第14話 青葉兄妹と2つ名

「御神,私が言いたいことが分かるかしら?」

「ああ。だが,葵。俺から一言だけ言わせてくれ。俺は何も悪くない。」

「ええ。そうね。」


 目の前の液晶画面には競馬ゲームで自分達が選んだ騎手が最下位という文字。テーブルの上には空っぽになったバケツが2つ。そして,隣には拳を握りしめてわなわなと身体を小刻みに震わせながら笑顔を向けている黒髪のショートカットの美少女。


 そんな彼女に俺も笑顔を向けたが,彼女は俺の首元を掴むと叫び出した。


「何が俺に全部任せておけよ!!さっきからずっとドベばかり引いて,何やってるのよ!!いい加減にしなさいよね!!」

「葵!!離してくれ!!俺は女性に触れられると……!!??」


 スロット,カードゲーム,そして,競馬ゲームと続けて大惨敗した俺達。そんな姿を呆れた顔してみていた翔琉は,隣で一緒にスロットをしていた美月に尋ねた。


「美月ちゃん,止めなくていいと思うか?悠人の奴,そろそろ泡拭いてきたぞ?」

「あはは……。止めたいのは山々なんだけど,あの状態の葵ちゃんはお姉ちゃんより止めることが出来ないから。」


 未だに首元を掴んで揺すっていた葵を見て乾いた声で笑うしかなかった。翔琉もあれは悠人が悪いから仕方ないかと,葵に同情して助けてはくれそうになかった。


「それにしても美月ちゃん,スロット強いなぁ。結構,溜まってるんじゃない?」

「そうかな?翔琉君も溜まっていると思うよ?」


 そう言ってお互いに回りを見ると既に数個のバケツの中には山盛りに積またメダルが入っており,店員さんは二人にそろそろ勘弁してくださいと頭を下げられている状況であった。


 未だに揺さぶられて泡を吹いている悠人とはまるで正反対の状況であり,この差は一体何だろうと翔琉と美月は疑問に思った。


「まったく!御神ってクレーンゲームとかは得意なのに賭け事になると何でこんなに弱いのよ!?美陽にも前回,怒られてなかった?」

「うぐっ……仕方ないだろう。俺は賭け事は苦手なんだから。」

「お前って本当に極端だよな?頭を使うことや技術を伴うことは得意なくせに賭け事とか運任せなことだと必ず負けるよな。」

「御神君って賭け事,苦手なんだ。」


 自慢ではないが,俺は本当に賭けごとが苦手であったのだ。何せ3回に1回は当たりが確実に出ると言われている商店街の福引きを9回も回してハズレばかりを引くほどの運の無さの持ち主である。


 それ故に,俺自身も遊び以外で賭け事はしないように気を付けてはいるのだ。


「もしかして,女子に言い寄られているのって女難の相で運がないんじゃ……。」

「やめてくれ!かなり当たっているんじゃないかと気にしているんだぞ,最近!」


 葵にそう言われて俺は落ち込んだ。

 

 実は小さい時から俺に女難の相があるのでは前々から疑ってはいたのだ。顔立ちが整っていると言われたらそれまでだが,ほぼ同じ顔であった遙人は何もなかったのでこれは絶対何かあるのではと疑っていたのだ。


 そのことを思い出すと,俺はその場で崩れ落ち,本気で可哀そうに見えたのか,美月は慰めた方がいいのではと隣にいた翔琉を見た。だが,親友は美月にいつものことだから放っておいていいぞと気にせずに言っていた。


「それにしても,常盤さんは強いなぁ。あれだけメダルを取れるなんて。」


 立ち上がり,彼女の横に積まれているバケツの山を見て俺は凄いと思った。それは葵も同じであり,美月って本当にこういうこと強いわねぇと称賛していた。


「でも,これだけあっても使わないからどうしよう……。滅多にここには遊びに来ないから持っていても仕方がないだろうし。」

「また,来た時ように貯めておく?いや,それでもここまでいらないよな。」

「うん。本当にどうしよう。…………あれ?」

「どうしたの,美月?ん?家族連れかしら?」


 よく見ると小さな男の子が母親にメダルゲームで遊びたいと我儘を言っているみたいであった。母親はまた今度と子供に言い聞かせていたが,今にも泣き出しそうな子供を見てどうしようと困り果てていたのだ。


