第8話 冨塚兄弟

 お昼休み,私達は珍しい二人を連れて食堂へ来ていた。


「いや~,まさか,美月ちゃんと常盤さんから昼食を誘ってくれるだなんて,今日は何て素晴らしい日……。」


 ――バチンッ


 彼が言い終わる前に,隣にいた眼鏡を掛けたもう一人の男の子が何処からか出したハリセンで彼の頭を叩いた。


「「…………。」」

「……おい,洸輔!!急にハリセンで殴らなくてもいいだろう!!」

「お前の話など大方予想できる。それよりも常盤,俺達に要件とは何だ?俺は一向に構わないが,お前はあまり男子と一緒にいる所を見られたら困るだろう?」


 隣で抗議をする星稜学園の男子生徒を無視して食堂の定食を食べながら彼は目の前に座る姉に尋ねた。


 冨塚洸輔とみつかこうすけ。誠央学園の学生で悠人や翔琉と同じバスケ部に所属している男子であり,元は美陽達のクラス委員長もしていることから皆からは委員長と言われて親しまれている。


 また,常に冷静で怖い雰囲気をしているように見えるが,先ほどのように美陽のことを心配するなど気配りも出来る真面目な好青年でもあった。


 そして,彼がハリセンで叩いた星稜学園の学生が冨塚陽輔とみつかようすけ。彼の双子の弟であり,美月達のクラス委員長で遙人の友人でもある。彼もまた美月達のクラスで委員長をしており,皆からはトミーという愛称で呼ばれて慕われていた。


「二人に聞きたいことがあるんだけど,いいかしら?」

   

 少し真面目な口調で言うと,陽輔の方もふざけるのやめて真剣に姉の話を聞いた。その話の内容を聞くと,二人は驚いた顔をした。


「えっ!?遙人って御神の双子の弟なの!?」

「陽輔君,しーーー!!」


 私にそう言われて口を抑えると慌てて周りを見た。周りを見ると自分達の話は聞こえておらず,その様子を見ると陽輔は安堵した。


「……常盤,それは本当の話か?」

「ええ。あと、この話はクラスの皆も知らないからできるだけ広めないで貰いたいんだけど……。」

「いや,それは一向に構わないんだけどね,常盤さん。それにしても,遙人が御神の双子の弟か……。全然,似ていない気はするんだけどなぁ。」


 とりあえず,陽輔は双子のことは頭の隅に置き,二人のことについて考えた。


「まあ,遙人らしくないって言えばそうだよな。」

「やっぱり,陽介君もそう思う?」

「まあね。俺もあいつと仲良くなったのは6月の学園祭からだけど,今まで怒った所は見たことないよ。それに,あんなことあったのに俺自身も怒られたことないし。」

「……あんなこと?」


 元々,星稜学園の運動部の大半は私と遙人が付き合うことを良く思っていなかった男子達が一定数いたのだ。だが,ある事件を境に運動部は遙人に対して抗議をするのを一斉にやめたらしい。


 また,その事件を契機に学園中の男子達の間で遙人を絶対に怒らせてはならないと暗黙のルールができ,今では運動部の男子達だけでなく大半の男子達がその時のことを気にせず,彼と交流を持っているのだ。


「俺達って遙人に嫌われるか,怒られるかは覚悟してたけど,あいつはまったく怒らなくてな。むしろ,友達にならないかって言われて皆拍子抜けしたよ。今となってはほとんどの運動部は遙人と仲いいよ?まあ,美月ちゃんと堂々とイチャ付くのは流石にイラっとはくるけどね。それよりも朝のあれは何?!見せ付けちゃって!俺もいい加減彼女が……へぶしっ!?」

「暑苦しいから少し静かにしろ。恋人ぐらいで何を騒いでるのやら。」


 あまりの暑苦しさに持っていたハリセンで陽輔をもう一度叩くと呆れた口調で洸輔は溜息を吐いた。その光景を見て私と姉は顔を引き攣らせて笑うしかなかった。陽輔君のお兄さんって容赦がないんだと美月は心の中でそう思った。


「それで,二人が聞きたいことは参考までに助言を聞きたいってことでいいのか?」

「ええ。私達も色々と考えているんだけど,まったくわからなくて……。」

「陽輔君,何か心当たりありそう?」

「……あれってことはないよな?」


 そう言うと3人は「「あれ?」」と不思議そうに聞いた。陽輔が考えたのは,双子特有の問題,所謂お互いを比べられるという話のことだ。同じ顔で似たような性格である双子に能力差があることを周りの者達は不思議で仕方がないのだ。


 特に片方が優秀で片方が優秀じゃなかった場合,全ての人とは言えないが,多くの人が彼等を比べて何故こちらの方は優秀なのに向こうは優秀ではないんだろうと優秀な方を優遇し,優秀じゃない方を冷遇したりと色々とあるだろう。だが,彼等とて双子であったとしても個々に違う人間なのだから違うことは当たり前なのだ。


 現に冨塚兄弟も兄が優秀で弟がまったくといって優秀じゃなく両親には勉強しろ!と言われる程度でしかなかったが,小学校の時はそのことが原因で虐めがあり,陽輔は小さい時は色々と苦労したことがあった。


 それは,私達姉妹に関しても似たようなことがあり,中学の時はそれが原因で大喧嘩をしたことがあったのだ。


「でも,あの2人は何か違うよな?優秀さが原因ってわけでもなさそうだし,確かに御神は誠央の首席であるけど遙人もそこまで成績悪いわけでもないからなぁ……。それに,御神は自分が原因だって認めていて遙人も御神が悪いって言ってるんだから問題はもう御神で確定じゃないの?」

