第21話 それぞれの目的

 数日後の放課後。体育館には誠央学園と星稜学園とのバスケの試合を見ようと多くの学生達が詰め寄っていた。


 だが,それは学生だけでなく時間がある教職員達も見学しており,購買に居るおばちゃん達までこの商機を逃さんと商売逞しく観客席にいる学生達にお菓子や飲み物を売っていたりもした。


 そんな光景を待機場所である男子更衣室から翔琉はチラッと会場を覗いていた。


「翔琉,どうだ?」

「本当に何だ,この数は?無茶苦茶観客がいるな。うわぁ~,お前を狙っている女子達もやっぱり見に来ているぞ……。」

「試合をする前から憂鬱な気分になりそうだから言わないでくれ。」


 頭を抱えながら溜息を吐く俺を見て応援に来ていた美陽は苦笑していた。同時に隣にいた楓先輩は少し申し訳なさそうな顔で俺を見ていた。


「ごめんなさいね,悠人君。ここまで人が集まるとは私も思っても見なかったわ。」

「楓さん,今回の見学者って3年生は少ないですけど,2年生と1年生はほぼ見に来ているんですか?」

「うん。2年生は単純に聖ちゃん達を見に来ているだけなんだけど,1年生は悠人君と神条君の決闘?を見に来ているみたい。聖ちゃんが言うにはどっちが勝つか賭け事までされているって。」

「何でそんなことになっているのかしら……。楓さん,それって何処から始まったことか分かりますか?」

「それが色々と複雑なのよねぇ。発端は星稜学園の学生達なんだけど,それを煽る行動をしているのが誠央学園の学生達だから。」


 元々はお祭り騒ぎの一環として二人のどちらが勝つか!という話だけであったらしいのだが,それを嗅ぎ付けた悠人に執着している女子グループの子達が敏感に反応して皆で悠人の応援に駆け付けようとなってしまったらしいのだ。


 一応,風紀委員会が厳重警戒態勢を敷いているため,何かあれば即動けるように蒼一郎先輩が副委員長に頼んではいると聞いてはいるらしい。


「あの子達も流石に何もしないと思うけど,あまりにもブーイングが酷いなら試合そのものを何とかしないと駄目になるから困っているのよね。」

「そうですね。でも,そこまでして彼女達は一体……。」

「お,御神、桐原。こんなところにいたのか?って,宝城さんに常盤さんも!?」


 美陽が何か言い掛けると更衣室の扉が開き,星稜学園のバスケ部に入部している先輩達がやって来た。だが,二人は美陽や楓先輩を見るとぎこちなくしていた。


「あら,二人とも今回は協力してくれてありがとう。本当に助かったわ。」

「い,いや,困った時はお互い様で。ところで,お二人はどうしてここに?御神と桐原に用事でも?」

「う~ん,ちょっと色々と。それじゃあ,私と美陽ちゃんは観客席に戻るから試合頑張ってね。」

「ユウ,翔琉,勝ちなさいとは言わないけどサボっていたら許さないわよ。あと,先輩達も頑張ってくださいね。」


 二人はそう言い残すと先輩達と入れ違いで更衣室を出て行った。そして,二人が居なくなると先輩達は盛大に溜息を吐き,更衣室に置かれていた椅子に座り出した。


「マジで緊張した……。行き成り入ったら二人がいる何てびっくりしたぞ。」

「先輩,そんなに緊張するんですか?」

「当たり前だろう!むしろ,お前がおかしいんだよ!【女性恐怖症】と言いながら誠央学園の天才少女と言われている常盤さんやミス常盤に選ばれた四之宮さん,おまけに宝城さんや青葉さんとまで知り合いって絶対におかしいだろう!?男子達の一部何てお前のその体質は方便だって言ってる奴等もいるぐらいなんだぞ!」

