第17話 動く薬災

「失礼します。白星会長,いらっしゃいますか?」

「し,失礼します。」


 昨日の夜,会長からメッセージで連絡があり,美月を連れて生徒会室に入ると聖人会長は誠央学園の女子生徒と一緒に生徒会室で朝食を取っている最中であった。すると,私を見掛けると女子生徒は目を輝かせて抱き着いてきた。


「美陽ちゃん,おはよう~。」

「お,おはようございます,楓さん。」


 私は抱き着いてきた誠央学園の女子生徒に苦笑しながら挨拶をした。その相変わらずの光景を見て美月は苦笑した。


 宝城楓ほうじょうかえで。誠央学園の2年生にして美陽と同じく生徒会に所属していた人で書記を務めていた人物である。星陵学園に編入されてからは2年生でただ一人だけ生徒会メンバーとして残った人物であり,現在は美陽同様に生徒会副会長を務めている。


 美陽に取っては誠央学園の元生徒会長と同様にお世話になった人で彼女自身も美陽を妹のように可愛がっており,目の前にいる聖人会長とは幼馴染であるのだ。


 それ故に当初は聖人会長の恋人は楓先輩ではないかと学園中で噂されていたのだが・……昨日の一件でまさか,聖人会長が自分達の親友であった結衣の彼女(という名の半婚約済)であったことに未だに驚きを隠せずにいたのだ。


「それにしても驚きですね。てっきり,楓さんが白星会長の恋人だと思っていましたので……。」


 私の代わりに困り果てたような顔をした美月に抱き着いていた楓先輩にそう言うと聖人会長は笑い出した。


「う~ん,僕と楓君はまずないかな?僕と結衣ちゃんが付き合っていることは付き合った当初から知っているから。それに,楓君にも彼氏が出来たからね。」

「いるんですか!?」

「うん,いるよ~。こっちに来て告白したらOK貰ちゃった。……色々とあって落ち込んでいた所を励ましてもらったりしていたら好きになちゃってね。」

「楓さん……。」


 彼女の表情を見て私は何も言うことができなかった。実は彼女の実家は代々宝石商を営んでいる家系であったのだが,誠央学園で起きたある事件で実家の経営が傾き,一家離散の危機まで陥ってしまったのだ。


 しかし,私の実家と聖人会長の実家の援助のお陰で何とか難を乗り切り,現在,実家は再スタートを始めた状況なのだ。


「美陽ちゃん,落ち込まないでね。むしろ,私達は美陽ちゃんに助けてもらったんだから。ありがとうね。」

「でも,あれは私が……。」

「自分の責任にしないの!じゃないと,もう1回ぎゅ~ってしちゃうよ?」

「楓さん,既にしていると思うんですけど?」


 私が言う前から抱きしめている楓先輩を見て美月はクスクスと笑ってしまった。そんな和やかな3人を見て,聖人会長も微笑んでいた。


「二人とも朝ご飯はまだかな?一緒にどうだい?」

「それでは,ご一緒させてもらいます。……うわぁ,美味しそうですね?これって何処で買ったんですか?」


 籠の中に入っている色とりどりのサンドイッチを見て,私は本当に美味しそうだと思ってしまった。そして,1つそれを食べてみると味も絶品であった。

 

「これ,凄く美味しいです!」

「うふふ,美陽ちゃんは本当に美味しく食べるよね。はい,紅茶もどうぞ。それとも,珈琲の方がよかったかな?」


 楓先輩が美味しそうに食べる私を見て微笑むと入れたての紅茶を置き,美陽は申し訳なさそうに大丈夫ですと言った。そして,美月も同じようにサンドイッチを食べるとその味に気付いた。


「聖人会長,これって,遙人君が作ったんじゃ……。」

「美月君はやっぱりわかるかい?遙人君が昨日迷惑掛けたからってお礼に差し入れを持ってきてくれたんだよ。どちらかと言えば,彼は被害者の方かもしれないのね。」


 蒼一郎の所にも持って行ってるよと言うと会長も1つ摘まんで食べると美味しいのか満足そうな顔をしていた。その顔を見て,私は気になることができたので,サンドイッチを持ちながら隣に座っていた美月を見た。


「美月,神条君って料理できるの?」

「うん。お爺ちゃんの所で一緒にアルバイトをしているんだけど厨房で色々と料理を任されているよ。特に有名なのがオムライスなんだけど……。」

「ちょっと待ちなさい!あれって神条君が作ってるの!?」

「う,うん……。」


 実は美陽達の祖父母,父方の実家は地域で有名な洋食レストランを営んでおり,自分が大好物でもある祖母が作るシチューが人気を集めていたのだ。しかし,今年から少しメニューが変わり,今までは常連客しか足を運んでいなかったが,現在は若い学生達も足を運ぶようになっているらしいのだ。


