第18話 誠央学園の先輩

 3限目の休み時間,学生達は生徒会から張り出された張り紙を見て何事だろうと騒ぎ出していた。そして,その光景を遠巻きに教室から俺と翔琉は見ていた。


「誠央学園と星稜学園のスポーツ交流会?何だ,こりゃ?この間,オリエンテーションしたばかりじゃないのか?」

「内容はバスケ対決か……。メンバーは1年生と2年生からランダムに出場ができると,これって誰が出場することになっているんだ?」

「ねね,これってバスケ部も出るのかな?てことは,悠人君達も出場する?!それに,星稜学園のバスケ部に物凄くイケメンも居るって聞いてるし……。」

「…………。」

「スポーツ交流会ねぇ。一体,誰が出るんだろうな?」


 翔琉はチラッと隣に座る俺を見ると微かに笑った。先程,一部の女子達がバスケ部も出るのかなと言っていたので少し憂鬱な気分になってしまったが,今の自分はバスケ部に所属していないのは彼女達は知っているはずなんだが……。


「俺に聞かれても分からないな。募集要項は1年生と2年生からランダムに出場と聞いてるけど,出場メンバーはどうなっているんだ?」

「向こうで見ている奴らの話を聞くと,聖人会長と宝城先輩がそれぞれの学園のメンバーを集めるらしいな。とりあえず,急ごしらえだから1チームだけ?」

「なるほどな。だが,出場してもバスケ部がメインになるだろうし,今の俺には関係ない。それに,俺はもう少し昨日の夢心地に浸っていたい……。」


 俺は珍しく穏やか気分で机に突っ伏した。昨日,聖人会長が奢ってくれた寿司が美味し過ぎて腹いっぱいに食べ過ぎてしまい,それを見ていた美陽に怒られてしまったが,俺は終始大満足な状況であったのだ。


 正直,あんな高級寿司など二度と食べれないと思って食べていたのだが,聖人会長は結衣の友達ならまた機会があれば奢ってあげると言ってくれたので悠人の心情は今の見た目よりもかなりご機嫌であったのだ。


 そのため,俺は会長の恋人だと知った結衣に頭が上がらない状況でもあり,今後彼女に何かあれば馬車馬のように働こうと心の中で決意していたのだ。


「お前って本当に現金な奴だな。」

「苦学生が続くと色々と有難味が分かってくるんだよ。まあ,その原因を作った張本人が俺なんだけどな。」


 結局,昨日はあれから遙人とは話すことはなく向こうもこちらに話しかけもしない状況だったのだ。だが,俺は昨日の件で1つ気がかりなことがあった。


『遙人君,自分から殴られに行くのはどうかと思うよ?』

『……やっぱりバレてましたか?』

「(何であいつはあんなに平気な顔で自分が犠牲になることを厭わないんだ?正直,今回の問題は元々はこっちの問題であって遙人達は巻き込まれただけに過ぎないはずだ。なのに,何故……。駄目だ,やっぱりわからない……。)」


 俺は起き上がり溜息を色々と考えたが,目の前にいた翔琉は不思議そうに尋ねられると何もないと言ってまた机に突っ伏してしまった。本当に,あいつは何を考えているんだろう……。そんな風に愚痴をこぼしていると,教室の外が急に騒がしくなっていることに気付いた。


「ん?何か外が騒がしくないか?」

「言われてみればそうだな。何かあったのか?」


 特に男子学生が騒がしいなと思っていると教室の扉が開き,茶髪のふわふわした髪を靡かせた見目麗しい美少女が教室へと入ってきて皆は彼女に注目した。


「美陽ちゃ~ん,いるかな~?」

「楓さん!?どうしたですか?」

「あ,楓さんだ!」


 楓先輩に呼ばれた美陽だけでなく葵や結衣も彼女の周りに集まり和やかに話しているとまた美陽が抱きつかれている光景を目にした。相変わらずの仲だなと悠人は苦笑していると遠巻きにクラスの男子生徒達は楓先輩に見惚れていた。


