第25話 妖精姫の騎士
「「…………。」」
いつの間にか,赤松先輩からボールを奪った自分がダンクシュートを決めると会場にいた学生達は静まり返った。それは,試合に出ていた悠人達も同じであり,一番そのことに驚いていたのは赤松先輩であった。
「い,いつの間にボールを!?いや,それよりもあんな陰キャがダンクシュートを決めただと!?」
「おいおい,あいつの身長ってそれほど高くないだろう!?どんだけジャンプ力あるんだ!?御神,どういうことだ!?」
「すみません,俺にも全く……。」
先輩にそう言われて悠人もどうなっているか分からず,今の僕を見て困惑するしかなかった。だが,彼等のことはもうどうでもいい。ゆっくりと歩きながら僕は自分の陣地に戻り,休憩スペースにいた星稜学園の生徒会メンバーに眼鏡を渡した。
「ごめん,ちょっと預かっておいてもらえるかな?」
「……わかった。」
彼はそれだけ言って眼鏡を受け取り,今度は聖人会長を見た。
「聖人会長,今更になりますが,我儘を言ってもいいですか?」
「……何だい?」
「気が変わりました。前に出ます。」
聖人会長は微かに笑みを浮かべると蒼一郎に交代するように指示した。
「……赤松先輩,僕は何を言われても怒りませんが,この試合に美月ちゃんは関係ないんじゃないですか?」
「ふん!お前のような陰キャの彼女が姫など呼ばれて
「要するに,彼女に謝る気は一切ないと……。よく分かりました。」
僕は前髪をかき上げて後ろにして目付きを変えた。そして,その前髪で隠れていた顔を見た誠央学園の学生達は目を見開いて驚いた。
「おい,御神にそっくりだぞ!?どういうことだ!?」
「えっ!?悠人君と同じ顔って……!?」
「彼女を馬鹿にされて黙っているほど僕はお人よしではないんで。あとで彼女に土下座してもらいますから覚悟しておいてください。徹底席にやらせてもらいます!」
「陰キャが何を言って……!?何だ!?」
驚いて周りを見ると星陵学園の学生達が先程のブーイングよりも大きい声で僕を応援し出したのだ。その熱気に赤松先輩だけじゃなく,試合コートに居た悠人達も尻込みするほどでもあった。
「神条,徹底的にやってしまえー!」
「遙人君!!そんな先輩に何か負けるなー!!」
「
「……
美陽達は不思議そうに隣に居た美月を見ると彼女は照れた顔で笑っていた。そんな彼女を見て,呆れた顔していた一葉先輩が変わりに説明してくれた。
「この学園って2つ名を持っている学生が居るってことは知っているわよね?神条君にも2つ名があるのよ。
「……何したんですか?」
「暴行はしてないわ。ただ,彼の恥ずかしい写真や黒歴史を皆の前で暴露させられてね。その時の彼,泣いてやめてくれって懇願してたわ。」
当時のことを思い出した一葉先輩は顔を青ざめた顔で教えてくれた。余程,酷い状況でもあったらしく別の要因であの状態になる時もあるから学園内では美月に手を出すことは暗黙のルールでご法度となっているらしいのだ。
その話を聞いた美陽達はクラスメイトの陽輔が何回も男子達に美月ちゃんに手を出すな!と言っていた理由がようやくわかったみたいだ。
「……美月,本当に神条君ってあなたと偽装カップルなのよね?」
「えっ!?どうして!?」
「だって,神条君のあの怒り方,どうみても美月が暴言を言われたから怒っているんでしょう?あの怒り方は尋常じゃないわよ?」
美陽の言った言葉に葵と結衣も頷き,楓先輩と一葉先輩は偽装カップル?という単語を聞いてどういうこと?と不思議そうに美月を見た。
「遙人が前に出たぞ!!」
「遙人君,いっちゃえー!!」
美陽達は観客達の声援を聞き振り向くと,ボールを持った遙人が動き出して聖人会長とバスケ部の部長と一緒に攻勢を仕掛けていた。