 どうやら,最近になって祖母の作ったシチューをソースにしたオムライスが女性客から人気を集めており,大のオムライス好きである私は是非とも食べてみたいと前々からお店に行く機会を伺っていたのだ。


「ここ最近は忙しくて中々行けなかったし,何もない日に行ってもお店は休みか満席で入れなくて葵達とお店にいついけるんだろうといつも言ってたのよね……。」

「お姉ちゃん、もしかして葵ちゃん達ってケーキセットが目当てかな?あれも遙人君の考案だよ?遙人君がいる日じゃないとできないから・・・。」

「美月,神条君のシフト教えなさい!葵達にその日空けるように言っておくから!」

「お姉ちゃん,落ち着いて。近い近い近い!」


 そんな私達のやり取りを見て聖人会長と楓先輩は微笑んだ。そして,籠に入ったサンドイッチを食べ終えると美月は気になることがあったのか,二人に質問した。


「あのう,聖人会長。1つよろしいでしょうか?」

「どうしたんだい?」

「赤松先輩ってどういう人何でしょうか?その,遙人君はナルシストな人って言ってましたけど……。」


 美月からそのような言葉が出たので聖人会長と楓先輩は口を抑えてお互いに笑いを堪えていた。その姿を見て私も同じ学園の生徒として恥ずかしくなり,頭を抱えそうになった。この子は行き成り何を聞こうとしているのかしら……。


「み,美月君が聞いたことに間違えは,ないよ?……だけど,美月君が聞きたいのは彼がどうしてあんな態度を取ったのかってことじゃないかい?」

「はい……。私はあまりそう言うことに詳しくはないんですけど聖人会長や拓海君なら何とかできるのに躊躇しているように見えて……。それに,最後に向こうにいた人達も謝罪してきたので何かあるのかなと。」

「美陽君,美月君には彼のこと教えてないのかな?この際だから教えてあげたら?」

「はぁ~。……美月,赤松先輩はね。特例で人間国宝になった人なのよ。」


 美月は美陽の言ったことが理解できず,私は赤松先輩のことを説明した。


 彼の実家である赤松製薬は元々小さな製薬会社であったのだ。しかし,10年ほど前から新薬の開発に成功し,それ以降も次々と新薬を開発し続けたことで多くの人の命や病気を救ってきたのだ。


 そして,その新薬の開発に関わっていたのが赤松先輩なのだ。正確に言えば,彼の細胞や血液,彼のありとあらゆる身体組織から新薬が作られており,現にその新薬によって名家のご令嬢が延命し,命が助かった事例もあった。


 その功績から彼は特例として人間国宝に選ばれた特別な人間と認められており,次男であった彼が会社の跡継ぎにも選ばれるほどであった。


 その反面,彼は今まで皆から特別な人間として育てられてきた影響で非常に傲慢な性格になり,彼が行く所では常にその傲慢な性格で問題を起こして続けていた。しかし、ある事件を境に彼は表舞台から姿が消えて等々テレビは愚か存在自体が大きく報道されることがなくなったのだ。


 だが,彼の横暴は無くならず,それ故に彼は薬剤と厄災を掛け合わせて【動く薬災】と呼ばれるようになり,今では実家からも問題視されるまでになっていた。


「人間国宝になっているから赤松製薬も彼の扱いに困っていてね。彼の取り巻きの数人は彼の監視役も兼ねているんだよ。言い方は悪いけど僕達のような会社に影響力がない子達なら彼の好き勝手にさせるけど昨日みたいなことも度々あるから彼等はストッパーの役割をしなくちゃいけないってわけ。それにしても,彼が結衣ちゃんを狙っているとはおもわなかったなぁ。」


 ちなみに,今度大きな事件を起こしたら彼のお父さんは彼を跡継ぎから外す決断も辞さないと言ってるらしいよとも教えてくれた。それを聞くと美月はどう答えたらいいか非常に悩んでいた。その顔を見て私は苦笑すると美月の頭を撫でた。


