第24話 全力で戦いたい
「皆~,おつかれさま~。飲み物を持ってきたよ~。」
楓先輩が誠央学園の生徒会メンバーと一緒に激励に来てくれたのか,自分達に冷たい飲み物を渡してくれた。そろそろ10月中頃なのに体育館の中は試合の熱気で蒸し暑くなっており,既に汗でびしょびしょになっていた。
それを見兼ねたのか,一緒に来ていた美陽は俺にタオルを投げた。
「お疲れ様,ユウ。調子はどう?」
「調子に問題はないが,点数は最悪だな。まさか,こんなに点数がひっくり返されるとは思っても見なかったぞ。」
渡されたタオルで汗を拭きながら相手チームを見ると聖人会長に抱き着いている結衣や蒼一郎先輩に頭をクシャクシャにされて怒っている葵,そして遙人と何やら楽しそうに話している美月の姿が目に映った。
正直,あの3人だけでも地区大会の決勝ぐらいはいけるのではないか?と思ってしまった。だが,何故だろう?点数は負けているのに心はいつもと違ってもやもやとせず,どちらかといえば,生き生きとしていた。
やはり,身体を動かしていると嫌なことも忘れるのか,遙人とのことも深く考えないようにできたのだろう。すると,先輩二人が懇願した目で楓先輩に泣き付いた。
「宝城さん,佐倉と付き合っているって本当かよ!?嘘だよな!?」
「嘘じゃないよ~?シン君と付き合ってもう2週間ぐらいかな。それに,この間のオリエンテーションの時に初めてファーストキスされちゃって……キャ!♡」
嬉しそうに頬に両手を当てて惚気られると先輩達は石のように……というよりも,本当に石化して固まってしまった。その姿の先輩達を哀れんだ目で見ていると隣にいた美陽は何故か楓先輩を見て顔を赤く染めていた。
先程,観客席で色々と葵達と一緒に聞いていた話の中に物凄く恥ずかしい話もあり,思い出してしまったのか,珍しく頭の天辺まで真っ赤になっていた。
「お前がそんな顔になるなんて珍しいな?」
「し,仕方ないでしょう!!ファーストキスだけなら未だしも,その後に3人で一緒にお風呂に入ったなんて……ごにょごにょ……。」
「お,おう・・・。」
最後の方は聞き取りにくかったが、その言葉を聞き,俺も珍しく顔を赤くして未だに嬉しそうにしている楓先輩を見た。楓先輩って見た目に寄らず,かなり大胆なことをする人だなと思ってしまい,美陽のその言葉を聞いたことで石化していた先輩達は更にヒビまで入り今にも崩れそうになっていた。
まさか,本日2回目のお風呂事情を聞くことになるとは……。
「そういえば,赤松君は何処に?」
「取り巻き達が連れて行きましたよ。後半戦,負けそうになったらただじゃおかないぞって言われましたねぇ。」
「彼等には困ったわねぇ。折角の交流会なのに皆で楽しめばいいのに……。」
「……そう,ですね。」
俺は何も言えなくなった。自分も先程一瞬であったが,遙人とは普通に話すことができたのだ。だが,それはあくまで試合の中であって実際に遙人と仲良く話をできるかと言われると自分でも分からなかったのだ。
そう考えていると,石化が解けた?先輩達は涙ながら楓先輩に懇願してきた。
「宝城さん頼む!せめて,せめて佐倉には一言,助言を……!このままじゃ,練習量が5倍に……!」
「あ~,はいはい。シン君にはそれとなく伝えておいてあげるから心配しないで。」
「「ありがとう,宝城さん!!」」
「先輩達も必死だなぁ……。というか,負ける前提で話してないか?」
「翔琉,それ以上は言うな。それにしても,あれはどうしてなんだろうな……。」
「どうしたの,ユウ?」
飲み物を飲みながら赤松先輩の発言が気になったのか,尋ねて来た美陽に俺は未だにその言葉に悩んでいることを教えた。
「赤松先輩って結衣が目当てなら白星会長に突っ掛かると思ったんだが,さっきからずっと遙人に対してあの陰キャが……とか言ってな。何で遙人を?というよりも,陰キャって単語に敏感な気がしてるんだよ。美陽,何か知ってるか?」