「御神,あいつを頼む!俺達は白星会長と佐倉を何とかする!」
「わかりました!遙人,これ以上は行かせ……!?」
悠人が何か言い終わる前に僕は彼を抜き,赤松先輩の前まで一気に攻め入った。
「お前などに打たせるか!!」
「動きが単純で遅いですよ。」
直ぐ隣まできていたバスケ部の部長にボールをパスすると赤松先輩を抜き,再度パスを貰ってそのままアリウープでダンクシュートを決めた。
「いいぞ,遙人!!」
「そのまま勢いに乗っちゃえー!」
「……赤松先輩って本当に強いんですか?弱く見えますよ?」
「っ……言わせておけば!!」
反論した赤松先輩を無視してそのまま自分達の陣地に戻ろうとすると,先程抜いた悠人が不思議そうに僕を見ていた。
「何か言いたいことでもあるの?」
「お前,それは一体……。」
「別に気にするほどでもないと思うよ。それから,悠人。僕は赤松先輩以外に今は興味はないから。だけど,邪魔するなら容赦はしないよ?」
「あ、ああ。」
去り際にそう言い残して僕は自分の陣地に戻った。だが,悠人は今の状況に困惑していた。今の僕を見て一体何が起きてるんだろうと思ったのだろう。
だが,そんなことを考える余裕すらもう悠人達には残ってなかった。
『徹底的にやらせてもらいます!』
先程から連続してシュートを決められて彼等との点数はどんどん離されて行ってしまったのだ。何とか悠人が僕を止めに入ろうと動いていたが,先程よりも動きが早くなった僕に対応が追い付いていなかったのだ。
「どんどん点数が離されているではないか!!どうなっているんだ!!」
「うるさい,赤松!!そんなことは俺達も分かっているわ!!本阿と言えば,お前があいつの彼女をバカにしたのが原因だろう!!」
「御神,あいつを止めることは出来ないのか?」
等々最後の休憩に入り,先程からのことを赤松先輩と言い争っている先輩を無視してもう一人の先輩が尋ねてくると俺もどうしたものかと考えた。チラッと隣にいる疲れ切った翔琉を見ると俺でも止められないぞという目をされて困り果てた。
「正直,俺もびっくりしています。おそらく,このままだと敗北は確定だと思います。でも,まだもう少しだけ足掻いて頑張ってみましょう。」
「そうだな。どちらにせよ,負ける予定はあったからな。桐原,まだいけるか?」
「悠人ほど走り回ってないので大丈夫ですよ。ただ,気になるとしたら……。」
言い争っている赤松先輩と先輩を見た。先輩は赤松先輩に反論しているだけだが,その赤松先輩は今にも爆発してもおかしくないような怒り方をしていた。
「点数を入れる度に遙人が赤松先輩を煽ってきているからあの人いつ爆発するか分らんぞ。それに,観客の対応もかわってきてたからな。」
「御神に取ってはいいことかもしれないが,赤松に取っては最低な状況だな。」
「それは言わないでくださいよ。」
赤松先輩が美月に対して言った言葉が星陵学園の生徒達の気に障ったのか,遙人に抜かれる度に赤松先輩に大ブーイングが巻き起こっていたのだ。
そして,誠央学園の方でも動きがあり,男子は美月のことを知らない赤松先輩に呆れ返り,女子達からは元々忌み嫌われていたためか,最早ゴミをみるような目で赤松先輩を見ていたのだ。
だが,それを後押している原因は今の遙人の姿が理由であろうとも思った。何せ,今ままで遙人に嫌味を言ってた子達すら手のひらを返した発言をするほどなのだ。
「ねぇねぇ,何か神条君ってカッコよくない?あんな男の子だったけ?」
「他の子達って神条君の素顔を知っていたのかな?ちょっかい掛けていた子達は可哀そうだなぁ。」