「あの頃の子供は遊び盛りだからなぁ。……あれ?美月ちゃん,どうしたの?」


 何を思ったのか美月はバケツを1つ持つと男の子の前にしゃがみ込み何やら話し出していた。その光景を見ると翔琉は肩を竦めると残りのメダルを持ち,店員さんに頭を下げに行った。そして,話を終えたのか美月は俺達の所へ戻ってきた。


「美月,一体どうしたの?……あれ?メダルは?」

「あの子にあげちゃった。今お母さんが手持ちなかったみたいだから。」


 チラッと親子連れの二人を見ると母親は何度も頭を下げて子供は笑顔で手を振っていた。その姿を見ると美月は手を振り返していた。


「美月ちゃん,ここはメダルを他の人にあげるの禁止だから気を付けておいてね。」

「えっ!?それじゃ,店員さんに謝らないと……。」

「既に謝っておいたよ。その代わり,稼いだメダルを全部返すから見逃してくれって取引しておいた。」


 逆に店員さんから感謝されて困惑したわと言うと彼女と葵は笑い出し,美月は翔琉だけでなくこちらを見ていた店員さんにも頭を下げた。まあ,あれだけの量を返してくれるとなるとバケツ1つぐらいは見逃すだろうなと俺は思った。


 そして,先ほどの行動を思い出すと彼女を見て微笑んだ。


「常盤さんは優しいな。見ず知らずの人にああいうことできるなんて。」

「えっ?そうかな?」

「ああ。男の子の方もすごく喜んでいたからな。いいお母さんになると思うよ。」

「!?そ,そうかな……。」


 彼女は顔を赤くして俯いてしまった。すると,葵と翔琉は呆れた顔で俺を見た。


「悠人,お前【女性恐怖症】なのに何でそうやって普通に女子を口説く台詞言えるんだ?そのこと,気付いているか?」

「えっ?」

「前々から思ってたけど御神って素でやってたりする?悪いけど,女子からしたら無茶苦茶性質が悪いわよ?拒絶しているのにその台詞は。」

「お,俺はそう言うつもりはまったくないんだが……常盤さん,ごめん。」


 気にしてないから大丈夫だよと恥ずかしながら美月が言うと妙な雰囲気になってしまい,俺達は黙り込んでしまった。その光景を見て翔琉と葵はこの雰囲気どうしようかと呆れていた。すると,先ほどことが気になったのか,ふと美月が訪ねてきた。


「御神君,さっき遙人君と普通に話していたけど,仲良くは慣れないのかな?」

「……ごめん。それは難しいかも。俺は謝るだけでは済まされないことをしたからな。おそらく,遙人も俺を許す気はないだろうさ。」

「御神君……。」

「はぁ~。御神,あなたって弟のことになると何でそんな悲痛な顔をするの?おにぃに頼んで活を入れてもらおうかしら。」


 お兄さん?誰だろうと俺は不思議そうに考えた。それを聞くと翔琉も不思議そうにしていたが,星稜学園の制服と違った服装をしていた人物を思い出した。


「星稜学園の風紀委員長じゃないか?確か,名前が青葉蒼一郎だったか?」

「そうよ。私の彼……おにぃが風紀委員長しているから一度御神も会ってみる?色々と活を入れてもらえると思うから。」

「そんなに怖い人なのか?」


 俺と翔琉は同じ学園である美月の顔を見た。彼女は少し考え込んでいたが,俺の話を聞くと普通に教えてくれた。


「確かに怖い顔をしているけど,内面は優しい人だよ。夏休みに風紀委員会の仕事のお手伝いをしたらBBQご馳走してくれたから。」

「えっ?その人って料理できるの?」

「おにぃ?出来るわよ?豪快な男料理になっちゃうけど味はかなり美味しいわね。私も結衣もたまに食べさせてもらっているし。」


 もしかして,たまに二人と食事に行くときに濃い物を食べたいというのはそれが理由だったのだろうか?と二人と一緒に行った食事風景を思い出して考えた。


「そういえば,おにぃにも美月みたいに学園で何か変なあだ名が付けられていたわね。何だったかしら?」

「あだ名?」

「え~と,私の【星稜学園の妖精姫】みたいな2つ名かな。私は凄く恥ずかしいんだけど……。確か,蒼一郎先輩の2つ名は【最後ラスト武士道ブシドー】だったかな?星稜学園でも結構有名な2つ名みたいだよ?」