「私も分からないわね。そういえば、遊びに行った時も神条君のことをかなり軽視していたわね。どうしてかしら?」
「それはね,赤松様が彼のような男子に言いくるめられたのが2回目だからだよ。」
「先輩!?いつからそこに!?」
いつの間にか,俺と美陽の間に先程の取り巻きの先輩が苦笑しながら立っていた。まったく気配がなかったけど,いつからいたんだろう……。
「宝城さん,今回は赤松様がご迷惑を掛けて……。」
「気にしないで。そっちは大丈夫?かなり
「あはは,大丈夫だよ。まあ,最近,胃薬が3倍に増えたけどね。」
遠い目をして胃を押さえながら言った先輩にその場にいた全員は本気で転職先を見直した方がいいのでは?と進言しそうになった。
「あのう,先輩。前に一度同じようなことがあったとは……?」
「実は赤松様が小学校の時に女の子を泣かせてしまったことがあってね。その子は普段,意志がとても強い子だったんだけど,彼の取り巻き達にも虐められて太刀打ちができなかったみたいなんだ。それを見兼ねた陰キャっぽい男の子が彼女を泣かせたことで怒らせちゃったみたいでね。赤松様や取り巻き達が今までやって来た行いを全校生徒の前で暴露された上に大量の証拠まで出されたことで大恥をかかされたんだよ。何せ,小学生だとはいえ女子更衣室まで入ってきて彼女を虐めていたからね。」
話を聞いていた俺達だけでなく美陽や楓先輩もドン引きした表情を浮かべていた。あの人,取り巻き達と女子更衣室に侵入したのか……。
「赤松様は怒られただけで済んだけど,取り巻き達は他県に引っ越しをせざる得ない状況になったかな。以来,赤松様は陰キャという存在を敵視しているんだよ。」
「小さい時から無茶苦茶な人だったんですね。だから,陰キャに見える遙人が目立つことが許せなくて敵視していると……。」
「そうだね。何せ,その男の子の反抗で女の子達から目の敵にされて散々な目に合わされたからね。……まあ,それって僕のこと何だけど。」
「「ぶっ!?」」
「赤松様も未だに気付いてないんだよね。僕がその時の男の子だってことを……。ちなみに,虐められていたのは赤松様の妹でさっきも言った僕の彼女だよ。」
俺と美陽は開いた口が塞がらなくなりそうになり,彼の話を聞いた楓さんは微笑んでいた。楓先輩の話だけでもお腹がいっぱいなのに,目の前の先輩も何て濃い恋物語をしているんだろうと思った。恋だけに……。
あと,今の見た目から想像できないが,昔はもっと暗い印象だったらしく彼女と出会ってから様変わりしたとも教えてくれた。恋をすると人は変わるというが正にその通りの先輩であった。
「ただ,あそこまで不機嫌なのは久しぶりだね。あの人はあんな状態になると男女問わず見境が無くなるから困ったものなんだよ。宝城さん,気を付けてもらっておいてもいいかな?」
「うん。気を付けておくね。」
「すまないね。それじゃ,あんまりこっちにいると怪しまれるから僕はそろそろお暇するよ。御神君,常盤副会長。それでは。」
先輩は赤松先輩の所に走って戻っていた。その後ろ姿が見えなくなると,もう一度俺は遙人達がいる星陵学園側のチームを見た。
あの先輩が言ったように,遙人が先程見たいに動き出すと色々と赤松先輩が何を起こすか分からないかと心配したが,それ以前に自分達は向こうのチームを止めることができるのか?と気になってしまった。だが,それ以上に俺にはある1つの感情が芽生えて始めていた。
『今の悠人に僕を抑えられると思っているの?もう,中学の時とは状況が変わってしまったんだよ。』
まさか,遙人にあっさりと抜かれると思ってはいなかったのでその言葉を聞くとやはり思うことがあるのか,本気で
「先輩,後半戦なんですけど……俺が前に出ていいですか?」
「!?いいのか,御神?確かに赤松よりもお前に出てもらった方が押し返せる自信はあるが……。」
「お前が前に出ると女子達がうるさくなるぞ?あと,俺達はどう判断したらいいか分からないが,この試合に勝ってしまったら四之宮さんは赤松と付き合わないと駄目何だろう?」