「いや,真面目に俺は【女性恐怖症】ですから……。この間だって葵に首元掴まれたり,楓さんに抱き着かれたりして真っ青になってましたよ?」

「むしろ,真っ青になったとしても抱き着かれたいわ!何だよ,その羨ましい光景は!その位置変われ,御神!」


 血のような涙を流しながら詰め寄る先輩に俺は顔を引き攣らせて落ち着いてくださいと宥めた。だが,その光景を見ていたもう一人の先輩が呆れた顔していた。


「だがな,御神。他の女子達がお前に詰め寄るのも理解はできるぞ?常盤副会長達だけ大丈夫であって他の女子は駄目だとか言い訳にならないからな。そのことはよくわかっているな?」

「そこは十分に理解できています。ただ,美陽達は俺のことを恋愛対象としては見てませんから……。」

「まあ,お前の言う通りなんだがな。」


 先輩も事情を知っているのか,それ以上何も言わなかった。美陽達と俺に執着している女子達の大きな違いは俺に対して恋愛感情を持っているかということなのだ。


 美陽は【男性恐怖症】であることから俺と恋人になることはありえず,結衣や楓先輩に至っては既に恋人が分かっており,葵に関しても恋人がいることを聞いている。


 そのため,彼女達との過度なスキンシップはないと安心をしているが,逆に自分に恋愛対象を持っている女子であると自分にどれだけ過剰にスキンシップをしてくるか俺に取っては恐怖でしかないのだ。


 それも全て中学1年生の時に起きた事件の影響でもあり,そのことを思い出すと俺は顔を真っ青にして口元を手で抑え込んだ。


「!?大丈夫か,御神!?」

「すみません……。色々と昔を思い出してしまって……。」


 顔色の悪い彼を見るとやはり【女性恐怖症】は事実なんだと再確認し,先輩達もその話はそれ以上何も言わなかった。そして話を逸らそうと翔琉は俺や先輩達を見て話題を変えようと思った。


「そういえば,先輩達はさっきまで何処に居たんですか?」

「星稜学園のバスケ部の所にいたんだよ。この試合に向こうのバスケ部の部長も出るらしいんでな。そいつとちょっと賭けをすることになった。」

「賭けって……。」

「そんな大したことでもない。……いや,大したことあるか。俺達が負けたらいつもの練習メニューを3倍に増やされる。」


 そのことを話した途端,先輩は憂鬱な気分になり,顔を俯いてしまった。どうやら今でも相当練習量がきつく誠央学園に居た時の倍以上の練習量であるらしいのだ。


 その3倍となると本気で目の前が真っ白になる予感しかせず,先輩達はこの試合是が非でも負けるわけにはいかなくなったのだ。


「それで,こっちが勝ったら何を貰えるんですか……。」

「…………。」


 先程,俺に忠告した先輩はチラッともう一人を見ると俺が言うの!?みたいな顔をされてその先輩は顔を赤くして頭をかきながら教えてくれた。


「あ~,実は今度部長の女友達を紹介してくれるって話をだな……。」


 なるほど。要するに先輩達はあちらの部長に餌で釣られたと。その言葉を聞くと俺は呆れた顔で先輩達を見て負けても仕方がないと思ってしまった。


「仕方ねぇだろう!星稜学園の女子って可愛い子が多いんだから!そりゃあ,誠央学園の女子達にもいるにはいるんだが,何て言うか声を掛けにくいんだよなぁ。」

「まあ,そりゃ仕方ないっすよね。誠央学園の女子ってお嬢様が結構多いですから。でも,今の2年生はそうでもなかったんじゃないすか?特に目立っても楓さんか,前生徒会会長ぐらいでしたし。」

「そうなんだが,何て言えばいいのか,雰囲気が,な。近寄り難いんだよ。こっちに来てから少しは警戒が緩くなったみたいなんだが,俺達……というよりも男子生徒の大半を未だに警戒しているみたいでな。」

「先輩,それって先輩達が問題じゃなくて1年生の男子達……というかが問題なんじゃ……。」


 翔琉の言葉を聞くと,先輩達は大きな溜息を吐いた。どうやら,彼等が理由であることは間違いないらしく,どうして今期の1年生は男女共に問題児ばかりが集まったのだろうかと俺も呆れた顔をした。


