


 僕達の関係,表立っては学園で公認になっている熱々カップルであるが,その真実は美月を守るために行った偽装カップルのことだ。2学期が始まり,誠央学園に居た美陽がクラスに来たことで二人は自分達の関係をどうしようか話し合ったのだ。


「遙人君は今の関係をどう思っている?」

「美月ちゃんとは一緒に居て楽しいけど,今の感情はおそらくLOVEではなくLIKEだと思う。あと,そのきっかけになったのは実家でのあれが原因かな,やっぱり。」

「実家のあれ……!?遙人君,あのことは忘れてって言ったじゃない!!この間もお姉ちゃん達に言い掛けていたよね!?」

「こっちは衝撃的だったんだよ?あれはもう照れるとか悶々するとかじゃなくて困惑だからね。自分のやったこと,本当に気付いている?」


 美月は思うことがあるのか,顔を真っ赤にして縮こまってしまった。最初,あれを目にした時は妹がこんな物を持っているのは早過ぎると!!と思い,まさか妹に彼氏でもできたのでは!?と居ても立っても居られず,聞いてみるとあれは美月さんのですよ?と言われて僕は人生で最大の困惑を味わってしまったのだ。


「(でも,実際はそれが理由じゃないんだよな。ごめんね,美月ちゃん。)」


 僕は心の中で彼女に謝った。だが,それでも二人の仲は良好であったので誠央学園の編入がなければ,本気で美月に告白しようとしていたのは事実だ。


「逆に聞くけど,美月ちゃんは僕のことをどう思っているの?」

「多分,遙人君に告白されていたら本当に付き合っていたのは事実だったと思うよ。私も遙人君と一緒に居て楽しいから。でも,今は……。」


 彼女は申し訳ない顔をして僕も気にしてないと笑顔で言った。おそらく,僕達はタイミングが絶妙に悪過ぎたのだ。本当は仲の良い関係を続けられていたのに,誠央学園の編入という大きな波が来たことで僕達の初恋は終わってしまったのだ。


 だが,良いのか悪いのか,僕達は別に仲が悪くなったというわけでなくむしろ仲の良さは異性の関係を超えて親友と呼べるほどの関係にはなった。


「とりあえず,今の関係は続けていくとして,状況を見て僕達が分かれた話は皆に報告しようか?」

「うん。じゃあ,改めてよろしく?なのかな?」

「多分?」


 お互いに不思議そうにした顔を見ておかしくなったのか笑い出してしまった。僕達は確かに恋人ではなくなってしまったけど,こういった関係も悪くないかなと目の前のを見て思った。


 それは美月も同じであるのか,今の彼女は本当に素の表情で楽しそうに笑っているのが良く分かった。


「それじゃ,朝ごはん食べたら教室に行こっか?でも,今日登校するの憂鬱だなぁ。絶対,皆から好奇な目で見られる自身があるよ。」

「遙人君がフリーになったら御神君みたいになるのかな?」

「それだけはご勘弁願いたいな。……真剣に僕の性癖でもバラそうかな。」

「遙人君,それ言っちゃうと付き合ってた私の立場どうなるの?」


 珍しくジト目で睨まれてしまい,僕は冗談だよと言うと彼女は少しご立腹になったが,直ぐにいつも通りの態度に戻り,二人で楽しく朝食を楽しんだ。


 だが,朝の楽しい朝食もこの後に教室で起きた事件で全てが台無しになるとは今の二人はまったくと言って思いもしなかったのだった。

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