先輩達の言葉を聞いた彼女は複雑そうな顔をしていた。このスポーツ交流会は両学園の友好を深めるために行われたはずなのに,いつの間にか色々な思惑が重なり,ただ楽しむだけでは済まされない状況になりつつあったのだ。
それはおそらく,美陽自身も良く分かっていることだろう。
「なので,先輩。俺は本気出しますが,ギリギリのところで負ける手筈で頑張ってください。……試合が終わったら,部長さんには俺からも説明しますので。」
「ギリギリね。まあ,これだけ点数が離されているなら余程のことがなければこちらが勝つことはあり得ないと思うが……。」
先輩達が問題ないと確認すると,今度は楓先輩を見た。
「……悠人君,神条君と本気で勝負したい?」
「許可を頂けるなら……。」
楓先輩はチラッと美陽を見た。彼女も言いたいことはあるが,元々俺と遙人をこの交流試合で本気でぶつかり合わせて何か進展させようと考えていたのは美陽なのだ。それが分かっているからこそ,彼等を止める権利を彼女は持っていないのだ。
「……ユウ,行ってきなさい。結衣の件はこちらで何とかするから。」
「悪いな。……先輩,よろしくお願いします。」
俺は立ち上がり,先に試合コートに戻って行った。そして,ハーフタイム終了後,両学園の生徒達は誠央学園側のポジションの変更を見てざわざわと騒ぎ出していた。
先程相談した通り,俺と赤松先輩の位置が入れ替わり,前に出てきたからだ。
「俺がどうして後ろ何だ!お前達のどちらかでもよかっただろう!?」
「赤松,少し黙っていろ。それと,お前は勝ちたいんじゃないのか?それなら,大人しく今は従っておけ。」
苦い顔をしていたこちらを睨んでいた赤松先輩にひどいプレイをしたら許さないぞ!と言われてしまった。俺はその態度に苦笑したが,後半戦開始直後,真剣な表情でボールを取ると,一人でそのまま攻勢を仕掛けた。
「蒼一郎,佐倉君,来るよ!」
「「ああ!」」
二人は同時に俺からボールを奪おうと動き出したが,俺はフェイントを入れつつ,一気に二人を抜き,既にゴール近くまで来ていた。
「おや!?」
「!?遙人,そっち行ったぞ!」
「もう動いてます!悠人,打たせないよ!」
「……悪いな。」
遙人の一瞬の隙を付いて横から抜くと俺はスリーポイントシュートを決めた。その姿を見て今度は誠央学園側か歓声が上がった。
「先輩,こっちにボール回してください!このまま点数を追い付かせます!」
「わかった!」
「……どうやら,向こうも本気になって来たね。遙人君,どうする?」
「このままで大丈夫です。あと,悠人と勝負はしませんよ。こっちが負けたら四之宮さんが可哀そうじゃないですか?」
「僕としては有難いけど,もう少し君は我儘を言ってもいいと思うよ?まあ,それが君のいいところではあるんだけどね。」
皆まだまだ大丈夫だから落ち着いて行こう!と聖人会長は皆に他の3人に言うと今度はこちらから攻勢を仕掛けて行った。
そして、幾度となくお互いに攻防が続いたが,俺が本気を出したこともあり,気付けば点数は38-33と徐々に誠央学園側が点数を追い付いて来た。だが,俺一人が頑張っても3人を何とかするのはそろそろ限界があり,徐々に息が上がって来た。
「悠人,大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ……大丈夫だ。まだ,行ける。」
「無理はするなよ。とりあえず,お前が本気を出してくれた御蔭でこっちのメンツは保てたからな。あとは……。」
「おい,お前達!あの陰キャが前に出てきているぞ!」
「「!?」」
翔琉と先輩の3人で話をしている一瞬の隙に遙人が攻勢を仕掛けて来たのだ。だが,俺は間一髪のところで遙人の前に立ち、シュートを妨害した。
「そのまま話をしておいてくれてもよかったんだけどね?」
「お前こそ,そんなに慌てずに話ぐらいさせてくれてもいいとは思うぞ?」