「あれが誠央学園の宝城先輩か……。本当に美人だよなぁ……。それに見事な物をお持ちで……。あんな人がお姉さんに欲しい!!」

「でも,噂じゃ最近彼氏が出来たって聞いているぞ?もしかして,白星会長のことか?確か,会長と先輩って幼馴染って噂何だろう?」


 男子諸君,驚くかもしれないが,聖人会長の彼女は今絶賛先輩に抱きつかれている結衣の方だぞ!と俺は心の中で叫んでいた。


 そして,昨日のことを思い出すと俺は少し赤面してしまった。自分は話を聞く気はなかったのが,美陽達が結衣から色々と聞いている話が聞こえてきており,お風呂やら添い寝やら恥ずかしい単語がチラホラ聞こえてきてその時だけは本当に居心地が悪いと思ってしまったのだ。


 だが,そう思っていた男子達は意外にも俺と会長の周りにいた風紀委員会の2名だけであり,翔琉はいつも通り興味がないとして葵の義兄であった蒼一郎先輩や拓海,そして遙人はあまり恥ずかしいとは思ってもいなかったのだ。


 そう思うと一瞬,美陽の横に居た美月を見た。彼女は今遙人の彼女だが遙人と今でも喧嘩をしている俺のことを実際はどう思っているんだろうと考えた。


 昨日,遊びに行った時は遙人と仲直りはできないのかと聞かれたので俺に対して悪い印象は持ってないんだと思うんだが……。そう色々と考えていると何故か彼女達は全員こちらに視線を移して来たので何事かと思った。


「悠人く~ん,あと翔琉くんも~。二人ともお昼って空いているかな~?」

「……へ?」


 急に楓先輩にそう言われたので俺は間抜けな声を出してしまい,隣に居た翔琉は微かに笑うと変わりに答えてくれた。


「二人とも絶賛暇っすよ?楓さん,何かあるんですか?」

「お昼空いているなら一緒にどうかな?美陽ちゃん達も一緒に取るけど。」

「だそうだ。どうする?」

「断る理由もないだろう?構いませんよ。」

「それじゃ,お昼にまた迎えに来るから。よろしくね~。」


 そう言うと,彼女は早々と教室を出て行った。そして,彼女が教室から出て行くとクラスに居た男子達が俺の周りに群がって来た。


「御神,お前って常盤さん達だけでなくて宝城先輩とも仲が良いのか?」

「お前って確か【女性恐怖症】だったよな?何でそんなに美少女とばかり仲がいいんだね,イケメン君?詳しく話を聞こうじゃないか?」


 ――ゴゴゴゴゴ


 星稜学園の男子達が物凄い威圧を放ちながら俺に詰め寄ってくると俺は冷や汗をかいて乾いた声で笑うしかなかった。昨日言っていた女難の相って本当にあるのかなと思い,盛大に溜息を吐くと彼女との関係を説明して何とか納得してもらえた。


 ********************


 お昼頃,約束通り楓先輩は教室に迎えに来て皆で一緒に学食に向かうことになった。だが,美月は同席しないらしく,本日は遙人や拓海と一緒に昼食を取るらしい。何でも誠央学園の話であるためか,一緒に昼食を取るのを遠慮したのだそうだ。


 だが,彼女にとても申し訳ないが,今の俺にはそのことはどうでもよくなった。否,どちらかといえば,目の前のことが死活問題になってしまったからだ。


「楓さん。行く場所って学食でしたよね?」

「そうだよ?」

「ここ学食じゃなくてレストランの方じゃないですか!!」


 俺は大声で叫んでしまった。何せ,目の前にあるのは普通の食堂ではなく値段が学食よりも割高の学園レストランであったのだ。


 学園内に置かれている学食の3つの内の1つで他にも普段悠人達や一般の学生達が使用している学生食堂と朝や放課後でも軽食が楽しめる喫茶店風のカフェが存在しており,ここは一部の上流階級,所謂お金持ち御用達として作られた場所でもあった。