「美月,あなたはあまりこういうことに関わらなくてもいいわよ。正直に言えば私はあまり関わってほしくないと思っているから。」

「お姉ちゃん?」

「言いたくないけど,誠央学園には赤松先輩みたいな人が他にもいるわ。だから,あなたにはあんな薄汚れた場所を見せたくないのよ。これは姉としての我儘ね。」

「でも,それでいいのかな……。」

「今はまだはそれでいいわ。でも,こっち側に足を踏み込むなら覚悟はしなさい。生半可な覚悟で来ると精神を病むわよ?」


 真剣な目をした私にそう言われて今は姉の言うことを従うことにしたのか彼女は頷ずいた。そんな彼女に私は微笑み,頭を撫でるとくすぐったそうにした。


「うふふ,美陽ちゃん達は本当に仲がいいわねぇ。私も二人のような妹が欲しかったなぁ。」

「楓さん,いつも私や葵達に抱き着いてましたからね。そう言えば,会長。私達に何か御用でもあったんでしょうか?」

「ん?ああ,そうだったね。実は昨日のことで……。」

「昨日のこと?…………!?」


 聖人会長にそう言われて私達は赤面してしまった。その反応を見ると聖人会長は違うからねと苦笑しながら言った。何せ昨日,結衣が赤松先輩に身も心も全て聖人会長以外には捧げるつもりはありませんと言っていたことが気になり,夕食の時に根掘り葉掘り聞いたのだ。


 どうやら,既にお風呂や添い寝も経験しているらしく,結衣から出た甘すぎる数々の話を聞くと恋愛経験があまりない(美月はとりあえず偽装中)私達に取ってはかなり恥ずかしく刺激の強い話もチラホラあったのだ。


「まあ,結衣ちゃんが昨日言っていたことは否定はしないよ。全部,事実だし。」

「か,会長!?」


 目の前の本人から事実を聞くと更に私達は赤面し,美月は色々と思うことがあるのか俯いてしまった。その光景を見て笑っていた楓先輩は聖人会長に注意をした。


「聖ちゃん,あんまりやり過ぎるとセクハラになっちゃうわよ?」

「ごめんごめん。……それで,話なんだけど。遙人君と御神君のことでね。」


 聖人会長にそう言われて私達は照れるのをやめると真剣な目をして彼を見た。


「白星会長は二人のことを何処まで知っているんでしょうか?」

「はっきり言うとあまり詳しく知らないよ?僕も二人が仲が悪いってことは拓海から聞いているぐらいだからね。ただ,遙人君とはそれなりに交流があるけど,彼には生徒会に入って欲しいかなと思っていてね。彼,将来的には僕の後を任せてもいいって思ってたぐらいだから。」

「えっ!?会長,それって本気何ですか!?でも,拓海君もいるんじゃ……。」

「残念だけど今の拓海では会長の器は無理かな。誠央学園の編入が無かったら彼の生徒会入りで僕は忙しくしていたかもしれないね。」


 そう言って彼は笑うと私は本当に神条君って何者?という顔をした。そして,そんな私の顔を見て美月は苦笑した。


「まあ,今となっては次期生徒会会長は美陽君でほぼ確定だよ。彼が生徒会に入ってくるなら話は変わるけど。」

「彼?」

「白星会長,ユウは絶対にそう言うことはしませんから。昨日,会って分かったと思いますが,どうでした?」

「……正直な感想を言うと今の彼は原石の状態だね。ただ,あれは磨けば遙人君以上に輝くと思うよ?だから,少し残念だなとは思ったかな。ところで,彼って遙人君とどういう関係なの?昨日の夕食でも何か気まずそうにしていたけど?」


 そう聞かれて私達は顔を見合わせると聖人会長には正直に話そうと思い,彼等が双子の兄弟だというと非常に驚いていた。それは,隣にいる楓先輩も同じであった。


「なるほど。要するに美陽君達は喧嘩している二人を仲直りさせたいと。なら,ちょうどいいかな?」

「ちょうどいい?」


 隣にいる楓先輩を見て微笑むとどういうことだろうと私達はお互いを見ると首を傾げた。その姿を見て微笑むと,楓先輩は1枚の張り紙を見せて来た。


「実はね,オリエンテーションとは別に誠央学園と星稜学園のスポーツ交流会をしようと考えていたのよ。もしよかったら,二人の仲直りの手段として使ってみない?」

「スポーツ交流会?……種目は何になるんですか?」

「う~ん,まだ決まってはいないんだけど,とりあえず予定としてはね……。」


 聖人会長から色々と案を聞き,私達はもしかしたら仲直りの手段として使えるのでは考え出した。そして,3限目の休み時間。急遽,早朝に4人で話し合った内容が採用されて学園全体にスポーツ交流会の日程と募集要項が張り出さることになった。

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