第16話 四之宮結衣の彼氏

「美陽君,これはどういった状況なのかな?」


 現在の状況を見て聖人会長は少し眉を顰めて困ったような顔をしていた。何せここは学園ではなく商業施設なのだ。いくら白星財閥が運営する場所だとは言え,学生がこのような場所で問題を起こしているのは流石に見過ごせない状況であった。


「誰だ,君は?こっちは今取り込み中なんだが……。」

「君こそ誰に口を聞いているんだ!?この方が誰か分かってそのような口を聞いているのかね!?」


 隣に一緒に歩いていたスーツを着た大人の男性は彼の言動に怒りを露わにした。しかし,聖人会長は何事もなかったかのようにその男性を落ち着かせた。


「すみません,本部長。学園の生徒達がご迷惑をお掛けして。少しの間だけ周辺に人を来させないようにしてもらっても構いませんか?」

「かしこまりました,聖人様。ただ,他のお客様もおられますので,あまり長い時間は……。」

「直ぐ終らせますよ。すみませんが,お願いします。」


 にこやかにそう言うと彼は頭を下げてその場を後にしていった。それを見届けると聖人会長は悠人達の所へ近付いて行った。


「とりあえず,君達は彼女を離そうか?困っているよ?」

「なっ!?急に出てきた君にそのような……。」

「おい。」

「えっ?……ヒィッ!?」


 聖人会長の後ろにいた蒼一郎先輩に鬼ような形相で睨まれてしまい,赤松先輩は背筋が凍りそうになった。それは取り巻き達も同じであり,彼が睨むと聖人会長に言われたように結衣を離した。


 それを見届けると,聖人会長はゆっくりと結衣に近付いて行った。


「大丈夫だったかい,結衣ちゃん?」

「「結衣ちゃん!?」」


 結衣のことを名前呼びしていた聖人会長を見て美陽だけでなく事情を知らない者達は皆驚いた。すると,結衣は今にも泣き出しそうな顔で聖人会長に抱き着いたのだ。


「「!?」」

「ごめんね,近くに居たのに直ぐに駆け付けられなくて。・・・こうして目の前で合うのは編入初日以来かな?寂しくさせてごめんね。」

「ぐすっ……お兄ちゃん……寂しかったよぉ…………。」


 聖人会長の胸で泣く結衣の頭を撫でると結衣はいつの間にか泣き止みえへへ……と嬉しそうにはにかんでいた。その光景を未だに周りは目を見開いて驚いていた。


「ゆ,結衣?これってどういう?」

「ふぇっ?……あ,そういえば,みはるん達に紹介していなかったね。」


 そう言うと,会長の胸から離れて隣に立ち,少し照れた表情で恥ずかしそうに紹介してくれた。


「え~っとね……私の彼氏の白星聖人お兄ちゃんです……。」

「いや~,改めて紹介されるとやっぱり照れるねぇ。」

「「…………。」」


 結衣の紹介と頭をかきながら照れる聖人会長の顔を見て,惚気過ぎだと蒼一郎先輩はツッコミを入れた。そして,皆は一瞬沈黙していたが,直ぐに叫び出した。


「「なんだってぇ!?」」

「結衣,本当なの!?白星会長と付き合っているって!?それよりも会長,どうして教えてくれなかったんですか!?」

「いや~,言うタイミングが中々見つからなくてねぇ。」

「……もう一度聞くけど,結衣,本当なの?」

「本当だよ?葵も知っているし……蒼にぃからも説明してもらってもいい?」


 隣にいた蒼一郎先輩に言うと今の状況を見てパニックにならないかと心配したが,説明する必要はあると思い話してくれた。


「事実だ。この二人が付き合ってそろそろ1年ぐらい経つぞ。あと,こいつは既に結衣にを送っている。」

「「あれ?」」

「あ,そうか。普段嵌めてないからみはるん達は知らないんだっけ?葵にも悪いと思って嵌めないようにしてたから。」


 そう言って首元からネックレスにしていた指輪のようなものを取り出した。その色は薄青色をした結衣の瞳と同じで,とても綺麗な指輪であった。


「指輪?それが何…………!?ちょ,ちょっと待って,結衣!?その指輪ってもしかして,白星会長から貰ったの!?」

「うん♪先に渡しておくって言われて……えへへ……。」

「…………。」


 結衣の顔を見ると未だに鳩が豆鉄砲を食らったような顔で彼女を見ていた悠人や遙人と同様に美陽も同じような顔で彼女を見つめた。その状況を見て苦笑すると,拓海が色々と教えてくれた。