 そして,学生達以外にも教職員や学校のお偉いさん達が会食する場所としても使用されており,お金持ちの御子息令嬢が多い誠央学園の学生達が頻繁に通いつめていたりもしていた。要するに苦学生である俺に取っては無縁の場所でもあるのだ。


「俺,今持ち合わせないんですが……。」

「うふふ,大丈夫よ。今日は私が出してあげるから。」


 楓先輩は先にレストランに入って行き,俺は複雑な表情で申し訳ない顔をした。その顔を見ると,美陽に呆れられてしまった。


「ユウ,今月もまた苦しいの?いい加減バイトとか始めたらどうなの?」

「本気でそろそろ考えないと駄目とは思っているんだが,今の俺の状況でアルバイトして大丈夫と思うか?」


 学生のアルバイトと言えばファミレスが定番かもしれない、だが,自分はまったくといって家事ができないだけでなく接客すらできるか不安であるのだ。


 特に接客業であるなら女子とも関りがあることになり,仮にアルバイトを始めたとしたら彼女達がバイト先に押し掛けて来る可能性があるため,問題が生じてしまう恐れがあったのだ。


「それを言われると,御神ってアルバイトをしない方がいいわよね。」

「でも悠人君,実家からの仕送りとかはないのかな?神条君はそこまで問題なさそうにしているけど……。」

「いや,それは……。」

「はいはい。とりあえず,中に入ろうぜ。こんな所に大人数で突っ立っていたら他の人に迷惑になるだろう?」

「それもそうね。とりあえず,入りましょうか。」


 皆は楓先輩の後を追ってレストランの中に入っていき,俺はチラッと翔琉を見ると悪いなとお礼を言った。中を見ると,多くの誠央学園の学生達が食事をしており,俺達が入ってくると皆こちらに注目をしていた。


 既に楓先輩は席に着いており,レストランでアルバイトをしている星稜学園の学生がこちらに気付くと声を掛けて来た。


「いらっしゃいませ~。お連れの方ですね?どうぞこちらへ~。」


 楓先輩がいる席に案内されると俺達は席に着き,アルバイトの学生から渡されたメニューを見て皆はどうするか悩んでいた。だが,昨日から続いて奢ってもらうことに多少抵抗があったのか,どの料理を頼もうか非常に悩み果てたのだ。


 その顔を見て事情が分かったのか,楓先輩がクスクスと笑い出した。


「悠人君,お値段は気にしなくてもいいからね。それから翔琉君も。今日は二人にお願いがあって呼んだから。」

「俺と翔琉ですか?」

「そうそう。あ,値段が気になるならあれにしてみる?すみませ~ん,日替わりコースを2ついいですか~?美陽ちゃん達はどうする?」

「じゃあ,私達もそれでお願いします。」


 美陽がそう言うと葵や結衣,翔琉もそれで構わないといい全員分の日替わりコースを注文した。どうやら日替わりコースというのはその日に入荷した食材によって決まるお任せのコースであり,レストランでありながら一般の学食にある日替わり定食と変わらない値段で頼める裏メニューであるらしい。


 ただ,数量限定のため日々争奪戦が学生達によって繰り広げられてもいた。


「すみません,楓さん。自分に合わせてもらうよう感じになってしまって。」

「気にしなくて大丈夫よ。それで,さっき言ったこと何だけどね、二人にはスポーツ交流会の選手に出てもらいたいんだけど,大丈夫かしら?」

「スポーツ交流会って言うと掲示板に張り出されていた交流会の件ですか?」

「うん。今メンバーを集めているところなんだけど二人ともどうかな?」


 楓先輩にお願いされて俺は翔琉と顔を見合わせると少し悩んだ。俺はあまり目立つことをしたくはなくその大きな理由は女子達から過度な応援があるからだ。

 

