第20話 洋食レストラン【グリルローズ】

 ――洋食レストラン【グリルローズ】


 私達の祖父母が経営している老舗であり,地域でも有名な洋食店でもある。名前の通りグリル料理が名物のお店であったが,祖父母の代で路線を変更し,今では色々な洋食を出す名店として地域のお客さんから人気を集めていた。


 そして,今年になって更に品を追加し,今では常連客以外に若い学生達や多くの女性達が挙って足を運ぶようになっていた。特に最近では,放課後帰りの学生達がある物を目当てにたまり場の一つとして利用するほど繁盛していた。


「すみません,ただいま戻りました~。」

「あ,遙人君。おかえりなさい~。やっと帰ってきてくれた~。」


 カランカランとベルが取り付けられたお店の扉を開けると亜麻色の髪をした女性に遙人は抱きつかれてしまった。


 天河涼子あまかわりょうこ。どう見ても20代のお姉さんにしか見えないが,彼女は美月,そして美陽の祖母なのだ。何でも20代からずっと若々しさを保っており,今年で60歳になるとは到底思えない人物なのだ。


 また,性格も美月曰く自分の母親と同じで好奇心旺盛な上に恋愛話に目がなく偽装カップルと知らない遙人と美月に早く曾孫を見せて欲しいと二人に迫っているほどでもあり,私は会う度に顔を赤らめて困っていた。


「りょ,涼子さん,苦しいです……。」

「あら,ごめんなさいね。美月ちゃんもいらっしゃい。それから……。」

「お婆様,ご無沙汰しております。」

「「こんばんわ。」」

「!?!?」


 遙人の後ろにいる美陽や葵,結衣を見て涼子さんは何故か雷が落ちたかのように固まってしまった。その姿を見て遙人達はどうしたんだろう?と思うと急に涼子さんが叫び出した。


「は、遙人君!美月ちゃんだけじゃなくて美陽ちゃんにも手を出したの!?しかも,後ろにいる二人も!?流石にハーレムはどうかと思うわ!?」

「何!?ハル坊がハーレムだと!?」

「「何だと!?」」


 何故か厨房に居た店長と他の男性スタッフ達も涼子さんの話を聞くと作っている料理を放置して皆遙人の前まで詰め寄って来た。


「皆さん,お客さんが見ていますからその辺で!あと,真哉さん達も火を使っているのに離れてどうするんですか!?それからハーレムじゃなくて学園の友達です!!」


 遙人が怒鳴っている横で私は乾いた声で笑い,後ろに居た美陽達も顔を引き攣りながらただ笑うしかなかった。そして,厨房に行くと言って別れた遙人を見送ると私達は予約してもらっていたテーブル席に着いた。

 

 すると、遙人に詰め寄って来た店長らしき人が申し訳なさそうに頭を掻いた。


「悪いな,美陽ちゃん。勘違いさせたようで……。」

「いえ,気にしていませんから。それよりも,お久しぶりです,おじい様。」

「おう。美陽ちゃんも元気そうだな。」


 彼女達の祖父である真哉さんはにこやかに笑った。


 天河真哉あまかわしんや。涼子さんの旦那さんであり,ここ【グリルローズ】の店長兼料理長でもある。そして,美陽と美月の祖父であり,涼子さんと同様にとても60代には見えない姿をしていた。


 また,今では性格は落ち着いているが,昔はかなりやんちゃな性格をしており,その破天荒さは息子である自分達の父親にかなり受け継がれていたりもする。そして,涼子さん同様に彼もまた遙人のことを気に入っており,将来は自分の後を継がせたいとも考えているらしい。


「でも,驚きました。神条君がおじい様の所に居候していたなんて……。」

「美月ちゃんに聞いてなかったんだな。ハル坊の両親とは昔にちょっとした縁が合ってな。星稜学園に入学する時にハル坊の移住先を探していたから家を勧めたんだ。」


 姉は隣にいた私を軽く睨み,私も言ってなかったことを申し訳なさそうにした。まさか,偽装とはいえ孫娘の彼氏が家に居候しているなんて傍から見れば将来を約束された恋人と見間違わられても不思議ではないからだ。


 これは祖父母達に早く曾孫が見たいと言われても仕方がないと改めて理解した。だが,祖父母達の話を聞いて美陽は何やら考え事をした。


「(そういえば,お父様達は神条君の居候の話は知っているのかしら?今度電話した時にでも美月の彼氏のことも含めてそれとなく聞いてみた方がいいわね。)」

「ん?お姉ちゃん,どうしたの?」


 不思議そうに見ていた私に何でもないと首を横に振り姉は祖父を見た。


「お爺様,美月は今日出なくても?」

「美月ちゃんは大丈夫だぞ?いつもより今日は客が少ないからな。ハル坊は今日厨房じゃなくて休んだ子の変わりにホールに出てもらうつもりなんだが……。」


 チラッと周りのお客さんに気付かれないように小声で彼女達に顔を近付けた。


「美陽ちゃん達のお目当てってオムライスとケーキどっちだ?」

「「!?」」

「やっぱりそれが目当てか。ハル坊がいないとあれは作れないからな。一応,常連や予約して来る客には今日いるかどうかは伝えているんだが……。」


 何でもオムライスやケーキを出す日付を公表した瞬間,その日に限りお客がパンクして店が回らない状況になったらしいのだ。


 嬉しい悲鳴ではあるが,休憩すらままらないのはどうかと思い,常連と予約のお客様にだけ教えるようにして,後は当日の張り紙で不定期にオムライスとケーキを出すようにしたのだ。