「そういえば,御神。星稜学園の方のチームにお前と喧嘩している奴が居るって聞いたけど名前なんだっけ?確か,神条?試合会場で女子が結構,騒いでたぞ?」 

「!?……何て騒いでました?」

「う~ん,そうだな。悠人君が勝つに決まっている!とか,あんな陰キャに負けるわけがない!とか,まあ大したこと?ではないな。だけど,星稜学園の女子達が彼女達を睨んでいたぞ?そいつと何かあったのか?はっきり言うとお前を狙っている女子達が公の場であんなに感情むき出しになるなんて珍しいからな。」

「悠人,冗談抜きでそろそろ何とかした方が良くないか?星稜学園の女子達が睨んできているなら相当まずいと思うぞ?」

「……この試合が終わったら一度彼女達と話してみる。それで大丈夫と思うか?」


 まあ,やらないよりマシじゃないかな?と言われて俺も苦笑しながら溜息を吐いた。だが,何故彼女達は行き成り騒ぎ出したんだろう?遙人に暴言を吐いていた話はいくらか聞いていたが,ここまで盛大になったのは始めてなのだ。


 一度,司馬先生に注意がされたことがあると委員長から聞いたことはあるが,それでも今回の試合に合わせて一斉に集まるのはいくら何でもおかしいと思ったのだ。


 そう考えていると扉が勢いよく開き,赤松先輩が取り巻き達を連れて威張りながら入って来た。


「俺と共に戦うのは君達か!こんな良き日に巡り合えたことを感謝するぞ!」


 気障ったらしい台詞を言って髪をかき上げる赤松先輩を見てそれだけで先輩二人は憂鬱な気分になり,そんな赤松先輩を呆れた目で見ていた。


「おい,赤松。宝城さんから聞いたが,無理やり選手として入るように捻じ込んだみたいじゃないか?バスケの腕前は大丈夫なんだろうな?」

「何を当たり前のことを言っている?選ばれた存在であるこの俺がそんなこともできないわけないだろう?」

「先輩,実際にどうなんですか?」

「信じられないかもしれないが,あれで成績も上位10位圏内で運動神経も抜群なんだぞ。しかも,顔もイイという。神は何て過ぎたるものをあいつに送ったのかいまいちわからん。」

「本当に不思議なことってありますよね……。」


 先輩に話を聞くと,何時ぞやの遙人のように珍妙な生き物を見る目で赤松先輩を見た。すると,俺の視線に気付いたのか,赤松先輩は前に近付いて来た。


「御神悠人,お前と一緒に戦うことになるとはな。だが,今日はお前と争うつもりなどない。むしろ,共に星稜学園を打ち倒そうじゃないか。」

「意外ですね。自分にはもっときつく当たると思ってましたけど?」

「ふっ、崇高な目的の為なら君のことはどうでもいいことなんだよ。それに,君自身も俺の相手をしている暇はないんじゃないか?」


 赤松先輩の言葉を聞くと,俺は不敵に笑っていた彼を睨んだ。まさか,会場で騒いでいる彼女達に何かしたのか?


「赤松先輩,彼女達に何をしたんですか?」

「別に何かをしたわけではないさ。ただ,俺は彼女達に一言だけ言ってあげただけだぞ。この試合で御神悠人があの陰キャに負けたらどうなるんだろうな,とな。」

「っ……あなたは!?」

「あのう,お取込み中にすみません。そろそろ試合が始まりますので会場の方にお越し頂いてもよろしいでしょうか?」

「……どうやら,時間のようだな。俺は先に行かせてもらうぞ。それから,君達も今回は負けれない理由があるそうだな。お互いに頑張ろうではないか。」


 生徒会の審判らしき女子生徒にそう言われて赤松先輩は高笑いをしながら更衣室を出て行った。だが,彼の取り巻きの一人,昨日聖人会長に謝っていた先輩は更衣室に残り,先程の話の件で俺に頭を下げた。