「兄さんが結衣ちゃんと付き合っているのは事実だよ?既にご両親に挨拶には行っているし,御爺様と御婆様も認めているから。二人とも卒業したら結婚の約束もしているほどの熱々振りだよ?ちなみに,結衣ちゃんのお父さんは御婆様の秘書もしているから結構家族ぐるみで知り合いだったり。」

「拓海,それ本当の話?」


 遙人がもう一度,確認を取ると事実だよと言い,彼は頷いた。事実なんだと遙人は驚き,悠人もまさか自分の知り合いが結婚の約束までしている彼氏がいたことに驚きを隠せずにいた。


 だが,赤松先輩だけはどうやら考えが違い,そのことを知ると驚いたような怒ったような感情を露わにした。


「そ,それはどういうことだ!?君みたいな男が彼女の彼氏で結婚の約束をしているだと!?そんなの信じられるか!?」

「赤松様,落ち着いてください!それに白星ってあの白星財閥ですよ!いくら赤松様でもあそこの御曹司に手を出すのは……。」

「そんなことは分かっている!だが,彼女は俺と付き合うんだ!選ばれた者同士なら当たり前だとお前達もいつも言ってたじゃないか!」

「そうだ!そうだ!赤松さんが相応しいに決まっているだろう!」

「…………何,あれ?」


 化けの皮が剝がれたのか,先輩の醜態を見て美陽だけでなくその場にいた者は唖然としていた。だが,先ほどの言葉に一番イラっと来たのは結衣であった。


「赤松先輩!お兄ちゃんのことを悪く言わないでください!私も怒り……。」

「結衣ちゃん,少し抑えてもらってもいい?それから,君達も抑えてね。」


 結衣だけでなく蒼一郎を含む風紀委員は彼を取り押さえようと動こうとしたが,聖人会長に止められてしまい,そのまま仕方なく従うことにした。それを確認すると,彼はゆっくりと赤松先輩の前まで近付いて行った。


「赤松君,だったかい?確かに,僕はこんな見た目だし,君も結衣ちゃんに好意を抱いているなら僕のことを認めてはくれないだろうね。だけど,君は結衣ちゃんの気持ちを考えたことはあるのかい?」

「彼女の,気持ちだと?」

「そうだよ。残念だけど君がどんな手を使っても彼女の心は一生手に入らないよ?それでも,君は彼女を自分の物にしようと言うのかな?」

「当たり前だろう!それに,彼女の心なんて後でいくらでも……。」

「いい加減にしてください!!」


 赤松先輩が言い切る前に結衣は聖人会長の前に立ち,彼を睨んだ。その迫力は今まで彼が見て来た彼女とはまるっきり違い,本気で怒っている顔であった。


「赤松先輩,はっきり言わせてもらいます。私はお兄ちゃん以外と付き合うつもりもありませんし,お兄ちゃん以外に身も心も捧げるつもりはありません!だから,いい加減,関わらないでください!それと,私は赤松先輩みたいなタイプは好きじゃありませんから!!」

「「…………。」」


 結衣がそう叫んだ瞬間,周りの者達は唖然とする者,呆れ返る者,顔を赤らめる者など様々であり,その状況を見て一番大丈夫そうであった美陽が結衣に言葉を投げ掛けた。


 だが,流石の彼女も結衣の言った言葉に色々と思うことがあるのか珍しく顔を赤くしていた。


「結衣,色々と言いたいことはあるけど,赤松先輩,意気消沈しているわよ?」

「ふぇっ?」


 目の前を見ると真っ白に燃え尽きていた赤松先輩が膝を付いて固まっており,隣の聖人会長は先ほどと同様に照れながら頭をかいていた。そして,我に戻った取り巻き達は赤松先輩の光景を見て慌て出した。