 それでも,去年と比べると客足が増えており,元々他の洋食も美味しかったことから今では若い客層,特に遙人の宣伝で星稜学園の学生達がよく訪れたりもしているらしいのだ。最近では,編入された誠央学園の学生達も訪れているとも教えてくれた。


「それじゃ,今日は特別だ。ハル坊にオムライス作ってくれと頼んでおくわ。メニューはどうする?美陽ちゃんはもしかしてビーフシチューソースかな?」

「それでお願いします!」

「あいよ。美月ちゃんも同じでいいかい?あとの二人はどうする?」

「え~っと,それじゃ私達は……。」


 メニューを見ながら私は姉と同じので大丈夫だと言い,目の前の二人はは海鮮フライをトッピングしたクリームソースのオムライスを注文した。そして,注文を聞くと真哉さんは厨房に消えていき,彼女達はお店の中を見渡した。先ほどから気になっていたお店のスタッフ達が来ている制服,何処かで見たことあるような制服を見た。


「美月,ここって制服変えたの?何ていうかその……。」

「メイド服と執事服みたい,かな?」

「そうそう。でも,コスプレ喫茶みたいには見えないし,何て言うか作りが似ているけど何か違う?みたいな。」


 美陽の言いたいことを理解したのか私は苦笑して教えてくれた。今お店のスタッフが着ている2つの制服を提案したのは自分の彼氏である遙人であり,女性は可愛らしい服,男性はカッコいい服の方がお客さんもより足を運んでくれるでしょう!と祖父母達を説得して許可を貰ったらしいのだ。

 

 現に制服を変えたことでオムライスとケーキのことも含めて更に若い客層が増え始めてお店の経営は鰻登りであった。


「あの服って神条君が考えたんだ。てことは,美月ちゃんもあれを着ているの?」

「着ているよ。ただ,あの制服だと色々と見えちゃうところがあるから私は少し恥ずかしくて……。」

「見えちゃう?……ああ,なるほどね。確かにあれは男子が喜ぶわ。」


 葵はある一つの部分,スカートとニーハイソックスとの間に見える部分を見て納得した。自分は夏場以外はほぼタイツを履いているのでああいった服装は若干抵抗あるのか,未だに慣れないと少し照れながら教えた。


 それを聞いた結衣は可愛いと思うよと言い,逆に姉は色々と気になることがあるのか未だに制服を凝視していた。


「どうしたの,お姉ちゃん?」

「神条君ってそんな風に見えないんだけど,あんな服を提案するってことはやっぱり男の子なんだなと思ってね。」

「お姉ちゃん,遙人君ってオープン・ザ・ド変態だよ?」

「……へ?」


 普段の私を知っている姉は自分の口から出たあり得ない言葉を聞き,一瞬,唖然としてしまった。それは葵や結衣も同じであり,3人は私の言った言葉の意味が非常に気になってしまった。


「遙人君ってとてもエッチな男の子だからね。この間だって,強風でスカートが捲れそうだった時も何食わぬ顔でこっち見ていたから。」

「意外ね。神条君ってそんな風に見えないのに。……というよりも,美月。しつこいようだけど,あなた達って偽装カップルよね?まさか,怒らなかったの?」

「勿論,怒ったよ?でも遙人君ってそういうことを交わすのが上手なのか,手慣れているから。結局,その時は限定のクレープ奢ってもらって終わったんだけど……。」

「ムッツリな美月ちゃんには言われなくないなぁ。」


 珍しく不貞腐れながら飲み物を飲んでいる私を見て話を聞いていたのか,ある男性が声を掛けて来た。その男性の顔を見ると3人は驚いてしまった。何せ,今ここにいるはずのない彼がお店の制服,所謂執事のようが姿でそこにいたのだ。


「ユ,ユウ!?どうして……あれ,金髪?」

「あはは。残念だけど僕だよ。」


 そう言って彼は後ろに上げていた髪を前に戻すと先ほどまで自分達と一緒に居た男子だと直ぐに気付いた。


「もしかして,神条君!?うわぁ,悠人君にそっくり……。」

「まあ,双子だからね。お店では前髪が邪魔だから髪を上げるようにしているんだ。やっぱり,似合ってないかな?」


 彼にそう言われて3人は首を横に振った。今は眼鏡も外しているのでどう見ても自分達とよく一緒に居る男子生徒と見間違えてしまったらしい。


「ところで,美月ちゃん。僕のことをド変態だというのはいいけど美月ちゃんも対外だと思うよ。何せ,履いているのがひ……。」

「わぁーーー!?遙人君,それは言っちゃダメ!!」


 遙人の口を手で塞ぎ,顔を真っ赤にして抗議する私を見て遙人は笑っていた。何でそれをお姉ちゃん達の前で言っちゃうのかな!?黙っておいてと言ったのに!!


