第9話 悠人の過去
授業中,俺は憂鬱な顔をしながら外を眺めていた。何をそんなに憂鬱な顔をしているかというと先日,美陽に誘われたことを悩んでいたのだ。
『ユウ,少しいいかしら?』
休み時間中に珍しく彼女の方から声を掛けてきたので何事かと思い,一緒にいた翔琉と共に彼女の話を聞いた。
『今度,生徒会の仕事が休みの時に皆で遊びに行こうと思っているんだけど,ユウ達も一緒にどうかしら?』
『別に構わないが,お前から誘いに来るなんて珍しいな。』
『何よ悪い?翔琉も参加でいいわよね?』
『俺は別に構わないぞ。それで,何処に行くんだ?』
翔琉は美陽の顔を見て何処へ行くか訪ねてきた。俺はその時に気付いていなかったらしいが,彼の方は何かあるなと察したようなのだ。
『商業施設のほうはどうかしら?誠央学園からだと少し遠かったけど,こっちの学園からなら近いでしょう?」
実は自分達が通っていた誠央学園は商業施設と反対側の方角になり,放課後に遊びに行くにしても少し距離があるため足が遠退いていたのだ。それに比べて星稜学園は商業施設や繁華街も近く遊ぶ所も多いため,誠央学園の学生達は星陵学園の学生達を羨ましがっていた。
『じゃあ,二人とも参加で決まりね。美月や葵達も来る予定だから日程が決まったらメッセージで連絡するから。』
彼女は俺達の前から離れると美月達の方に戻って行った。そして,先程その彼女からメッセージが届いたのだが……。
[美陽:今日の放課後,皆で商業施設の方へ行くからよろしくね。]
[悠人:わかった。翔琉にも言っておく。]
[美陽:よろしくね。あと,白星君と神条君も一緒に行くから。]
俺は目を見開いて何度もメッセージを読み返した。そこには,何度読み返しても遙人の名前が書いており,先程の休み時間にメッセージを打っていた美陽を見た。
すると,彼女はこちらに視線に気付いたのか,こうでもしないとユウは絶対に来ないでしょう?というような目をされてしまい,俺はやられたと思ってしまった。
美月が来ると言われた時点で気付くべきだったのだ……。
「(あいつも一緒に来るのか……。本当にどうしたものか……。)」
外を見ながら未だに憂鬱な気分が抜けず,溜息を吐くとそれを見ていた先生が俺の態度に気付いたようだ。
「御神君,さっきから外ばかりみているが,授業は聞いているのかね?そんなに退屈ならこの問題を解いてもらえるかな?」
先生も流石に少しイラっとしたのか,前の問題を解いてみるように言った。俺が悪いのは事実なので申し訳なく席を立ち,黒板にスラスラと解答を書き出した。
その解答を見て先生は目を丸くして星陵学園の生徒達も驚き,数名の誠央学園の女子生徒達は小さく拍手をした。
「……これでよろしいでしょうか?」
「ふむ,正解だ。それにしても君は頭がいいのだからもっと授業は真剣に聞いた方がいいと思うよ。さっきから外を眺めながら溜息を付いていたが,何か悩み事でもあるのかい?よければ後で相談に乗るよ?あ,でも先生まだ結婚していないからそっち方面の話はなしで頼むよ。」
先生が少しふざけて言うとクラスの皆は笑い出した。この学園の先生はたまにこうしたジョークを交えるので生徒達から意外と好評があるのだ。ただ,中にはとんでもない先生もいるらしく元海外の特殊部隊に居たという経歴の先生もいるらしい。
「それじゃ,席に座りなさい。次からはちゃんと授業を聞くように。」
「はい,すみませんでした。」
先生に謝ると席に座り,憂鬱な気持ちであったが,ノートを広げて黒板を写しながら目の前のタブレットを見た。すると,授業中に関わらず,自分宛に一通のメールが届いていたのだ。誰だろう?まさか,美陽じゃないだろうな?
チラっと目の前の先生が気付いていないことを確認すると,俺はメールを開いた。
[???:さっきから外ばかり見ているけど何かあったか?]
それは自分の親友からのメールで合った。授業中にメールなんて送ってくるなよと思い,チラッと彼の席を見ると詰まらなそうに授業を聞いていたが,しっかりとノートは取っていたのだ。その姿を見て苦笑すると彼に対してメールを返信した。
[悠 人:個人的なことだから気にするな。それよりも授業中に送るな。]
[???:ほいほい。んじゃ,昼休みに理由聞かせろよ~。]
返信してきたメールを見てまた溜息を付きそうになったが,先生にまた注意されるわけにはいかず,授業を真剣に聞くことにし,彼に返信するのをやめた。すると,彼からもう一度だけメールが送られてきて今度は何だろうと呆れた顔をした。
[???:昼飯奢ってやるからよろしく!]