最後ラスト武士道ブシドー】……。葵のお兄さんって武士なの?」


 俺は真相を葵に尋ねてみると葵も武士なの?と困惑した顔で少し考えてみた。その姿を見ると美月はクスクスと笑い説明してくれた。


「凄く義理堅い人で悪さを許さないからそう言ったあだ名が付いたみたいだよ。何でも1年生の頃に地域で悪さをしていた男子生徒を一人残らず更生したとか聞いたことあるから。本人はそのあだ名を物凄く恥ずかしがっているからあまりその名で言われたくないみたいだよ。」

「そんな人が葵のお兄さんなのか。凄いな。」

「まあ,義理の兄なんだけどね。……それ以外にも個人的に色々とあるから。」


 最後の方は顔を赤くして聞き取れない声で言ったので何だろうと思った。だが,美月には聞こえていたらしく,気になることがあるのか葵に詰め寄っていた。


「葵ちゃん,前々から聞こうと思ってたんだけどいいかな?」

「どうしたのよ,美月。そんなに詰め寄ってきて?」

「星稜学園である噂が流れているんだけど,その噂って本当なのかな?」

「噂?」


 不思議そうに尋ねると美月は二人に聞こえないように葵の耳元でヒソヒソと話した。それを聞いた途端,葵は顔を真っ赤にして美月を見た。


「ど,どうして美月がそのこと知っているのよ!?」

「え~っと,私だけじゃなくて星稜学園では結構有名な話だよ?」

「……嘘でしょう?」

「嘘じゃないよ?一般の生徒は兎も角,風紀委員会は皆周知の事実だと思うよ?その反応からすると,本当の話なんだ。」


 美月にそう言われてしまい,葵はその場にしゃがみ込み手を顔を押さえ出した。そして,美月は同じようにしゃがみ込むと珍しく目を輝かせて葵にその話を詳しくと話を聞き出そうと必死になっていた。その二人の光景を見て俺達は唖然とした。


「葵,どうしたんた?」

「お願いだから聞かないで!誠央学園ではバレなかったのにどうしてこっちの学園では広まっているのよ……。」

「でもね,葵ちゃん。その話,事実なら皆は受け入れてくれるよ?」

「……えっ?」

「だって,蒼一郎先輩が努力していることは皆知っているから。私の友達も祝福してくれているよ?」


 そう美月に言われて今度は目尻に涙を貯めると葵は美月に抱きついて泣き出してしまった。先ほどから怒ったり,恥ずかしがったり,泣いたりと,そろそろ俺達も困惑してきたので二人に情報提供を求めたが,絶対に教えないから!と葵に泣きながら拒否されてしまった。


 その後,美月に聞くと葵ちゃんの許可が降りたら教えてくれると約束して二人はとりあえず納得した。


「しかし,お前が泣くとか珍しいこともあるな。」

「うるさい!いいでしょう別に!」


 不貞腐れた彼女を見て3人は笑って葵を見た。そして泣き止んだ葵を確認すると,俺はチラッと時計を見た。そろそろ別れるときに約束した時間になったので美陽達と合流しようと考えた。


「確か,合流場所は1階だったよな?そろそろ向かおう……。」

「だから,離してください!私は先輩達と一緒に行きませんから!」

「…………今の声って,結衣の声じゃね?」


 4人は顔を見合わせた。さっきの叫び声はどうみても結衣の声であり,何やら切羽詰まったような声をしていたのだ。


「翔琉急ぐぞ!葵と常盤さんは後で来てくれ!」


 そういい残すと翔琉を連れて声がした方まで走り出した。そして,現場に着くとそこには遙人達と誠央学園の先輩達が結衣を巡って争っているところであった。

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