「俺はむしろ,あいつ等の問題に他の誠央学園の女子達が横やりを入れていることが問題だと思うぞ。男子は常盤妹の件だと思うが,女子は先ほどのこと含めても色々と問題を起こし始めているからな。現にこの間も……。」

「委員長,何かあったの?」

「…………」


 困った顔で陽輔の方を見て,どうする?と彼を見た。陽輔も兄の言いたいことに悩んでおり,自分達の知らない所で何か問題が起きているらしい。


「遙人には黙っておいてと言われているから常盤さんも美月ちゃんも動かないでね。この間,知り合いが見掛けたんだけど,誠央の女子数名が遙人を囲んで嫌味を言ってたみたいなんだよな。確か名前が新居って……ん?常盤さんどうしたの?」


 その話を聞くと,姉は机を叩き立ち上がった。

 

「委員長,あの子が居たの?」

「俺もその場を見てないからはっきりとは言えないが,陽輔の話からしてあいつが居なかったのは間違いないとは思うが……。」

「それでも,彼女のグループから接近してきたってことは確かなのね。」

「そうだが……待て,常盤。何処へ行く?」


 話を聞いて立ち上がった美陽は食堂を後にして急いで走り去ろうとしていた。その行動を見て洸輔は彼女を止めた。


「ユウの所へ行ってくるわ。一刻も早く二人の状況を何とかしないと……。」

「落ち着け,常盤。お前の妹とこいつが困惑している。それから,その話にはまだ続きがある。」


 姉の急な行動にお互いに顔を見合わせて何ごとなんだろうと不思議に彼女を見ていた。そんな美陽は洸輔達から聞いた話を一旦飲み込み、椅子へ座り直すと洸輔の次の言葉を待った。


「その現場を司馬先生が見ていたらしい。あの後,彼女達は司馬先生に説教されていたと聞いている。」


 チラッと隣にいる陽輔を見ると当時の彼女達のことを思い出したのか,可哀そうな顔をした。


「司馬遷って,誠央学園から一緒に来た先生なんだろう?それと,無茶苦茶厳しくてこっちの学生達からも怖がられているっていう。でも,あそこまで怒ることなのか?正直,過剰に説教し過ぎていないか?って見ていて思ったぞ。」

「おそらく,あれは他の学生達に対しての牽制だな。同じことをしたらお前達も同じように説教するぞという警告だろう。」

「そうでしょうね。学生達の目の前でそんなことをするってことはあの先生なら間違いなくそう言う理由だと納得するわ。」

「お姉ちゃん,司馬先生ってそんなに怖い人なの?その……まだ若いから星稜学園の女子生徒達は色めき立っているんだけど……。」

「美月ちゃん,それマジ?」

「うん……。」


 私からその言葉を聞き,陽輔はあり得ないという顔をしていた。そして,誠央学園から知っている美陽と洸輔は見た目はカッコいいかもしれないが,あの性格を見て色めき立つ星稜学園の女子の異常さに苦笑するしかなかった。


「まあ,今すぐ彼女達が神条に何かをすることはないだろう。陰湿なことはするかもしれないが,その件があって神条は星稜学園の数名の女子と共に行動をすることが多くなっているからな。常盤妹は複雑かもしれないが……。それよりも,彼氏が他の女子と一緒にいることは知っていたのか?」

「えっ?う~ん,私のお友達と昼食に行くって聞いてるけど,それかな?」

「美月,神条君ってあなたの恋人でしょう?いいの?友達とはいえ,自分を除け者にして他の女子とお昼って。」

「別に気にしてないよ?遙人君が人気者なのは知ってるから。」

「「…………。」」


 あっさりとそう言われてしまい,美陽と洸輔はどう返せばいいかお互い顔を見合わせて悩み,陽輔に至っては目から赤い涙を流して悔しそうな顔をしていた。何で遙人ばかり……。弟の怨念染みた言葉を無視して洸輔は一度溜息を吐くと,美陽を見た。


「なので常盤,神条に関してはしばらくは大丈夫だろう。それとすまんが,俺達でもあの2人のことは力に慣れそうにない。だが,御神の態度を見ると相当問題なことをやってしまったんだろうなとは思うが……。」

「そう。二人ともありがとう,時間を取ってくれ。」

「別にいいって。にしても,常盤さんって素だとそう言う話し方なんだな。初めてクラスに来た時と全然違うって言うか……。」

「う……。」

「陽輔,こいつは猫を被っているだけで本来はこっちが素だ。誠央学園の学生達もこいつの素の性格を知っているが,未だに皆困惑しているからな。」

「悪かったわね,猫を被っていて。」


 不貞腐れた顔で言った姉を見て,私達は笑い出してしまった。


 ********************


「そういえば,美月ちゃん。美月ちゃんは御神のこと,どう思っているの?やっぱり,遙人優先?」


 食事を終えて片付けているとふと陽輔が尋ねた。


「そう,でもないかな。御神君のことが嫌いってわけでもないし,遙人君も御神君とは仲良くしてあげてほしいって言ってるから。」 

「自分は仲良くしたくないが,彼女は容認っと。どうなっているんだ,あいつ?」

「う~ん……。」


 私達が悩んでいるのを見て,後ろに居た美陽もどうしたものかと考えた。


「あまり難しく考えるな。気になるなら放課後や休みの時にでも2人を連れて遊びに行くのはどうだ?遊ぶことは特に問題ないんだろう?」

「そうねぇ……。少し,美月と考えてみるわ。」


 未だに陽輔と一緒に悠人や遙人のことを話していた私を他所に,姉は今度の放課後当たりでも何処か皆で遊びに行こうかと考えたのだった。

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