その内容を見て相変わらずの高いテンションに苦笑すると食堂で何を奢ってもらうか考えた。どうせ彼には話さないと駄目だったのでちょうどいいと思いつつ,先ほどから憂鬱に考えていた問題は一旦隅に置き,その後は授業に集中した。
********************
「ジャンボカレーライス特盛トンカツダブルでお願いします。」
「あいよ!」
「おい,悠人。飯奢るって言ったけど,少しは手加減しないのか?」
呆れたように隣にいた金髪の長身の男性,桐原翔琉は俺に言った。しかし,その言葉を無視して俺は嬉しそうに食堂の人から山盛りのカレーライスを受け取ると翔琉に約束は約束だと言い,先に席に移動した。
「兄ちゃんはどうする?」
「俺B定食で。今日のメインって何すか?」
「今日はイイ茄子が入ったから麻婆茄子だね。できたら呼ぶから待ってな。」
そう言われて番号プレートを渡されると翔琉も俺の前に座った。
「しかし,定食1つ500円ってどんだけ安いんだここの食堂は……。しかもお前のそれ,ボリューム凄いのにそれで800円だろう……。」
どうみてもご飯3杯分にトンカツが2枚乗せられているカレーライスを見て翔琉は驚愕していた。だが,それよりも驚いていたのはそれを平気そうに食べている目の前の俺自身であった。
ふと,視線が気付くと,俺は食べるのをやめて翔琉を睨んだ。
「やらんぞ。」
「別に取ったりしないわ!……それよりも,今月も苦しいのか?」
「一応,貯金を崩しているからまだまだ余裕があるが,今後どうなるか分からないからな。節約できる時に節約しておかないと。」
「家族から仕送りあるんだろう?そこまで切り詰める必要はないんじゃ……。」
言い掛けたが,俺の顔を見て何かを察したのか,それ以上の追及はやめて周りを見た。どうやら誰もこちらの話は聞いてないようだ。それを確認すると,彼は顔を近付けて小声で尋ねた。
「もしかして,弟と何か関係あるのか?」
「!?」
俺の反応を見てビンゴだなと翔琉は確信すると,席を立って自分の定食を受け取りに行った。そして,翔琉が戻ってくると,カレーライスに手を付けず,何やら考え事をしていた俺を見て不思議そうにしていた。そんな彼は,席に座ると自分の麻婆茄子を美味しそうに食べながら俺に尋ねてきた。
「誠央学園に居た時から気になってたんだが,お前ちゃんと仕送りしてもらっているのか?まあ,酷いのはここ最近だけど。」
「最低限しかもらってない。いや,俺が断っているって言った方が正しいか。」
「どういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ。親からの仕送りを俺が断っているんだ。中学の時や誠央学園に居た時は学費がいらなかったから仕送りは送ってもらっていたけど,こっちに編入されて学費が必要になっただろう?学費を出して貰っているから生活分は何とかすると言って断っているんだ。」
「何でそんなことを……。そのことを家族は何て?」
翔琉が不思議そうに聞くと俺は首を横に振り,重い口調で話し出した。
「中学の時に母親に酷いことを言って傷付けてしまってな。それから,全寮制の中学校に通って特別入試で学費が免除されるって知ったから誠央学園に入学したんだが,今日まで実家に一度も帰ってないんだ。まあ,誠央学園は父さんの勧めでもあったけどな。そんなことがあったから未だに母親とは絶縁状態……いや,俺が未だに謝罪もしてないし,会おうともしてないから生活費を出せ何て言えないだろう?」
「もしかして,弟と喧嘩している理由ってそれか?」
俺は何も言わず,頷いた。それを聞くと,翔琉は溜息を吐くと同時に謝った。
「悪い。聞かない方がよかったか?」
「お前は別に他人に言い振らしたりしないだろう?だが,美陽達には黙っておいてくれるか?あいつなら首を突っ込みそうだし,あまり大事にしたくない。」
「……まだ,他にあるのか?」
「むしろ,こっちの方が問題だな。俺の【女性恐怖症】に大きく関わることだから。それに,これを話すと捉え方によっては彼女達が黙っていない。」
翔琉は意味を察したのかそれ以上は何も追及してこなかった。どうやら黙ってくれるらしいと思い,俺は一言だけすまんと言うと,翔琉も気にするなと言って彼は食事を再開した。それを見ると,俺も残りのカレーライスを食べるのを再開した。
「ところで,翔琉。今日の放課後って時間あるか?」
食事を終えてトレーを返却すると徐に尋ねた。むしろ,翔琉に話すのはこちらの方が本題であったのだ。
「暇してるから大丈夫だぞ。それで,どうした?」
「美陽が放課後,遊びに行くって言ってただろう?それが今日らしい。」
「なるほどな。……もしかして,お前の弟も一緒に来るから授業中,憂鬱になってたのか?」
「何でそれを知っている?」
先日,美陽が誘いに来た時,何かあるのでは?とは感じていたらしく,先程の俺の状況を見て推測したらしい。本当に自分の親友はよく周りの状況を見ていらっしゃると相変わらずの洞察力に心の中で彼を称賛した。
「正直,さっきの話を聞く限りだと一緒に行かない方が良くないか?内容的にはお前が悪い風に聞こえるけど【女性恐怖症】のことが関わっているんだろう?それって弟の方は気付いているのか?」
「どうだろうな。気付いていたとしてもあれの原因は俺にもあるからあいつだけ悪いとは言えないんだよ。ともかく,美陽は絶対に決めたら連れてくると思うから極力あいつとは関わらないように気を付けておく。」
「おう。何か協力することあったら言ってくれ。」
頼もしい親友の言葉に俺は少し憂鬱な気持ちが晴れたのか,二人してそのまま教室へと戻って行った。
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