「赤松さん,しっかりしてください!きょ,今日はこれで引き下がるが,次こそは必ず……。」

「あのう,先輩。」

「何だ,お前は!?また,赤松さんや俺達を煽りに……。」

「その……本当に友達紹介しましょうか?」


 最早,怒りや煽りの眼差しでなく純粋に可哀そうになったのか,哀れんだ眼差しで遙人は彼等にそう言うと取り巻きの者達は顔を真っ赤にして赤松先輩を連れると早々にその場を走り去っていった。だが,二人ほど聖人会長に必死で頭を下げていた。


「白星会長,赤松様が無礼を働いて申し訳ありませんでした!!どうかこのことは穏便に!!」

「気にしてないよ。それに星稜学園ではそういった身分の差は気にしないようにしているから特に問題にはしないつもり。君達も大変だねぇ。」


 赤松会長にも黙っておくから君達も気付かれないようにねと彼等に言うと,もう一度彼等は深く頭を下げてお礼を言うと先輩の後を追い掛けて行った。そして,彼等が見えなくなると聖人会長はこちらを振り向いた。


「もう大丈夫かな。葵君,美月君,出てきていいよ。それから,そろそろ皆は目を覚まそうね。」


 そう言われて先ほどの光景から皆我に戻り,物陰に隠れていた二人が出てきて美陽と結衣の隣まで走って来た。


 どうやら,二人が聖人会長達を見掛けて呼んできてくれたみたいだ。その4人の姿を見て微笑むと聖人会長は悠人の前に来て右手を出した。


「君が,御神悠人君かな?はじめまして。星陵学園2年生白星聖人だよ。そっちにいるのが,桐原翔琉君かな?美陽君から話は色々と聞いているよ。」

「は,はじめまして。」

「どうも。」


 二人は聖人会長と握手をすると軽く挨拶をした。そして,今度は美陽達と一緒に居た遙人と拓海を見た。


「それにしても拓海,あの時は白星の名前を出してくれてよかったんだよ?それから,遙人君。自分からワザと殴られに行くのはどうかと思うよ?」

「ワザと?」


 聖人会長が苦笑しながら言った言葉に美陽だけでなく悠人もどういうことだろうと思った。


「赤松製薬の跡取りと白星財閥の御曹司,それに常盤コーポレーションの御令嬢が衝突したら大問題でしょう?彼の性格を考えるとそれもあり得ないと言い切れないし。だから,彼の取り巻き達に殴られることで警備員を呼ぼうとしたんでしょう?ちょうど監視カメラからそこ見える位置だったから。」

「……やっぱりバレてました?」

「僕としては大人達の話まで持って行きたくないから助かるけどあんまり無茶ばかりすると美月君がそろそろ泣くよ?あんまり彼女は泣かせないようにね。さっき泣かせてしまった僕が言えた義理ではないんだけど。それと,最後のあれは彼等が可哀そうだと思うよ?」


 そう言って笑うと彼の周りも同じようにして笑っていた。だが,聖人会長の話を聞くとやはり美月も無茶したことをご立腹なのか遙人に珍しく説教をしていた。


「あれで偽装カップルだなんて本当に思えないわね……。どうしたの、ユウ?神条君のことばかり見て。」

「いや,何であいつは平気な顔で自分が犠牲になることを厭わないのかと,な。」

「もしかして……心配しているの?」

「そんなんじゃない。ただ,何故だろうと思っただけだ。」


 美陽にそう言うと悠人も結衣に大丈夫だったかと聞きに行き,その後ろ姿を見て溜息を吐いた。結局,あの2人はあまり進展はなかったなと思ってしまった。


「さてと,折角だし皆にご飯でもご馳走しようかな?一緒に来るかい?」

「聖にぃマジ?やったー!」

「葵,お前はもう少し遠慮しろ。それで,聖。何処の店に行くんだ?」

「う~ん,久しぶりにお寿司屋でも行こうかな。確か最上階にお店があったと思うから。それじゃ結衣ちゃん,行こっか?」

「うん♪」


 聖人会長と結衣は腕を組んで先に歩いて行き,その後に蒼一郎先輩と葵,会長達と一緒にいた学生達が後から続いて行った。


「私達も行きましょうか。」


 美陽がそう言うと皆も後に続いていった。しかし,皆はお店に到着すると絶句してしまった。何せ,お寿司屋と言っていたので回転寿司屋かと思っていたのだが,聖人会長が言っていたお店と言うのは二巻数千円もする超高級板前寿司店であった。


 流石は白星財閥の御曹司だと改めて思い知らされたのだった。

   

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