「残念だけど,四之宮さんの件があるから勝つことを優先させてもらうよ。」
遙人はバスケ部の部長にパスすると俺を抜いて再度パスを貰い,そのままシュートを決めた。そして,それを見ていた美月は遙人へ声援を送った。
「……常盤さんが見ているのに,さっきみたいにカッコいい所は見せないのか?」
「今はその時じゃないよ。それにしても,本当に持久力が化け物だね。あれだけ走り回って一人でここまで戻すなんて。相変わらずと言えば相変わらずだけど。」
「まあ,取り柄だからな。」
「……そっか。」
遙人は少し笑みを浮かべて自分の陣地へ戻って行った。そして,二人のやり取りを見ていた翔琉達だけでなく観客席にいた美陽達も笑みを浮かべた。
「あの二人,何だか雰囲気が柔らかくなってない?」
「うんうん。それに,周りの皆も対応が少し変わってきているかも?」
チラッと周りを見ると先ほどからあの二人って本当に喧嘩しているの?とか,仲良さそうに見えるぞ?とか色々と声が聞こえていた。そして,遙人に嫌味を言っていた彼女達も困惑してきており,その光景を見て美陽は今日一番の笑みを浮かべた。
だが,その雰囲気も赤松先輩の言った言葉で全てが台無しとなってしまった。
「御神悠人,何をやっているんだ!あの陰キャに点数を取られたではないか!?」
「赤松,御神は頑張っているんだから仕方ないだろう?それに,あの1年生が点数を入れたのってまだ2回程度だぞ?」
「そんなことは分かっている!しかし,さっきからあの陰キャを応援している四之宮さん達といる女子は何だ?」
「ん?ああ,彼女か。星稜学園の妖精姫って言われている子だな。というか,彼女のことを知らないのか!?」
「知らないし,興味もないな。俺は四之宮さんしか興味がないからな。」
当たり前のように言う赤松先輩を見て先輩達は信じられない顔で彼を見た。
「お前って本当に極端だな。あの子は神条の彼女だぞ?というか,あんな可愛い子と付き合えるってあいつはどうやって捕まえたんだ!?本気で羨ましいんだけど!!」
「先輩,それ以上血涙流すとそろそろ貧血起こしますよ?何度目ですか?」
今日だけでこの人は何度血の涙を流したのだろうかと思うと俺は先ほどの先輩達とは別の意味で信じらない顔をした。
「あの陰キャの彼女が姫だと?大層な呼び方をされているではないか!所詮,陰キャの彼女など碌でもない女子なんだろう?笑えるではないか!」
「「…………。」」
会場の空気が急に静まり返り,異様な空気を放っていた。だが,それはほんの一瞬であり,今まで歓声しか挙げてなかった星陵学園の学生達から大ブーイングが巻き起こった。しかも,観客席ほぼ全員の学生達からだ。
「もう一変,言ってみろ!!常盤さんを侮辱すると只じゃおかないぞ!!」
「何,あの男子!?誠央学園ってあんなのまでいるの!?信じられないわ!?」
「表に出ろ!!姫さんを侮辱するのは俺達が許さないぞ!!」
誠央学園の学生達は今の状況を見て何事かと思い,皆周り見渡した。だが,その言葉を聞いて怒ったのは彼等だけでなく,彼女の姉であった美陽も怒りが収まらないのか,両隣にいた葵と結衣に抑えられている状況であった。
「……まずいわね。楓,少し行ってくるわ。あと,美月さんもさっき彼が言ったことは気にしないでいいから。」
「私は大丈夫です。それよりも,皆さんを何とかしないと……。」
ダンッ!!
美月が何か言い掛けようとするとコートの方でボールが物凄い勢いで跳ね,そのまま地面を転がっていたのだ。会場にいた皆は何事かと思い見ると,赤松先輩が持っていたボールを奪って遙人がダンクシュートを決めていたのだ。
「……今,何て言いました?」
その光景を見た瞬間,騒いでいた星陵学園の学生達は静まり,同時に誠央学園の生徒達も何事かと思った。だが,美月はその光景を見ると周りにいた美陽達と違い,驚く処から何故か苦笑していたのだった。
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