「どうしよう……。今まで色々と言ってたけど,今更許してくれるかな……。」
「……あの手のひら返しは何だ?」
困惑した表情で俺は観客席を見ながら昔遙人と妹が言っていたことを思い出した。
【イケメンは何をやっても許せるものなんです!】
こういうことを言うのかと二人が言っていたことに納得してしまった。
「御神,それは語弊があると思うぞ……。だが,本当にあいつは何者なんだ?お前に顔が似ているし,お前のこともよく知ってそうだし,まさか生き別れの兄弟とかじゃないだろうな?」
「いや,それは……。」
「先輩,遙人ってこいつの双子の弟ですよ?」
「そうか,お前の弟なのか。……御神の双子の弟だって!!??」
「先輩!!声が大きい……。」
だが,その言葉を観客席の学生達は見過ごさなかった。案の定,会場はパニックになるほど騒ぎ出し,教職員たちも事実を知らなかったのか,顔を見合わせていた。
「御神と遙人が双子の兄弟だって!?まじかよ!?」
「嘘でしょう!?でも,あの素顔なら納得するかも……。えっ?でも,あの2人って喧嘩してなかったっけ!?」
「急いで新聞,いや,放送部にも連絡入れろ!!今日はネタが多過ぎるが,今日一番の特大ネタだぞ,急げ!!」
観客席は最早収拾が付けられないほどの大騒ぎとなり,試合どころではなくなってしまった。そんな中,俺は親友をジト目で睨み付けた。
「翔琉……何でばらしたんだ?」
「タイミング的にいいんじゃないかと思ってな。案の定,あちらさんも色々と根掘り葉掘り聞かれているぞ。」
遙人達の方を見ると観客席にいたクラスメイト達からどういうことだ!?と言われており,先程のような鋭い目つきはなくなり,困ったような顔で彼等に説明をしている遙人が見えた。
だが,その話を聞いた赤松先輩は怒りを露わにして俺に詰め寄ると首元を掴んだ。
「御神悠人!!貴様,あの陰キャの兄だったのか!?よくも俺を騙してくれたな!こちらが負けるようにお前が仕組んだのだろう!?」
「落ち着け,赤松!!御神がそんなことするはずないだろう!?」
「うるさい,黙れ!もう誰も信用するか!こうなったらどんな手を使ってでもあの陰キャをこの手で……。」
「僕をどうするんですか,赤松先輩?」
急に声を掛けられて振り向くとそこには遙人が立っていた。その姿を見て赤松先輩は俺を突き離すと今度は遙人の首元を掴んだ。
「さっきから俺によくも恥をかかせてくれたな,この陰キャが!この試合が終わったら思い知らせてやろうか?俺に逆らったらどういうことになるか?」
「先輩,あまり言いたくないですけど,言っていいですか?」
「何だ!?今頃怯えたって……。」
「その台詞って陰キャよりもひどいモブキャラの台詞ですよ?先輩って選ばれたものなんですよね?もしかして,選ばれたモブキャラなんですか?」
「ぶほぉ……。」
遙人が言ったことがツボに入ったのか,バスケ部の先輩達は笑いを堪えてお腹を押さえ始めてしまい,俺と翔琉も少し笑いを堪えていた。その顔を見ると,赤松先輩は見る見るうちに顔を真っ赤にさせてフルフルと震えだすと大声で叫んだ。
「人をバカにするのも大概にしろ!今すぐにお前の顔を……。」
「赤松君,その辺にしてもらってもいいかな?」
「何用だ,宝城さん!こっちは今忙し……!?何故,お前達がそっちにいる!?」
楓先輩の隣にはいつも彼の傍にいた取り巻きの彼と数名の取り巻き達が一緒に並んでおり,彼は赤松先輩を見て大きな溜息を吐いた。
「赤松様,そろそろ引き際です。もう,四之宮さんのことは諦めてください。それから,その男子生徒を離してもらえませんか?」
「何を言っているんだ!?俺は選ばれた人間なんだぞ!彼女に相応しいのはどう見ても俺だと他の奴らも……。」