 そういえば,この先輩は誠央学園にいた時も結衣のことで何かある度に俺達に頭を下げていた人だなと思い出し,今回の件も彼は問題と考えたのだろう。


「御神君,四之宮さんのことも含めて本当に申し訳ない。また,赤松様が迷惑を掛けたようで……。」

「頭を上げてください。それに実際それ以外のことは何もしてないんですよね?」

「……残念ながら。他にも色々としていたら宝城さんに報告して赤松様を選手として外して貰おうかと思っていたんだが,本当にそれだけしか言ってないのだよ。まさか,あの子達がたったそれだけのことであそこまで過剰に反応するとは僕も思っても見なかったものでね。」

「お前も大変だな。いい加減,赤松のお守なんてやめたらどうだ?お前の成績なら他にもスカウトしてもらえるところいっぱいあるだろう?」


 この取り巻きの先輩,赤松先輩よりも頭が良く誠央学園の2年生の中では学年上位に入る成績の持ち主であり,元生徒会長や楓先輩と並んでいた人物でもあったのだ。

 

 そのため,彼を囲い込むために他の企業は色々といい条件を出してスカウトに来ているらしいのだが,彼は何故か赤松先輩の取り巻きというかお守役を辞めようとしないのだ。


「恥ずかしい話なんだが,赤松様には双子の妹がいらっしゃってね。彼女は常盤女子学園で生徒会会長を務めているんだよ。それでその,実は彼女と……。」

「おい,まさか……。」

「そのまさかだよ。付き合っていてね。赤松会長からも彼女と付き合うことは認められていて赤松様の監視とお守をよろしくと言われているから中々断れないんだよ。」

「「ここにもリア充がいたか!!チクチョウ!!」」


 その話を聞いて,先輩二人は彼を哀れむ処か常盤女子学園の子達を紹介しろとゾンビのように泣きながら懇願し始めた。


 先輩達ってそこまで女子に飢えていたのか……。


 というか,誠央学園にいた時はそんなことなかったのにこっちに来てから本当になにがあったんだろうか?


「まあ,今回のことを報告するとそろそろ赤松様は本当に後継者から外されることになるからね。とりあえず,今回も大事にならないことを祈っているよ。そういえば,その神条君のことで聞きたいことがあるんだが,御神君いいかな?」

「何でしょう?」

「彼の知り合いだから知っていたらでいいんだが,妹さんがいたりしないか?名前は確か,神条……悠姫ゆうひさんだったかな?」

「!?」


 その名前を聞き,俺は顔が真っ青になってしまった。だが,その顔に気付いたのは翔琉だけであり,俺は気付かれないように直ぐに元の表情に戻すと尋ねた。


「あいつの妹,ですね。その子が何か?」

「大したことではないんだかね。その子が元中等部の生徒会会長で今彼女のお手伝いをしている優秀な子らしいんだよ。何でも常盤副会長と同様に天才少女と言われているみたいなんだ。」

「あの男子の妹ってそんなに凄い人物なのか……。なあ,もしかして,あいつも実際はとんでもない化け物じゃないだろうな……?聞いた話じゃ,女子達とかなり仲が良いとか……。」


 先輩達は更衣室を出ながら赤松先輩の取り巻きから色々と常盤女子学園の話を聞いて出て行った。そして,先輩達が居なくなると翔琉が声を掛けてきた。


「なあ,悠人。さっき先輩達が言っていた子ってもしかして……。」

「俺の,妹だ。……前に母さんのことで教えたことあるだろう?母と同様に俺は妹も傷付けてしまったんだよ……。本当に,禄でもない兄だよ,俺は……。」


 そう言い残すと,俺も先輩達の後を追って更衣室を出て行った。だが,今にも崩れ落ちそうな俺の後姿を見ると,自分達の家庭事情は思っているよりもかなり深刻な問題ではないのかと思った。


 そして,翔琉は今後この問題にどう対応しようか,珍しく頭をかきながら悩み考えると同じように更衣室を後にした。

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