 毎回バスケの試合がある時は女子達がお弁当や手作りの品を作ってくるのだが,その中身が多少問題があり,中学の時から続く【女性恐怖症】と合わさってトラウマとなっていたりした。そして,その問題は悠人の応援に関しても問題であったのだ。


「でも,楓さん。御神が試合に出ると女子達のブーイングの嵐に鳴りません?1回それで他校の先生から苦情入ったこともありますし。」

「う~ん,でも今回は身内の試合だから何か問題が起きても大丈夫じゃないかな。それで,二人はどうかな?」

「俺は別に構いませんよ。悠人はどうする?」


 そう言われて改めて俺は考えた。何せ試合にはあまり出たくないが,楓先輩の頼みであるなら協力をしないわけにはいかないのだ。


 彼女は俺が女子の中で信頼を置いている数少ない人物でもあり,誠央学園にいた時は色々と美陽と共にお世話になっていた先輩でもあったのだ。そんな人からのお願いと言われると断ることもできず,俺は重い腰を上げようと思った。


「わかりました。自分も翔琉と一緒に試合に出ます。」

「本当!?ありがとう,悠人君!お礼にぎゅ~ってしてあげる!」

「楓先輩ストップ!!何回も言いますが,俺は……ギャァァァ!?!?」


 楓先輩に美陽達と同じように抱きしめられて俺は顔を真っ青にして泡を吹きそうになっていた。……楓先輩の問題点はかなりの抱き着き魔であり,親しい相手であれば男女問わずに抱き着いてしまうことなのだ。


 一般の男子生徒からしたらご褒美も同然の行為であるが,【女性恐怖症】である俺に取ってはご遠慮願いたい行為であり,誠央学園で見慣れていたいつもの光景を見ると美陽達は俺達を見て笑い出した。


「ところで,楓さん。あとの3人ってメンバーは決まっているんですか?」

「ん?」


 抱き着くのを止めて解放されると俺はそのままぐったりと机に突っ伏してしまい,翔琉はそんな俺を介抱していた。そして,楓先輩も自分の席に戻ると残りのメンバーを美陽達に紹介しようとしたが,少し困ったような顔をしていた。


「一応,残りの3人もメンバーは決まっているんだけどね。その,1人が問題というかどうしようかなって……。」

「どういうことですか?」

「星稜学園のバスケ部に入部している2人は知っているかな?あの2人と……もう一人が赤松君なの。」

「「はぁっ!?」」


 楓先輩から残りのメンバーの名前を聞いて俺達は困惑した顔で驚いてしまった。まさか,交流会のメンバーに赤松先輩が入っているとは思いもしなかったのだ。


「楓さん,どうして赤松先輩がメンバーに……。」

「バスケ部の2人にお願いしに行った帰りに急に呼ばれてしまって。メンバーがまだ決まってないなら是非自分をメンバーに入れて欲しいって。」

「また,強引な。でも,まだ他に参加するメンバーもいるんじゃ……。」

「それが,何処から情報が漏れたか分からないんだけど赤松君がメンバーに居るって知った途端,皆参加したくないって言い出してね。バスケ部の2人は何とか協力してくれたんだけどこのままじゃ赤松君の取り巻き達がメンバーになりそうで……。」


 その言葉を聞き,何故自分達に協力を依頼したか改めて理解した。どうやら自分達以外に頼れる人物がいなかったのだろう。そんな話をしていると,アルバイト学生が日替わりコースの料理を持ってきて全員の前に置いた。


「とりあえず,食事にしましょうか。それにしても,ここの料理は本当に美味しそうね。聖ちゃん達もかなりお勧めって言ってたから。」

「白星会長のお勧めだと本当に美味しいんでしょうね。」


 女性達はでてきた料理の話をしながら料理に手を付けだした。しかし,先ほどの話を聞いて俺はかなり憂鬱な気分になってしまった。


 何せ,明日の試合で一緒に戦うことになった赤松先輩のことを思うと本来とても美味しいはずのその料理はまったくと言って味が分からなくなってしまったのだから。

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