「いい加減にしろと言っているんだ,赤松。もう君は終わってしまったんだよ。」
急に呼び捨てにされて赤松先輩は一瞬,目を見開いたが,直ぐに割れに戻ると彼に怒りをぶつけた。だが,彼はまったく赤松先輩に言った言葉に耳を貸さなかった。
「何処から情報が漏れたか知らないが,この間の商業施設での一件が赤松会長に伝わったみたいだよ。かなりご立腹なだけでなく君を本日を以って後継者から外す決断をしたと先ほど僕に電話があった。」
「ま,まさか父が……。バカな!?そんなことあるわけないだろう!?俺がどれだけ会社に貢献したと思っている!?分かっているのか父は!?」
「確かにそうだね。だから会長は一定数の君の我儘は目を瞑っていたんだよ。だけど,知ってるかい?あの人は最初から君を見限っていたんだよ。彼女を小学校の時に虐めていた時からずっとね。」
「小学校だと!?まさか,お前はあの時の!?お前も俺を騙していたのか!?」
「騙していないよ。僕はただ彼女を助けようと思って動いただけだからね。何故かその後,赤松会長に気に入られて彼女にも好かれて付き合うことになったんだが,どうやら最初から会長は彼女を後継者にして僕を彼女の補佐に置こうと考えていたみたいだよ。君の監視を頼んでいたのも色々と学ばせるつもりだったみたいだからね。」
要するに彼の父親は最初から彼を後継者に選ばず,既に見限っていたということだ。その話を聞くと可哀そうに聞こえるかもしれないが,今までの赤松先輩の行いを聞くと因果応報,見限られても仕方がないと思ってしまった。
案の定,彼の言葉を聞き終えると,赤松先輩は掴んでいた遙人の首元を離すと放心した状態でトボトボと歩き出してしまった。その後姿を見て溜息を吐くと今度は取り巻き達を見た。
「君達も彼を煽っていたから罪は重いぞ。それ相応の罰は覚悟しておいてくれ。それから,白星会長。今回の一件,本当に申し訳ありませんでした。後日,正式に会長が謝罪すると言っておりましたので。」
「僕は別に気にしてないんだけどね。それよりも,交流試合の方はどうしようかな。こんな状態で続けるのもどうかと思うし。」
「聖ちゃん,悠人君と神条君の御蔭で最後は盛り上がったからいいと思うよ?」
「まあ,そうなんだけどね。…………あれ?赤松君?」
皆は視線を聖人会長達に向けていたので赤松先輩の行動に全く気付いてなかったのだ。彼は試合に使っていたボールを持つと力を込めてそれを思いっ切り投げたのだ。
「っ……俺は選ばれた人間なんだ!!お前たちとは違うんだ!!バカにするのもいい加減にしろ!!!」
「!?遙人,避けろ!!」
咄嗟に気付いた蒼一郎先輩の言葉を聞き,遙人は反射的に赤松先輩が投げ付けたボールを避けてしまった、だが,その行動が間違いであったのだ。遙人が避けたコースには美陽達が座っており,ボールはあろうことか美月の座っている方へ勢いよく飛んで行ったのだ。
「しまった!?美月ちゃん!?」
「えっ……!?」
一瞬の出来事で遙人も間に合わないと思い目を瞑ってしまったが,そのボールに美月が当たることはなかった、目を開けてみるとそのボールは美月ではなく間一髪のところで間に入り,顔面で受け止めた悠人が直撃したのだ。
だが,威力が強かったのか.そのままボールは明後日の方向に飛んでいくと彼はそのまま床に倒れこんだ。
「ユウ!?」
「悠人!!」
「御神君!?しっかりして!!」
観客席にいた美陽たちだけでなく試合コートにいた遙人達を悠人のことを心配して未だに地面に倒れて血を流していた彼に駆け寄ってきたのだった。
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