 私達のやり取りを見て,葵と結衣は唖然とした顔をしていたが,美陽だけ私達の話していたことに気付いたのか顔を真っ赤にした。


「な,何で神条君がそのことを知っているの!?」

「あ,常盤さんは気付いたのかな?……美月ちゃんが実家に泊りに来たのは聞いていると思うけど,その時にそれが洗濯物と一緒に干されていて,偶然見かけてしまった僕の心情って分かる?」


 遙人はその時のことを思い出した途端,能面のような顔をした。その顔を見た美陽は怒る処か意味を悟ったのか,何か申し訳ない気持ちになってしまい遙人に謝った。


「神条君,妹が色々と本当にごめんなさい。」

「いいよ別に。最早,照れるとか悶えるとか通り越して困惑になってたから。」

「お姉ちゃんも遙人君もそれってどういうことなの!?」

「「いや,だってねぇ……。」」


 二人とも思うことは同じだったのか,私を見て溜息を吐いた。そんな顔をして私を見なくてもいいんじゃないかな!?私は口には出さなかったが,心の中で二人に抗議をした。そして,未だに話が分からず,不思議そうにしている二人を見て遙人は一度ゴホンと咳払いをした。


「そろそろオムライスを作って持ってくるから4人とも楽しみにしておいてね。それじゃ……あ,そうだ。」


 何か思い出しのか,振り向いた彼を見て私達は不思議そうにした。すると,彼は姿勢を正して私達に頭を下げた。


「先程は不愉快な思いをさせて大変失礼いたしました。後でお礼の品もお持ちしますのでお待ちください,お嬢様方。」

「「!?」」


 先程と同じように笑みを浮かべると遙人は厨房の中に消えて行った。その光景を見て未だに私以外は赤くなって固まっており,先程の遙人の姿を思い出して苦笑した。


「お姉ちゃん達,大丈夫?」

「……ええ。大丈夫よ。」

「びっくりしたなぁ。神条君,急に態度変えるから……。」

「それよりもあれは破壊力あるわね。御神が何で誠央学園の女子から人気なのか分かる気がするわ。ところで、美月。ここのお店って誠央学園の学生達も最近よく来ているらしいけど,神条君のあの姿を見せても大丈夫なの?何か言われてない?」

「う~ん,何度か御神君に似ているとは言われたことあるらしいけど苗字が違うし,今は喧嘩しているから兄弟だとは思われていないみたいだよ。それに,遙人君に嫌がらせをしている子達もここで働いているのは知っているからお店自体に近付こうともしていないかな?逆にそうじゃない子達とは仲良しな子も多いよ?」


 要するに未だに遙人と悠人が兄弟であることは知られていない状況でもあり,彼女達も学園の外,アルバイト先までちょっかいを掛けようとは思っておらず、その話を聞くと美陽は安堵した。


 だが,それと同時に彼女達は凄く勿体ないことをしているなと葵と結衣は思ってしまった。何せ,彼女達が嫌がらせをしている男の子はアルバイト先に行けば,悠人の姿でちゃんと話し相手になってくれるのだ。


 そう思うと,彼女達が哀れにも見えてしまい,何とも言えない心情となった。


「……お待たせしました。」


 料理が来るまでの間,4人で遙人と美月は本当に偽装カップルなのかと美月に問い詰めていると,遙人が4人分のオムライスを運んできた。


「どうぞ,ご堪能下さい。それと,これは先ほどのお詫びのサービスです。」

「チーズケーキだ!やったー!」


 オムライスと一緒に遙人が作った手作りのチーズケーキを置くと美陽は先ほどから遙人の態度が気になり,彼を見て苦笑した。


「神条君ってお店ではそう言ったことを良くしているのかしら?」

「お客さんにサービスで偶にね。最近では学園の女子達にお願いされることが多くて困ってはいるんだけどね。まあ,仮面を付けるのは慣れているからね。」

「えっ?それって……。」

「何でもないよ。それじゃ,皆は食事を楽しんで。」


 遙人が言った言葉が気になったが,彼はそのことに触れずにまた厨房に戻って行った。その後ろ姿を見送ると,どういうことだろう?と思いつつ,美陽は念願のオムライスを一口食べると葵や結衣と同様に顔が蕩けそうになっていた。


 その顔を見て,私はクスクスと笑い同じようにふわとろのオムライスを食べた。あと,サービスで付いた手作りのチーズケーキも相変わらずとても美味であった。

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